墓荒らしの少年
行ってくる――。
少年は静かに呟くと、瓦礫を積み上げただけの寝床から立ち上がる。
彼の妹は、まだ目を覚まさない。
真夜中だと、逆に墓守は警戒する。だから「仕事」はいつも、墓守が眠りにつく夜明前に行っていた。
生物達の「動」の直前の、明け方。
やっと嗅ぎなれてきた、朝の森の香り。軽く息を吸い込んだ少年は、簡素な住居を後にした。
街の外れ――そして少年達の居住する森の隣に、その墓地はあった。
白い墓標が並ぶ、共同墓地。
少年は、とある墓標の前にしゃがんでいた。
墓標の前に置かれた「花であったもの」は、ただの枯れ草と果てている。少年はその枯れ草を、軽く手で払った。『終わった場所』をわかりやすくする、目印として。
そして少年は土を掘る。
「家」から持ってきた瓦礫の破片で地面をほぐし、後は手で掘り進める。
急いで。でも、できるだけ音を立てないように。
やがて現れたのは、土にまみれた棺の蓋。少年は何の躊躇いもなく、その棺の蓋も開ける。
棺の中に眠る白に臆することなく、少年はその周囲に置かれていた丸いペンダントを手に取ると、すぐさま蓋を閉め、土を被せた。
ペンダントの中央には、深緑の宝石が煌めいている。そして鎖には、金。
少年は服の裾で、土塗れになった手を拭った。これは汚してはいけない。
今日は、当たりだ。
嬉しさより、安堵感の方が強かった。
夜が空けたら、すぐ換金しに街へ行こう。
妹の嬉しそうな顔が目に浮かぶ。何を買って食べようか?
少年はペンダントをポケットに大事にしまい、妹の眠る家へと戻る。
空は、青白み始めていた。
毎日、毎日。
少しずつ、少しずつ。
少年は、墓を暴き続ける。
ただ、生きるため。妹と二人、生きるため。
死者に添えられた思い出の品を、自らの生きる糧へと替えるため。
しかしそんな生活も、長くは続かない。
断罪の時が、やってきた。
◇ ◇ ◇
少年がいつものように墓地に着くと、かっちりとした制服に身を包んだ、大人の男達がいた。
少年は知っていた。彼らは、街の役人達だということを。少年は、反射的に駆け出した。
夜明け前の静かな森の気配を、複数の足音が切り裂いていく。
――食べたい。
街の役人達は、手柄を立てることに躍起になっている。捕まったら終わりだということが、少年にはわかっていた。
――おなかいっぱい、食べたい。
風を切り、ただがむしゃらに、少年は走り続ける。
――温かい場所で、眠りたい。
とにかく、一刻も早く、妹を連れてここから逃げなければ。少年の足は「家」に向かって、森の地を蹴り続ける。
――そして、生きたい――。
――それだけなのに。たったそれだけが、望みだったのに。
しかし少年が瓦礫の家に着いた時、妹は頭と口から血を流し、既に骸となり果てていた。
――お金の稼ぎ方なんか知らない。
背後から聞こえてきた足音。追いつかれた。絶望を胸に宿しながらも、少年はそちらへと振り返る。
――捨てられた僕たちが二人だけでやっていくには、この方法しか思い浮かばなかっただけなのに。
鈍色の銃口が、少年の頭に向けられた。
――神様。
――僕が望んでいたことは、罪なのですか?
短く乾いた音が、森を駆ける。
木の上で眠っていた鳥たちはその音に驚き、まだ薄暗い空の中へと飛び立った。
◇ ◇ ◇
最近墓を荒らしていた者は、無事捕まえた。
役人が街に伝えたそのニュースは、人々に安心感を与え、そしてすぐに忘れ去られる。