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終末

作者:水姫 皓
 住宅地の一画。築数十年のボロアパートに、1人の青年が暮らしていた。
 青年は高校進学を機に、家を出てここへやって来た。
 平凡な顔つきで、特に目立った特徴も無い。どこにでもいるような若者の1人であった。

 そんな青年は、視力が悪い。それは生まれつきのものであった。

 そして視力の低下は、年々進行している。
 最近は、昼の空を見上げると、在る筈のない2つ目の歪んだ太陽が見え、夜の空を見上げると、在る筈のない2つ目の月で蟻が行進しているのだ。
 日常生活に支障が出ている中、眼鏡やコンタクトは、頑なに拒絶した。
 眼鏡は、かけると酔って吐き気がする。コンタクトに至っては、そのような異物を目に入れるなんて恐ろしい、とのことだ。

 青年が産まれた時から、世界には娯楽が少なかった。
 テレビもラジオも無い世界。そんな中で、青年の数少ない楽しみの1つは読書であった。
 青年は近視であるため、本を読むことには何の影響もなかった。

 そんな青年の日課は、朝の散歩である。
 いつも違う道を歩き、変わったものを見つけることが、小さな楽しみの1つであった。
 今日も裸眼で朝の町をぶらぶらし、ぼやけた風景をボーっと眺めていた。

「お母さん、暑いよ〜」
「そうね〜。でも、明日からはこの暑さともバイバイだからね」

 仲の良さそうな親子が、何処かへ遠出でもするのか、大きな荷物を持って家から出てきた。
 青年は若干寂しげな表情を覗かせながら、散歩の目的地である、行きつけの喫茶店へと歩を進めた。

 と、今までのんびりと歩いていた青年は、前方を見て目を見開き、突然立ち止まった。
 青年の目には、次のような光景が映っていた。

 青年の歩いてきた道の数メートル先。
 道の脇に立つ一本の電柱に片手を付き、ポールダンスを踊る1人のお爺さん。一方の手には何やら長い棒を持っている。そしてその足元にしゃがむ、1人のお婆さん。

 確かにそのような光景が広がっていたら、誰もが青年と同じように足を止めるか、見なかったことにしてその場を足早に去るだろう。

「いつもお疲れ様です。大変でしょう」
「いやいや。儂らもこの町には綺麗であって欲しいからの。なぁ、婆さんや」
「ええ。私は子供の頃から毎日していますしねぇ」
「お元気ですね。これ、今までのお礼です。どうか受け取ってください」
「おお、ありがたや。今開けてもいいかね?」
「いえ、恥ずかしいので、できれば後で開けてください。それを使って空を見ると、きっと綺麗ですよ」
「何やら気になるが、まぁ楽しみは後に取っておこうかの」
「爺さんや、そのまま置き忘れるんじゃありませんよ? 最近物忘れが酷いですからねぇ」

 だが、立ち止まる青年を追い越し、老人2人の所まで歩いて行った制服姿の少女は、穏やかな顔を向け、声を掛けていた。
 老人2人は目が悪いのか、しばらく少女の事を認識していなかったが、少女が目の前まで行くと、朗らかな笑みを浮かべて会話を楽しんでいた。

 青年はその光景を奇妙に思いつつ、奇異な行動をとる老人達に関わるまいと、目を伏せてその場を足早に去って行った。

 青年が、喫茶店のある町に近づくにつれて、人の姿もちらほらと見えてきた。
 一方で、建物は数を減らし、空き地が目立っていた。
 時代の流れか、年々この星の人口が減ってきている。

「どうしたものかな」

「ああ、もう明日か。早いものじゃな」

「…………」

「やーだ! じいじも一緒なの!」

 1年程前から、人々がこのようにして空を見上げ、様々な表情をしている事がある。
 青年も初めの方こそ気になりはしたが、何度空を見上げても、いつもと変わらぬぼやけた景色。
 それ以外の変化は特になかったため、次第に興味も失っていった。

