白い雪が石畳の街に降っていく。
綿雪が舞い降る。
耳が凍ってちぎれそう。
林檎よりも真っ赤なほっぺたではしゃぎ回る子供たちを眺めながら、広場のベンチで彼女を待っていた。
あの娘は同じ学校に通う同級生で、口数が少なくて空気のようだと言われている。
あるいは、雨雲の様だとも。
とてもたくさんの陰鬱な何かを抱え込んでいるって、思われているみたいだ。
だけど、凛とした冬の空気が心地よい様に、僕は彼女の真っ直ぐ伸びた背筋や、同じく真っ直ぐとした澄んだ目差しが好きだ。
眉毛の上で切り揃えた前髪におさげあたまも、野暮ったいけれど、ゴムを外して広げると豊穣な女らしさが溢れちゃって僕を困らせてしまう。
意思の強そうな眉毛が儚くほぐれて、澄んだ瞳が熱っぽく潤むのが、とびきり魅力的。
柔らかそうな唇が緩く開くけれど、僕は指先でしか感触を知らない。
彼女にのしかかるのはまだ勿体ない。
僕たちはまだ、仲良くなったばかり。
彼女が僕の目の前でぽつりぽつりと話すのを見ているだけでいい。
クラスメイトの皆が知らない彼女を僕だけが知っていく特権。
彼女の隠れた魅力に気付いた僕だけに与えられたご褒美。
彼女は無口で、あまり誰かと話さないけれど、色々なことを考えている。
自分の発する言葉が人に作用する場合を考えると、うまく話せなくなるんだと言っていた。
勝ち気な発言を得意とする女の子は、自信たっぷりにまわりを魅了しているようだけど、必ず誰かを不快にさせていることに気付いていない。
僕はあの娘の思慮深さと遠慮がちな振る舞いに、ときどき焦れったくなるけれど、それが愛しさの過剰の切れ端だと気付いて、可笑しくなってしまう。
今日は突然の大雪で、電車が不具合を起こしているらしい。
だけど、僕は二回滑って、一回こけながら歩いてここまで辿り着いた。彼女の細い足にはこの悪路は正真正銘の悪魔だろう。彼女が転んで怪我なんかしていないよう、安全を祈る。
彼女は末端冷え性だから、冬は辛いと言っていた。
まさか、久しぶりのデートの日にこんな大雪が降るなんて思ってなかった。
彼女が来たら、暖めてあげよう。
そんなことを考えていたら、僕のニット帽や、赤いコートは白に埋め尽くされていた。
白いマーチンのブーツは、黒く湿ったアスファルトに映えてご機嫌。
だけど、黒っぽいグレイのジーンズはちょっと水が染みてきた。
本当に耳がちぎれそう。
こんなに冷えちゃあの娘を暖めてあげられない。
「遅くなってごめんなさい」
僕の右肩後方から、突然彼女の声がした。
僕が慌てて振り向くと、凍ったほっぺたに熱い金属の感触。
「あつっ!」
僕が思わず顔をしかめて叫ぶと、彼女がすまなさそうな顔をした。
「大丈夫?!ごめんなさい!」
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ」
彼女が落としてしまった缶コーヒーを拾う。
「ごめんなさいね。あたしの手は冷たいから、暖かい方がいいかと思って……」
彼女は今にも泣いてしまいそうな顔で俯いた。
赤い手袋を外して、彼女が僕のほっぺたに触れる。
「冷やしてあげる」
僕は柔らかな彼女の掌にほっぺたを寄せた。
確かに彼女の掌は冷たい。
「こういうときに役に立つわね」
彼女はちょっと寂しそうに笑った。
「でも、見て。雪は溶けてるよ。雪がきみの手を暖かいって証明してる」
僕の言葉に彼女は笑顔を変えた。
少し照れくさそうに嬉しそうに笑った。
「きみの掌は僕より冷たいかもしれないけど、そのお陰で、僕はきみの掌を暖めてあげられるんだよ」
僕は彼女の掌に自分の掌を重ねる。
「……いつもあたしばかり、暖めてもらうなんて、不公平みたい」
彼女はまた寂しそうな笑顔になる。
「きみの掌が僕に触れると、僕の心は熱くなる。雪も溶けてしまうくらいにね。きみは充分、僕の心を暖めてるよ」
僕のキザな台詞にきみは苦笑する。
僕たちの額はくっつきそうなくらい近い。
そっと冷たい唇に触れたら、胸の中にじわりと熱い染みが広がった。
綿雪は街を包む。石畳を白く染める。
僕の赤いコートと彼女のオレンジ色のピーコート。
僕たちは手を繋いで歩き出す。
僕たちは雪に染まらない。
二人の間に雪は積もらない。
代わりに積もるのは暖かい気持ちだけ。
彼女の冷たい掌が僕だけにくれる。 |