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探偵編
樹里ちゃん、殺人事件に巻き込まれる(解決編)
 俺は杉下左京。東京の五反田駅前に事務所を構える探偵だ。

 俺と妻の樹里は、俺の大学時代の同級生の石動いするぎ新次郎しんじろうの招きで、長野県の軽井沢を訪れ、殺人事件に巻き込まれた。

 被害者は新次郎の父親である泰蔵氏。泰蔵氏は首を紐状のもので絞められて殺されていた。

 第一発見者は、泰蔵氏の妻の美奈子さん。

 泰蔵氏が殺されていた瞑想部屋は、事件当時、窓の鍵もかけられ、ドアの鍵もかけられた密室だった。

 通報を受けてやって来た所轄の田野倉警部補は、

「密室なんてあり得ない」

と言い放ち、鑑識課員に部屋の中を隈なく調べさせたが、隠し扉等は発見されなかった。

 俺と樹里は、田野倉警部補達が一階に引き上げて行った後も、部屋の前にいた。

「やはり、密室だったか」

 俺はそう思った。

 密室殺人の場合、容疑者が絞り込まれる傾向がある。

 部屋の特徴や、被害者の行動を知っている者でないと実行できないからだ。

 しかし、俺はそこまでわかっていながら、犯人が誰なのか特定できないでいた。

 すると、驚いた事に我が妻である樹里には犯人がわかったというのだ。

 俺は樹里の洞察力に驚いたが、同時に焦りもした。

 まがりなりにも、俺は元警視庁の警部まで勤めた探偵だ。

 素人にせんを越される訳にはいかない。

 そこまで考えて、俺は自分の浅はかさに気づいた。

 樹里は俺の妻だ。そして、我が探偵事務所の所員でもある。今は休職中だけど。

 つまり、樹里の推理は俺の推理と同じ事。

 何も焦る必要はない。

 せこい奴だと思われようと、俺はそう考える事にした。

「同じ匂いがしたんですよ」

 樹里は笑顔全開で謎めいた事を言った。

「同じ匂いって、何の匂いだ?」

 俺は恥を忍んで樹里に尋ねた。

「糊の匂いですよ」

 俺はキョトンとしてしまった。

「糊? 脅迫状に使われていた糊の事か?」

「はい。左京さんからもその匂いがしますよ」

 樹里は笑顔全開で言った。俺は思わず自分の服の匂いを嗅いだ。

 しかし、何も臭わない。やはり、樹里の嗅覚は尋常ではないようだ。

「あ!」

 そこでようやく、俺は思い出しかけていた事がわかった。

「ありがとう、樹里。謎は全て解けた。真実はいつも一つだ」

 俺はパクりまくったセリフを言い、樹里を抱きしめた。

「そうなんですか」

 樹里は笑顔で応じてくれた。

 

 俺は確信を持った。そして、瞑想部屋を離れ、廊下を歩く。

「左京さん、どこに行くんですか?」

 樹里がついて来た。俺は前を見据えたままで、

「もちろん、美奈子さんのところさ」

と答えた。

 俺はそのまま、美奈子さんの部屋へと行った。

 ノックをすると、ドアを開いて、新次郎の奥さんの今日子さんが顔を出す。

「どうなさったんですか、杉下さん? 怖い顔をして」

「すみません、生まれつきなんです」

 つい、元同僚で、今はキャバクラに狂っている加藤真澄の物真似をしてしまった。

 あいつは今日もあのあかぎれんさんに会いに行っているのだろうか?

 俺はびっくりしている今日子さんを押しのけるようにして、部屋の中に入る。樹里も続いた。

「まあ、杉下さん」

 横になっていた美奈子さんが起き上がる。俺は今日子さんを見て、

「ちょっとだけ、席を外してもらえますか?」

 今日子さんは目を見開いたが、俺は強引に彼女を部屋の外に押し出し、ドアを閉じて鍵をかけた。

「どうしましたの、杉下さん?」

 美奈子さんは微かに笑みを浮かべて、俺を見上げる。俺は美奈子さんに近づき、

「ご主人を殺害した犯人がわかりました」

と言った。美奈子さんはびっくりしたようだ。

「ええ? 一体誰ですの?」

 美奈子さんは声を低くして尋ねる。俺は美奈子さんをまっすぐに見据え、

「貴女です、美奈子さん」

 美奈子さんは一瞬唖然としたが、

「何を言っているんですか、杉下さん。私にいつ主人を殺害する事ができますの? 貴方と瞑想部屋に行った時、部屋には鍵がかけられていたのですよ」

「いえ、鍵はかかっていませんでした。あの時、貴女は鍵がかかっているフリをしただけです」

 俺の指摘に美奈子さんの顔が一瞬引きつる。

「貴女は俺を証人として、瞑想部屋が密室になっている事を印象づけ、その後書斎にある合い鍵を取りに行くように見せかけた。しかし、あの時すでに泰蔵氏は貴女に殺された後だった」