「……いらっしゃい」

 青年は行きつけの喫茶店に入ると、いつもと同じ、店の奥の席へと腰を下ろした。

「いつもので?」

 店主がそう問いかけると、青年は黙って首を縦に振った。
 青年は、この喫茶店を気に入っていた。
 店主は寡黙で、必要以上に声を掛けてこない。店内はいつも落ち着いた空気で満たされている。

 だが、今日は少しばかり様子が違った。

「お客さん。いつもありがとうございます。お客さんがこの店に来るのも今日で終わりでしょう。これは私からのサービスです。……私はこの店を離れる気はありませんがね」

 店主は、物憂げな表情で珍しく声を掛けてくると、青年の前にいつものコーヒーを差し出した。
 店主の表情から、この店が今日で閉店してしまう事を悟り、青年は残念に思いつつ、名残惜しそうにちびちびと一杯のコーヒーを飲んでいった。

 青年が店主に軽く頭を下げ、喫茶店を後にした時には既に昼を回っていた。
 普段はこの後、アルバイトへと向かうのだが、今日は休みであった。
 青年は4畳1間のボロアパートに帰ると、1人寂しく昼食を取る。その後は、夜まで読書へと耽っていった。

 本の世界へと旅立っていた青年を現実に連れ戻したのは、少し大きな揺れであった。
 最近では良くあることで、この程度の揺れではさして驚かなくなっていた青年は、良い時間だと思いそのまま夕食の準備に取り掛かった。
 今日は揺れが多いせいか、何度か包丁で指を切りそうになりながらも、長年の1人暮らしで覚えた数少ない料理を作り上げた。

 青年は夕食を食べ終え、波打つ風呂へと浸かり、ぼんやりと湯船の波をその身で受け止めていた。

 明日は大晦日だが、青年の日常に変わりはない。
 風呂を上がった青年は、そのまま何も考えずに、慣れた手つきで就寝の準備を整えていった。
 その後、明日から散歩の行き先はどこにしようかという事を考えながら、眠りに就いた。
 昨日も今日も、そして明日も。青年はどこにでもいる様な若者と同じく、平凡な毎日を過ごしてゆく。

 翌朝、大きな揺れによって目覚めた青年は今日も今日とて、いつもと同じように、日課である朝の散歩に出かけた。

 ただ、いつもと違う点が1つだけある。
 いつもは新しい道を歩くのだが、今日は昨日と同じ道を通っているという点だ。

 理由は単純。
 昨日見かけた、奇妙な老人2人をもう一度見たいと思ったからである。
 一日経って、青年も昨日のことは、自分の見間違えだったのではないかと思っていたのである。
 青年は若干思い込みの激しい所がある。それに昨日は少し距離があったため、良く見えていなかった。

 ぼやけた風景を見ながら、昨日の場所へと向かう青年であったが、少し違和感を感じていた。
 昨日より、建物の数が若干少ない気がするのだ。
 それに人の気配がなく、やけに閑散としているのである。
 しばらく首を捻っていたが、建物ははっきりと見ていたわけではないし、良く覚えていない。そして今日は大晦日であるし、皆まだ寝ているのであろう、という結論に至った。
 いつもなら、もう少しこのことについて妄想を広げるのだが、今日は老人2人のことで頭がいっぱいであり、それ以上深く考える事はしなかった。

 青年は、昨日老人2人が居た電柱付近へと辿り着いた。
 だが、今日はまだ来ていないようで、辺りに人の気配はない。

 青年が電柱の傍へと近づくと、そこには使い込まれた箒と塵取りが、乱雑に倒れていた。
 そして、その2つとは対照的な、リボンが巻かれている綺麗な長方形の箱が、電柱の陰に隠れる様にして置いてあった。

 青年はその箱が気になり、しゃがんで手に取った。
 と、結び目が緩くなっていたのか、手にした拍子にリボンは解け、地面へと落ちていった。
 青年は少しの罪悪感を感じながらも、好奇心を抑えきれず、箱の蓋へとその手をかけた。

