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俺、猫。

作者: ロカ

俺、猫。

名前とか知らない。

その辺で生まれた。





俺はいわゆる、人間に飼われているというやつだ。

「猫としての誇りは無いのか」

とよく馬鹿にされるが、朝食と夕食の心配が無いのだ。


生きる為に人間に媚を売る。


これが出来るのは限られた動物だ。

これもまたひとつの猫の誇りだと思う。




俺の住む家には娘が一人居る。


この娘。朝早くに起きると、堅苦しいスカートという服を着てさっさと出て行き、日の暮れた時間に帰ってくる。


行く直前と帰った直後に娘に擦り寄ると、酷く迷惑がられる。


ああ、そうだ。

先ほど名前は知らないと言っていたが、よくよく思い出せば、娘が俺のことを呼ぶときにこう呼んでいた。


「猫」


・・・・安直すぎだろ。


向かいに住み着いている犬でさえ、ポチと呼ばれている。

もう少しくらい考えてくれてもいいと思う。





娘は高校生になると、一人の小僧が頻繁にやって来るようになった。

男が家に来るのは小学生ぶりだ。


しかし、この小僧。頻繁に来すぎだ。


このことを近所の中島家に住んでいる猫。

ネコ島さんに話したところ。


「それはあれさ。カノカレと言うやつさ」

「あ。知ってます。うちに遊びに来た子供が、アパートに人を住ませて友達を作る。というゲームをやっていました。アレですよね」

「それは、トモコレ」


恋人同士。

彼氏と彼女ということらしい。

何度も小僧と会ううちに俺は気づいた。


小僧が嫌いだと。



小僧は家に来る度に夕飯を食べていく。

俺のメシは娘達の残り物である。

そこに小僧が入るということは、残り物が少なくなる。

結果、俺のメシが少なくなる。


次に、俺の頭を思いっきり撫でやがる。

痛いし、男に撫でられても全く嬉しくない。

むしろ不快だ。

はっきりいって不快だ。


そして何より、娘との時間を取っていくことだ。

娘は休日はほとんど家に居ない。

俺との時間が小僧に取られる。

仲睦まじい二人の間に入るほど俺も馬鹿ではない。

俺が譲歩しているのだから、小僧も俺のために自重すればいいのに・・・。




娘が帰ってきた。

今日は木曜日だから小僧が来る日だ。

今日こそは積年の恨みを晴らしてやろう。

気安く撫でてきたら噛み付いてやる。

そのつもりでいた。


「・・・・・ただいま」


しかし、今日に限って小僧はうちに来なかった。


「お帰り」


人間には「にゃー」としか聞こえない。


「うん。ただいま」


これが結構伝わるものだ。

娘は俺の頭を撫でた。

俺は喉を鳴らす。


「はぁ・・・」


「・・・・・・」


・・・・・・・・・。


「癒されるなぁ」


・・・おかしい。


この娘、今まで俺を褒めたことなどなかった。

なんだろう、気色悪い。


「どうしたんだよ」

にゃーご。


「さ。お風呂は入ろっと」


最後に力強く俺を撫でると、立ち上がって去って行った。


「俺の質問に答えろ、小娘!」

にゃーご。にゃー!




