御徒町樹里はメイドです。
現在居酒屋と喫茶店を掛け持ちしているスーパーガールです。
でも時々居眠りをして、警視庁特捜班の杉下警部をドキッとさせています。
樹里はその日は喫茶店が定休日だったので、街に出かけていました。
休みの日ぐらい一人でのんびりしなさいと母親の由里に言われ、一人でお出かけです。
樹里は東京一の賑わいを見せるある街に行きました。
たくさんの若者が思い思いの服を着て楽しそうに歩いているのを、樹里はニコニコして眺めています。
「お嬢さん」
見るからに怪しい黒スーツで口ひげ、サングラスの男が話しかけて来ます。
「はい」
樹里はいつも通りの笑顔全開で応じます。
「一人?」
「いえ」
樹里は即座にそう答えました。以前杉下警部に、
「知らない男に声をかけられたら、一人の時も誰かが一緒にいる素振りをしろ」
と言われたのを思い出したのです。
「お友達がご一緒ですか?」
「いえ」
嘘が吐けない樹里です。男はニヤリとして、
「ちょっとお話いいですか?」
「はい」
杉下警部には「話を聞くな」と言われていないので、樹里は快諾しました。
そして男は、樹里を近くのコーヒーショップに連れて行きました。
「私はこういう者です」
男がサングラスを外し、名刺を差し出します。
「名刺屋さんですか?」
樹里はニッコリして尋ねました。男はイラッとして、
「いえ、違います。そこに書いてありますから」
と名刺を指差しました。
「ああ。ホントですね」
樹里は名刺を読んでみました。
「ゆうかいはんにんさんですか?」
周囲の人達がギョッとして樹里達を見ます。
「ち、違いますよ! 有海範人です! 間違えないで下さい!」
何かトラウマがあるのでしょうか、有海さんはいきなり切れてしまいました。
肩で息をしています。
読み間違えられたくなかったら、ふりがなを振ればいいのにとは、樹里は決して思いません。
「私はグラビアモデルやファッションモデルをたくさんプロモートしている会社の者です」
「そうなんですか」
ようやく有海さんは落ち着いたようです。
「もし貴女がどこの事務所にも所属していなくて、こういう仕事に興味がおありでしたら、是非挑戦してみて下さい」
「私は仕事がありますので」
「空いている時間で結構ですよ。お休みの日とか」
「今日はお休みです」
樹里は悪気なくそう言いましたが、有海さんはイラッとします。
「いや、今日はさすがに無理です。後日空いている日はありませんか?」
「店長に確認しないとわかりません」
有海さんは、樹里を高く評価しているようです。
「では、その店長さんに私が掛け合いましょう。スケジュールを調整してもらえば、大丈夫でしょう」
「そうなんですか」
樹里にはよくわかりません。
「貴女の勤務先の電話番号か、貴女の携帯の番号を教えて下さい」
「はい」
樹里は操作がわからないので、携帯を有海さんに渡しました。
「お借りしますね」
有海さんは携帯を開いてギクッとします。
(この子、何者だ?)
連絡先一覧に、警察関係者が三人。そのうち二人は警部です。
さらに財界の首領と呼ばれている五反田六郎氏の名前もあります。
(警察関係者?)
有海さんの背中を冷たい汗が伝います。
「わかりませんか?」
樹里が尋ねます。有海さんはハッとして、
「あ、いえ、大丈夫です」
と連絡先をスクロールさせ、
「どれが勤務先ですか?」
「これです」
そこは、「本物のメイドさんがいる居酒屋」で有名なところです。
(もしかして、この子がそのメイドさん?)
噂に聞いた事があるのです。そのメイドさんは、想像を絶する天然だと。
有海さんは居酒屋の電話番号と樹里の携帯の番号を控えました。
「では、お話を進めますね。えーと、御徒町樹里さんでよろしいのですよね?」
「はい、多分」
また有海さんはイラッとします。でもそこはグッと堪え、
「貴女自身はこういう仕事はどうですか? やってみたいですか?」
「わかりません」
樹里は笑顔で答えます。普通の押し方では埒が開かないと考えた有海さんは、
「やってみましょう。人生は一度きりです。年をとってからではできない事もあります」
「はい」
もう一押しだと有海さんは思いました。
「是非、お願いします!」
「店長が許してくれればやれます」
「おお!」
有海さんは感激のあまり樹里の手を握りました。
「ありがとう、樹里さん」
「はい」
樹里はまだよくわかっていないようです。
有海さんは、店長の説得に時間がかかると思いましたが、樹里のプロフィールに居酒屋勤務を掲載する事であっさりOKを取れました。
やっぱりつまるところ、「世の中、金」と思う有海さんです。
こうして、「御徒町樹里グラビアデビュー計画」は着々と進みました。
そして数日後です。
「おい、どういう事だ!?」
何故か興奮気味の杉下警部が居酒屋に現れました。
「どうしたんですか、杉下さん?」
樹里は笑顔全開で尋ねます。杉下警部は、
「グラビアの仕事を受けたそうだな?」
「はい」
樹里は目を逸らす事なく杉下警部に答えます。
「あのな、お前はな……」
杉下警部はあまりにも考えなしの樹里を説教しようとやって来たのです。
「はい、これです」
樹里が発売前の掲載誌を杉下警部に渡しました。
「え?」
「ほら、これです」
樹里が嬉しそうに開いたのは、樹里の水着の写真のページです。
「……」
杉下警部の両方の鼻の穴から血が滴り落ち、彼がそのまま卒倒したのは言うまでもありません。
こうして樹里の知名度は全国区になり、居酒屋と喫茶店は大繁盛し、加藤警部も亀島警部補も、その雑誌を密かに購入し、食い入るように見たそうです。
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