 箱の中身は、日の光に照らされて輝く、新品同様の眼鏡であった。だが、誰かが一度使ったのか、両方のレンズに水が付いていた。

 青年が思考を巡らせていると、大きな地鳴りがした。 
 箱を拾う為にしゃがんだ姿勢のままであった青年は、ひときわ大きな揺れによってバランスを崩し、そのまま電柱へと頭をぶつけて気を失った。
 青年は気を失う寸前、何か巨大な物が空を飛んでいるのを目撃していた。

 青年が目を覚ますと、辺りはまだ明るかった。
 青年は、それほど時間が経っていない事に安堵し、固まった体を解しながらゆっくりと立ち上がった。
 汗が目に入り、手で拭おうとすると、気絶した後もその手に握っていた眼鏡が顔に当たった。

 気絶する直前の出来事を思い出した少年は、空飛ぶ謎の物体の正体を知りたくなり、眼鏡を自分の顔へとかけた。

 鮮明になった青年の目に映ったのは、綺麗な青空――と、もう1つ。どうやら目的の物ではなかったが、無機質な黄色い球体が遥か上空に浮かんでいた。

 その球体には、蟻のような黒い文字で、次のようなことが書かれていた。

『太陽がこの星へと接近しています。12月30日までに王城にて手続きを済ませ、火星への移住を完了するようにお願い致します。尚、建物移動の際には揺れが生じる為、1日の移動には限りがあります。混雑する恐れがあるので、お早めの手続き、及び移動料の納付をお願い致します。王城は全ての手続きが完了した後、12月31日早朝に火星へと移動します。以上の事は、くれぐれも他人へと教えないようにお願い致します。教えた者、教えられた者は、無期限で牢屋へと監禁します』

 数年前、年々その数を増やす人類は、土地不足という問題を抱えていた。
 そこで、以前から研究されていた、火星への移住計画を完成させ、それを実行した。
 しかし、家の移動にはそれなりのお金が必要なため、移住をするのはきまって裕福な者達だけであった。
 そんな中、この星へと太陽が近づいている事が確認された。
 そこで、この星の上層部の者達は、無償で人類を火星へと移住させる事に決めた。建物の移動も、今までより安価で行う。それでも庶民には中々手が出せないような値段ではあるが。
 しかし、火星へ全ての人類が移住すると、再び土地の問題が生じてしまう。どうしたものかと頭を悩ませている中で、上層部の1人が、ある1つの案を提示した。
 それが、件の黄色い球体を上空に浮かべるというものだった。
 文字が読めない学のない者や、部屋に閉じこもり空など見ない者、更には寝たきりや、目の悪い老人達。それらの者達は、球体に書かれていることを知る術がない。
 つまり、社会に何の貢献もしない、できない者はこの星に残そうと言うことである。

 その非人道的な提案に、他の上層部の者達は反対した。だが、それはあくまでも建前で、皆その案が最適だと思っていた。
 幾つかの問題点もあったが、上層部の者達にはいずれも些細な事であった。
 提案がなされた数日後には、その案が実行されていた。

 青年がふと、腕時計に目を向けると、時計の針は12時を指していた。
 後12時間程で、新年を迎える。

 青年は、視力が悪い。聴力は無い。それは生まれつきのものであった。
 青年の両親は、そんな我が子を疎ましく思っていた。

 眼鏡は、かけると酔って吐き気がする。コンタクトに至っては、そのような異物を目に入れるなんて恐ろしい。補聴器は、耳穴が痛くなる。手話は、手が疲れるからと覚えず。言葉は、笑われるから決して話さなかった。
 親に捨てられたくない一心で、何かと理由を付けてはそれらの事を拒絶し、同年代の普通の者達と同じように振る舞ってきた青年。それで、これまで不都合はなかった。
 だが、青年と同世代の普通の者達は、今この星にはいない。

 音の無い世界。テレビもラジオも楽しめない。近視ながらも狭い世界は確保された、青年の数少ない楽しみの1つは読書であった。

 黄色い球体よりも数倍大きくなっている太陽が、強烈な光を放ち、青年の目から光を奪う。そして、青年を音も色も無い世界へと誘った。

「この世界も終わりか」
お読みいただきありがとうございます。

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