元メイドの御徒町樹里はある町であるキャバクラに勤めていました。
ある日、彼女は店長室に呼ばれました。
「失礼致します」
樹里は妙なところでメイドの頃の習慣が抜けず、ドアを開けるなり深々と頭を下げました。
「悪いね。そこに座って」
店長はソファを指差しました。樹里は、
「はい」
と返事をし、ソファに腰掛けました。
何故か店長は辛そうな顔をしています。
「君がこの店に来てくれるようになってから、売上が二倍に増えた。この不況下では信じられない数字だ」
「そうなんですか」
樹里はニコッとして応じました。店長は樹里の向かいに座り、
「君には本当に感謝している。今の給料の二倍出しても惜しくないと思っている」
「そんなに頂いても、私二倍は働けません」
樹里は笑顔フルスロットルで言いました。
「いや、そういうことじゃなくてね……」
樹里の変化球には慣れたはずの店長でしたが、まだ慣れ切っていないようです。
「それで、非常に言いにくい事なんだが……」
店長は俯いてしまいました。
「早口言葉は私も苦手です」
樹里の危険球まがいの返しに店長はより辛そうな顔になりました。彼は樹里を見て、
「早口言葉なら良かったのだが、君にとっても嫌な話なんだ」
「注射は嫌です」
樹里は何を勘違いしたのか、突然そう言いました。
「そういう嫌なのではなくてね」
店長は樹里の笑顔を見ていられなくなり、立ち上がって樹里に背を向けました。
「君にこの店を辞めてもらいたい」
「そうなんですか」
樹里のトーンは変わらないままです。店長は樹里の顔を見ることができません。
「君の人気をやっかんだ他の女の子達が、君を辞めさせないのなら全員で辞めると言って来たんだ」
樹里の返事がありません。店長はさすがにショックで言葉も出ないのだろうと思い、
「本当に申し訳ないと思う。しかし、いくら君が指名ナンバーワンでも、他の女の子二十人と同じだけ働く事は不可能だ」
樹里は何も言いません。店長は続けました。
「給料の他に慰労金として同額を支給するので、今日で辞めてもらえないだろうか?」
店長は意を決して樹里を見ました。
樹里は目をウルウルさせていました。
店長は罪悪感に押し潰されそうになりました。
「承諾してもらえるかな、御徒町さん?」
店長はそれでも店の将来を考え、心を鬼にして尋ねました。
しかし、樹里の答えはメガトン級の破壊力でした。
「ごめんなさい、店長さん。寝てました。もう一度お話して下さい」
店長は幽体離脱してしまったようにしばらく動きませんでした。
こうして樹里はキャバクラを辞める事になりました。
樹里を追い出した女の子達は大喜びしました。
でも次の日に凍りつきます。
樹里がいないと知った多くのお客達が、そのまま帰ってしまったのです。
あの刑事も帰ってしまいました。
結局そのキャバクラはそれから一ヶ月で閉店してしまったそうです。
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