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授業中のキャンディー
作:灯夜


 窓から入る初夏の風は、陽射しのわりに清々しい。カーテンを揺らし、プリントをはためかせ、廊下へと吹き抜けていく。梅雨明けの晴天は、授業の興味を七割以上奪っていた。
(校庭も乾いているようだし……)
 いつものメンツに、ざっと視線を巡らす。隆志、直斗、雄太、このクラスにいる昼休みサッカーのメンバーは、もう体力温存に入っている。
 と、言うよりも、クラスの半分程が沈没しているため、見通しが大分良い。
(寝つきが良いのは、羨ましいな)
 暑さに弱い自分は、まどろみはするものの寝付けはしなかった。

 そして、そんな中でも当の先生は、ひたすらに教科書と黒板を行ったり来たり。ブツブツと怪しげに教科書を読んで、判別不能な文字を黒板に記していく。たぶん、生徒が一人も居なくなってしまったとしても、あの先生なら授業をし続けているだろう。
 早弁するにも昼飯はさっきの休み時間に腹の中、持て余した時間の中もう一度瞼を閉じた時、乾いたビニールの音が、どこかから響いてきた。
 その袋をあさる音に隣を見ると、今まさに包み紙を開けて、口の中に放り込まれるキャンディー。誰も見ていないと思っているのか、澄まし顔で黒板を見詰め直す由紀。
 だけど、少し膨らんだほっぺたが、放り込んだキャンディーの存在を、十分過ぎるほどアピールしていた。
(何しているかな、あいつは)
 先生が黒板とお見合いを始めた時、すかさずに、膨らんだ頬を人差し指でつつく。
「! ……ッ――!」
 慌てながらも、叫びそうになるのを何とか堪えて、ジト目で睨んできた。
「なーに、食ってるんだか」
 辺りに聞こえないように、少し机を近づけて、囁いた。だけど由紀は、非難の目を向け飴玉を舌で転がすばかりで、一向に答えようとしない。ささやかな反抗のつもりなのだろう。
 もう一度、その頬を突いてやろうかと考え始めた時、微かに腹の虫が鳴く音が聞こえて来た。 その途端、由紀は周囲に鋭く視線を巡らせ始めて、明らかに挙動不審。
(それじゃ、モロバレだろう)
 幸いうちのクラスの席は、人数のせいもあって、俺達二人だけが後ろに一段ずれているから、周りには聞こえていない。半数以上が机の上に突っ伏したままの、シュールな光景は変わらない。
「ふっ」
 わざとらしく、嫌味に笑ってやったら、横から足を蹴られた。
「だって、だって……今日の朝、時間なくてパン一個しか食べてないんだもん」
 聞いてもいないのに、言い訳を始める。
「ほら、朝って食欲無いじゃ無い? その分眠れたらなーとかさ」
(俺等みたいに、三時間目の休み時間に早弁すれば良いものを)
 たかだかその位で、そんなに言い訳しなくてもと思うのは、俺が男だからなのかもしれない。
 眠気も今は、そんなに強くはない。それに時間も、終了まであまりない。そして、平安美人をワイルドにオマージュするのには、飽きてきた。
「俺にも、それくれよ」
 だけど由紀は、袋を膝の下で逆さまにして、ヒラヒラと振る。
「もう、無いよーだ」
 勝ち誇った、嬉しそうなその顔が、ちょっとムカつく。
「チッ、使えねえ。だから、腹の虫鳴かせてんだよ」
「うわ、最悪! デリカシーなさ過ぎるよ、アンタ」
 話す由紀の口から、葡萄の甘い香りが辺りに漂う。席の近い何人かはさすがに気付いた様だ。
 そして、その事に気付かないのか、勝ち誇った笑みのまま、口をあけて舌の上のキャンディーを見せびらかしているバカが一人。
「下品なヤツだ」
 だけど、それを見て、悪い事を思いついてしまった。オチはなんとなく予想できるのだけど、それでも何だか面白そう。
「ク……しで良いから、よこしな」
 不本意ながら、自分で言ってて恥ずかしくなって、頬が熱を持つのを感じる。
「はぁ? 何?」
 無遠慮な彼女の声が、数人の視線を集める。
(恥ずかしいヤツ。いいさ、それなら堂々と言ってやろうじゃないか)
「口移しでいいから、くれ!」
 今度のは、聞こえたようで、おまけの視線もクラスの半分にまで増えていた。ついでとばかりに、ちゃんと唇をアピール。
 瞬間、真っ赤になって俯く由紀。言葉にならない唇の動きは、戸惑いの表れだろうか。
 あまりに初なその反応に、逆にすこしドキドキする。

「……以上の事から、平安期の日記における文法というものが分かったでしょう。次回は資料集を持ってくるように。では、今日はここまで」
 すでに、ほとんど全ての興味を失った授業を、形だけ締める教師。
 終わりへ向かって進んでいく秒針。

「バッカじゃない!」
 真っ赤になった彼女が、チャイムと合わせて振り降ろしたのは、唇ではなく、教科書の角だった。


 『馬鹿なやつら』そんな自覚は、ちゃんとある。
 だけど、変わって行く時間の中で、こんな風にふざけ合える今も、とても大切で楽しくて。
「いってぇな、この馬鹿!」
 そうして、今日もじゃれ合っている。
 ただ、この笑顔を見ていたくて。


企画発案者なのに、投稿までかなり時間が掛かってしまいました。
次回の参考や活力に繋がりますので、評価・感想ございましたら宜しくお願い致します。













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