 美奈子さんは何も言わずに俺を見つめている。吸い込まれそうな美しい目だが、樹里がいるので理性が保てる。

「貴女は泰蔵氏に睡眠薬入りのウィスキーを飲ませるかして、眠ってしまった泰蔵氏の首を絞めた。苦しさで目を覚ましたが、泰蔵氏にはもがく余裕がなかった。だから、絞殺体にあるはずの防御創がなかったのです」

 俺は自信満々で言った。すると美奈子さんはケラケラと笑い出し、

「面白いお話ですけど、証拠がありますの、私が犯人だと言う?」

 出た。犯人の最後に言いそうなセリフだ。俺はフッと笑って次のセリフを言おうとした。

 あれ? 証拠? あれ? 証拠って、何かあったか?

 全身から嫌な汗が噴き出す。

 まずい。俺は犯人がわかった事で満足し、証拠の事に思い至らなかった。

 これは非常にまずい展開だ。

「事と次第によっては、貴方を訴えさせていただきますわよ、杉下さん」

 あの可憐な感じの美貌はどこへやら、今の美奈子さんは悪い魔女にしか見えない。

 しかし、それも証拠にはならない。

「証拠なら、ありますよ」

 樹里が笑顔全開で言った。

 俺と美奈子さんはほぼ同時に樹里を見た。

「これです」

 樹里が差し出したのは、大きなガラス瓶に入ったゲル状のものだった。

「何だ、それ?」

 俺は樹里に尋ねた。樹里は俺を見て、

「糊ですよ。脅迫状に切り取った文字を貼り付けた」

 美奈子さんの悪い魔女顔が凍りついた。

「この糊が証拠です。脅迫状に付着したものと成分を調べれば、ほぼ同一のものとわかります」

 樹里は樹里らしくない言葉で言った。もしかして、本当に彼女の姉の璃里さんではないかと思ってしまう。

 彼女は続ける。

「そして、この糊は五反田六郎様がお知り合いの方々にお贈りした限定品です。市販はされていません」

「脅迫状を出したのが私だとしても、主人を殺害したのが私だという証拠にはなりませんわ」

 この期に及んで、美奈子さんは悪あがきをした。

「そうなんですか」

 樹里はそれでも笑顔全開だ。余裕の笑みか?

「では、ご主人の手の爪の間にある皮膚片はどうですか? ご主人の首に防御創がなかったのは、首を絞めている貴女の腕を強く掴んでいたからだと思いますが?」

 俺はハッとして美奈子さんの腕を掴み、服の袖を捲った。

 そこにはくっきりと爪痕が残っている。しかも、皮膚が一部剥がされていた。

 相当強く掴まれたのだろう、指の痕が残っている。

 美奈子さんは俺の腕を振り払った。

「あの男は悪魔よ。私を手に入れるために、私の両親を借金地獄にして、返済を肩代わりする見返りに、私を差し出すように迫ったのよ」

 美奈子さんは泣きながら喋り出した。

「結局、私があの男と結婚すると、あの男は約束を反故にして、両親を自殺に追い込んだわ」

 壮絶な話だ。すると樹里が言った。

「貴女は最初から捕まるつもりだった。そうですね?」

 ええ? そんな事までわかってるのか、樹里?

 美奈子さんは涙を拭いながら樹里を見上げ、

「ええ、そうよ。逃げるつもりなんかないわ。あいつを殺せたんだもの、あとは両親のいるところに行くだけ」

 俺はその言葉に衝撃を受けた。

「でも、何故今なんです?」

 俺は納得がいかず、尋ねた。美奈子さんは俺に視線を移し、

「きっかけを待っていたのかも知れないわね。って言うか、貴方を待っていたのかも」

と言うと、大声で笑い出した。

 俺は思わず赤面してしまった。


 こうして、石動家の別荘で起こった殺人事件は幕を閉じた。

 美奈子さんは田野倉警部補達に取り囲まれるようにして大型バンに乗せられた。

 新次郎と今日子さんは唖然としたまま、走り去る警察車両を見送った。

 俺は二人にかける言葉が見当たらず、樹里と共に別荘を去った。

 

 俺は高速に乗り、東京を目指した。

「すごかったな、樹里。惚れ直した」

 俺は少し顔を赤らめながら言った。

「はい?」

 樹里はキョトンとしている。

「すみません、車酔いの薬を飲んでから、眠くて」

「え?」

 樹里の返答に驚く。まさか、何も覚えていないのか?

 えええ? 謎が多過ぎるぞ、御徒町一族!
すみません、解決編、誤魔化してしまいました。

申し訳ないです。
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