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時の魔法使い

時の魔法使いとオリハルコンの花

作者:nyaok
 ほんの掌編ですが、異世界のセンスオブワンダーを感じてもらえたら嬉しいです。




 まだ私が母の胎内に静かに抱かれていた頃、稀代の錬金術師にして芸術家だった祖父は、孫である私のために魔法金属オリハルコンの種を一粒遺した。これが魔法学界にちょっとした混乱を起こす。
 私が物心つく前くらいまで、その種を巡っての騒動は大きなものだったという。高名な魔法使いたちがこぞって種を芽吹かせようと奮闘したのだ。竜の吐息に焼かれた霊木の灰に播種してみたり、魔境で捕獲した幻獣から採取した涙に何年も浸したり、百人で描いた魔方陣による儀式さえ執り行ったとか。それでも結局、金属の種は密やかに耀くだけで、決して芽を出すことはなかった。そして誰もが諦めた頃、いつしかそれは人々に忘れ去られてしまったのだった。

 やがて私も成長し、十五を数えた今は人並みに魔法学院を卒業。祖父の遺品の手紙から、ある宛先を訪ねて長い旅の果てに異国へと辿り着いた。その魔法植物学の教授は祖父の妹弟子にあたるという。
「貴女の卒業成績、目も当てられないわね」
 彼女は古ぼけた籐の長椅子に腰を下ろして、成績証明書を捲りながら眉をひそめた。自分でも、これでよく卒業できたなとは思うけど。
「けど卒業創成魔法、素晴らしいわ。時を操る魔法は並大抵のことでは身に付かない」
「いえ、そんな。ほんの手のひらだけですから。その…弟子にしていただけますか?お言いつけのことはなんでもします。祖父の遺言なんです。この種から自分の孫の手で花を咲かせてほしいって」
 老魔法使いは私の白いグローブをした手のひらの、その上に乗った黄金色の粒に視線を落として呟く。
「いいでしょう」
「やったぁ!」
「でもねぇ、きっとそんなに難しいことではなくてよ」

 彼女はまず、私にただの土と水を用意させた。まず土に指で穴を空け、そこに種を置いて土をかぶせる。後は一日に一回水をやる。それだけだ。
 驚いたことに、種は数日であっけなくひょっこりと発芽した。こんなに普通の方法で、この地上のあらゆる物質よりも硬いと云われる金属が複雑な造形を成し、眩いほどの光沢を見せて天を仰ぐ。軋むような奏でるような音を鳴らして伸びやかに、日に日に育つオリハルコンの植物。
「開花に必要なものは何?」
「光です!」
「それなら充分ね。貴女の心が放つ若く青い希望の光をもうこんなに蓄えている」
 とても金属とは思えないほどに、みずみずしくほころぶ蕾。オリハルコンは遂に花開く。平凡な花だった。魔法を知らない小さな子供でも簡単に咲かせられるような、なんということのない花だった。でも今まで見たどんな花よりも心を震わせる感動がある。
「あの人は欲張りだったから、貴女に植物を育てる喜びと魔法の魅力をいっぺんに伝えたかったのよ。ただ…それだけなのよ」
 老いた魔法使いは懐かしそうに笑った。
「これは貴女の花よ」
 私だけの花、私のための花。だけど――
「最初は普通の種じゃないから、発芽までに百年も千年も時間がかかるのかと思っていたんです。だから時間を進める魔法を集中的に勉強しました」
 正直を言えばそれしか勉強しなかった。母が刺繍してくれたお気に入りのグローブをするりと外す。右と、左と。
「でもお師匠様からおじいちゃんに届いた手紙を見て、この人なら必ず花を咲かせてくれるって確信しました」
 あまり大きくはない私の両の手のひら、そっと包み込むように。
「だからこっちにしたんです。時を止める魔法」
 お師匠様は微笑みを湛えたまま私を見守っていてくれる。オリハルコンの花は少しの間だけ軋みを上げていたけど、その音は無限の果てに吸い込まれるように鳴り止む。これでもう枯れることはない。
 私は顔を上げた。
「見せたいんです。母に、父に。大勢の魔法使いたちに。この種を芽吹かせようとした全ての人たちにこの花を見せてあげなくちゃ」
 私たちだけが見られるだなんて勿体ないもの。会ったことはないけど、私はおじいちゃんが大好きになっていた。
「そうね。じゃあ貴女が故郷から帰ってきたら、学校でさぼっていた分までみっちり魔法を教えてあげるわ。待っていますからね」
「はい!」

 いつか、時の魔法使いと呼ばれた、私の少女時代のお話。




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