教室に入るとざわめきが一瞬だけやんだ。すぐに何事もなかったように元に戻ったけど、雰囲気が少しかわったのを感じた。俺は小さく舌打ちをして、自分の席へむかう。どうせあとはホームルームだけだ。
入り口から一番遠い自分の席にむかう間に、教室ではしゃいでいる奴らが目にはいる。推薦入試で大学がきまった奴らだ。俺はまた小さく舌打ちをしてさらに進んだ。談笑していた集団は俺を避けるように移動し、周りからはチラチラと見てくる視線を痛いほど感じた。その視線は、いつもまわりにあたりちらして俺自身が生んだものだったが、それは俺をさらにイライラさせるだけだった。
席についてもう一度小さく舌打ちをしようとしたが、思い留まってかわりにため息をついた。心の中であとは帰るだけだと思おうとしたけれど、帰っても受験勉強するだけだと思うとさらに気が沈んだ。
終礼をして、早く荷物をして帰ろうと机の中のもの出すと、一番上に見覚えのない封筒があった。少し不思議に思ったけれど、またあの視線を感じたので、他の荷物と一緒にカバンに詰め込んで席を立った。
家に帰るといつもどおり自分の部屋に閉じこもった。机に向かって、勉強を始めようとカバンを開けたら、あの封筒が目に付いた。取り出してみてみたが、何も書かれていない。裏にも。真っ白な封筒の上には、郵便番号を書くための赤い枠だけが、ひとつも埋まらずに印刷されていた。やはり見覚えがなく、気味が悪くなってポイッとゴミ箱に放り投げた。
そこからしばらく勉強をしていたが、イライラするばかりでなかなか進まなかった。ふと、ゴミ箱の封筒が目に付いた。なんとなく拾い上げて、裏と表を何度か見てみるがやはり何も書いていない。興味をひかれて封筒の端を破いて開け、中を出してみた。入っていたのは、シンプルなただ横線のはいっただけの便箋だった。
『寺井真治くんへ
寺井くん
最近
イライラしてないかい? 周りの皆も
当り散らされて
避けがちになってるよ
嫌なことがあるなら
この僕に言ってみよう
僕?
僕の名前はラフメーカー そう
君に笑顔をプレゼント
明日
中休みに屋上へ
寒いから遅れないように きっと来いよ
ラフメーカー』
誰だこんなもん書いたのは。読んですぐに怒りがこみ上げてきた。俺は、封筒ごと手紙をまるめて再びゴミ箱に放り投げた。シャーペンを持って続きをやろうとしたが、もうやる気もなくし、そのままベッドに倒れこんで晩飯も食べずに寝入ってしまった。
次の日の中休みには、当然屋上に行かなかった。次の授業中に視線を感じたが、ざまあみろと思った。それですっきりしたおかげか、はたまた昨日たっぷり寝たせいか、その日の午前中は、いつもみたいにイライラせずにすんだ。午後もこうだといいと思いながら、昼食のために手を洗いに行きかえってくると、机の上にあの封筒が置いてあった。いっきにイライラしてきた。しつこいっての、せっかくいい感じだったのに。俺は小さく舌打ちして、席について封筒の端を乱暴に破った。中の便箋も同じものだった。
『寺井真治くんへ
寒かったです
でも僕はあきらめません これだけが
生き甲斐だから
放課後また待ってます
ラフメーカー』
教室には弁当を食べる集団がいくつかできていて、いつもならイライラしてしまう楽しそうな話し声があちこちから聞こえた。でも今は違った。あの視線も感じない。俺は手紙から目が離せなかった。本気で他人の相談にのる奴なんていないと思っていた。いつもは友達していたって、わざわざ悩んでる奴の話聞いて、面倒ごとに首突っ込む奴なんていないって思ってた。
でも、もうラフメーカーを疑うことはできない。そのシンプルで横線だけが入っているだけのはずの便箋には、涙でいくつも模様ができていた。
屋上は本当に寒かった。この中で待たせたのをいまさら申し訳なく思った。ポケットに手を突っ込むと、手紙が手にあたった。家のゴミ箱の手紙を思い出す。 よく思えば今日いらいらしなかったのはあの手紙のおかげだったのかもしれない。もともと俺のイライラは、受験勉強でストレスがたまったり、寝不足が原因だった。スポーツ校のうちの学校では、まわりは推薦入試ばかりで愚痴を言う相手もいなかった。でも、昨日の手紙では何でも言ってといわれた。本当はうれしかった、あの手紙が。俺は、家に帰ったらゴミ箱から救わなければと思いながら、グラウンドの女子ソフト部の練習を見ながら待つことにした。
…………来ない…………こない…………コナイ。もう30分は待っている。ポケットの手紙を握り締め、まさかと思った。信じてしまった。名前も明かしてないのに。取り出した手紙は、もうしわくちゃになっていた。こんなものに。そう思い、破り捨てようとしたそのとき、屋上のドアが勢いよくあいた。
息も絶え絶えなそいつは金属バットを持っていた。ソフトボールのユニフォーム。さっきまで練習していた女子ソフト部。ようやく息が整い上げた顔は、見覚えがあった。同じクラスの中島だ。
呆然とする俺にニッと笑いかけて、俺の目の前まで来た。
「ごめん。後輩にノック頼まれちゃって。断りきれなくて、遅れちゃった。ま、中休みは待たされたんだからおあいこってことで。……で、ハイ」
自称ラフメーカー中島は、ポケットから何かを取り出し、俺の顔のすぐ前に突きつけた。
「眉間にいつもしわよせて、あんたのその顔笑えるよ」
鏡だった。ショートカットでいつも男勝りな中島には似合わない、かわいらしい鏡には、不機嫌そうな俺がいた。それをみた時、フッと力が抜けた。ラフメーカーは笑っていた。俺も笑い出した。声を出して笑った。大声で笑った。笑顔になったのは久しぶりだった。 |