俺の名前は杉下左京。警視庁特捜班の刑事だ。
とは言え、実際は捜査に参加させてもらえない情けない立場にある。
確か今日から只一人の部下である亀島馨も休暇を終えて出勤のはずだ。
いつものように俺は何も用がない特捜班室に行った。
「おはよう」
俺は先に来て大好きな黒烏龍茶を飲んでいる亀島に声をかけた。
「おはようございます」
亀島は何故か俺の方を見ずに挨拶を返した。
俺は少しだけカチンと来たが、奴が失恋したばかりだという事を思い出し、文句を言うのをやめた。
「杉下さん」
亀島は向かいの席に着いた俺に声をかけて来た。
「何だ?」
俺は落としたてのコーヒーを一口飲んでから応じた。
「私に隠し事していますよね?」
まるで浮気をした夫を問い詰める妻のようなセリフだ。
「何の事だ?」
俺は何も疾しい事がないので、亀島の顔を真っ直ぐ見たままで尋ね返した。
「トボケるつもりですか? 全部知っているんですよ」
一体何のゲームだ? 俺は何の事を言われているのかさっぱり解らないので、
「意味がわからないぞ。そんな奥歯にモノが挟まったような言い方するなよ。はっきり言え」
と椅子にふんぞり返って命令口調で言い放った。
すると亀島は、離婚届を書き終えた古女房のような顔で、
「では単刀直入に訊きますが、最近キャバクラに行きましたよね?」
俺はもう少しでコーヒーを全部吹き出してしまうところだった。
あっ、あの時の事が走馬灯のように甦って、鼻血が出そうだ……。
「そ、そんなの、俺の勝手だろ。俺がキャバクラに行ったら何か法に触れるのか?」
本当に浮気をした夫のような開き直り方だ。何を焦っているんだ、俺は?
「別にキャバクラに行った事を責めている訳ではありませんよ。問題はどうして貴方が今まで一度として行った事がないキャバクラに足を運んだのかという事なんです」
亀島が何を言いたいのかまるでわからない。
何となくだが、こいつを振った彼女はキャバ嬢だったのかと思った。
もしかして亀島は俺が元カノと仲良くしているのではないかと勘ぐっているのか?
一体どういう事なんだ?
「おい、何を誤解しているんだ? 俺はお前の元カノなんか知らないぞ」
俺は混乱のあまり、全くワケの分からない事を言ってしまった。
「元カノって何ですか? 私には彼女なんかいませんよ。杉下さんもそれはよく知っている事でしょう?」
亀島は何時になくムッとした調子で言い返して来た。
「これが動かぬ証拠ですよ。貴方の机の下に落ちていました」
亀島が机の上に叩きつけるようにして置いたモノを見て、俺は息を呑んだ。
「そ、それは……」
それは御徒町樹里のキャバクラの名刺だった。
写真入りなので、トボケる事ができない。
「貴方を見損ないましたよ。一度容疑者として顔を合わせただけなのに、いつの間にそんなに仲良くなっていたのですか?」
亀島は相当苛ついているのか、顔をプルプル震わせていた。
「刑事として最低です。これは刑事部長に報告させて頂きます」
「ちょっ、ちょっと待て。どうしてそこまでされなきゃならないんだ? 俺は何も問題を起こしていないぞ」
「起こしてからでは遅いんです」
亀島は本当に怒っているようだ。
俺はそこでようやく全てを繋ぐ事ができた。
なるほど、そういう事か。
「この前、お前を訪ねて来た女が、御徒町樹里なんだな?」
「えっ?」
亀島は、
「はいそうです」
と言っているのと同じくらいの顔色になった。
真っ青なのだ。
「そういう事か。何だ、そういう事なのか」
「な、何ですか?」
亀島は動揺していた。非常に解り易い奴だ。
「お前、御徒町樹里に惚れてるのか?」
「な、何を言うんですか!?」
まただ。
「はい、惚れています」
と言っているのと同じくらい、亀島の顔は真っ赤になった。
「誤解だよ。俺は別に彼女に好意を持っている訳じゃない。たまたま名刺を貰ったので、行ってみただけだ」
「……」
亀島はそれでもまだ俺を疑いの眼差しで睨んでいる。
「よし、今度一緒に行こう。そうすれば、お前が誤解している事が解るから」
「はァ」
やっとわだかまりが解けたようだ。亀島は落ち着いた。
「でも杉下さん」
「うん?」
亀島は容疑者を問い詰める時のような顔で名刺を俺に突きつけ、
「名刺を貰ったくらいでキャバクラに行きますか、普通? 彼女とは一度ここで取り調べの時に会っただけですよ」
「あ、ああ……」
俺は動揺していた。
御徒町樹里に惚れているのは俺も同じだ。
只、それをこいつにだけは見抜かれたくない。
「それにいつどこで名刺を貰ったんです? どこかで会ったのですか?」
「いや、それはだな……」
いつの間にか立場が逆転している俺は、とてつもなく焦っていた。
そしてその夜、俺達は樹里のいるキャバクラに行った。
ところが樹里はすでに店をやめていた。
俺達が自棄酒に走ったのは言うまでもない。
樹里はどこに行ってしまったのだろうか?
俺達は樹里にすっかり翻弄されている自分に気づき、ショックだった。
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