「・・・・と、いうわけなんですけどね。ネコ島さんはどう思います?」


昨日あったことを俺はネコ島さんにすべて話した。


「君。宿主に気色悪いは無いだろう」

「だって、キショかったんですもん」

「君もつくづく主不幸者だな」

「待ってくださいよ。俺だって、宿主を労わろうって気持ちはありますよ」

見くびらないでほしい。

「・・・・それで。アイツはどうしたんだと思います?」

「そりゃあ、あれだろ」

「何ですか?」

「分からないのか?若いくせに」

「・・・いいから。教えてくださいよ。おっさん」

「これはあれさ。失恋だよ」

「相手に対する礼儀がなってないことですか?」

「それは、失礼。・・・君、わざとだろ」


ネコ島さんはため息をついた。


「つまりだ。君の宿主は少年と別れたのだよ」

「別れた・・・」

「カノカレではないということだ」

「マジですかっ?」

「・・・嬉しそうだな」

そりゃそうだ。

つまりはあの忌まわしい小僧がうちに来なくなるということだからな。

これで、俺の飯も元の量に戻るってわけだ。


「だが、君のお気に入りのお譲ちゃんは・・・・どうなんだろうな」

「・・・・あんな小僧。すぐに忘れるでしょう」

「そんなもんかねぇ」

そんなものさ。

人間というのは自分の都合の悪いことはすぐに忘れる。

例えその日に泣いていようが、しばらくすれば何事も無かったかのように、それだけを飛ばした日常に戻る。


「人間も充分な畜生だ」

「人間みんながそうでないこと。君が一番分かっているのではなかったか?」


確かに。

前に世話になっていた家とは違う。


まあ。あの家が酷いだけなのだろうが。




「あ。やっと帰ってきた」


家に帰ると、娘が皿を持ってしゃがんだ。

「はい。夕飯」

そうだ。今日から量が元に戻るのだ。


「・・・お?」

あれ?おかしい。

「昨日と同じ」

飯の量が変わっていない。


「おい。量が違うぞ」

にゃあにゃあと抗議をすると、娘は俺の頭を撫でた。

「いやいや。そうじゃなくて、飯が少ない」

俺の言いたいことが分かってか分からずか。

俺を持ち上げては左右に振る。

「ちょい。何をする!」

「だいぶ痩せたねー。ご飯の量を減らした甲斐があったかな」

「にゃ?」

「ちょっと太り過ぎかなって思ってたんだよ。抱っこしにくいし」


そういうと、娘は俺を抱きしめた。

あ、あんま強く締められると、胸が・・・当たる・・・・。


「いやー。ダイエット成功!」

「・・・ダイエット?」

ダイエットというのは、あれだろ。

運動やら食事制限をして体重を減らそうぜ。というものだろ。


つまり、あれか。

俺の飯が少なかったのは小僧が俺の分の飯も食べていくからでは無く、俺を痩せさせる為だったのか。


そうか。

・・・・ふむ。

あいつは関係無かったのか・・・。

「にゃーごー・・・」









カーテンの隙間から日の光が入ってくる。

今日も良い天気のようだ。

俺はまだ、布団の中で眠っている娘を一瞥する。


「・・・ちょっくら、行ってくるな」


窓を開けて外に出ると、音を立てないように閉めて、家を出た。


いつもは目的地のない散歩だが、今日のは違う。

俺はネコ島さんに教えてもらった道を通り、四丁目まで行く。


目的はもちろん、小僧である。



「・・・・アイツの家の」

小僧は俺を見るなり・・・・・正確には、俺の首輪を見るなり、そう呟いた。


「よお、小僧」

にゃー。

「ちょっくら話があってな」

にゃー。


そういうと、小僧はしゃがんだ。

「アイツの代わりに俺を引っ掻きにでもきたのか?」

お。話の分かる野郎じゃねーか。

その通りだ。

さあ、引っ掻かせろ。

顔を引っ掻いてやろうとジャンプの姿勢に入ると、小僧は俺を持ち上げた。


「おい待て。そういうつもりじゃない!」

にゃあああ!


「暴れんなって。ここじゃなんだからさ。俺の部屋に来いよ。またたびは持ってないが、煮干しならあったはずだから」

「・・・・気が利くじゃねーか」

俺は小僧のお宅にお邪魔した。


「どうぞ」

「いただきまーす」

にゃーと言いながら、俺は煮干しにガッついた。

よくよく考えると、今日はまだ朝食を取っていない。


「アイツ、元気か?」


「そりゃあ、自分で聞け」

にゃあ。



「そうだよな。自分で聞かないと駄目だよな」

小僧からしてみれば、俺は「にゃあ」としか言っていないのだが、何故か会話が成立しているようだ。

小僧は背伸びをした。

「でもなー」

俺は小僧を見た。

その目は遠くを見ていて、諦めている目だった。

「・・・俺には勿体無い奴なんだよ」

「は?」


何だこいつ。


「アイツにとって、俺は邪魔になるんだよ」


こいつは馬鹿なのか?アホなのか?

こいつ、こんな顔して少女漫画でも読んでいるのか?


小僧は続ける。


「俺は家の農業を継ぐってもう決めた。だからこの町から出ることはないと思う。

 けど、アイツは田舎にいないほうがいいんだ。なんとなく分かる。

 だから、俺とずっと一緒ってことになったら田舎に住むようになるんだぞ。そんなの駄目だ」

 

だから、別れたんだ。

そういい終えた。


「・・・・・ハンッ!」

「・・・え?お前、今、鼻で笑った?笑ったよな?猫って鼻で笑えるの?」

次に俺は小僧の膝の上に乗った。

「え、どうした?・・・・・いってぇええええ!」

「こんの大馬鹿者があああ!」

小僧のすかした顔を引っ掻いてやった。

「そんなことされて、あの娘がありがたいと思うか?否。ありがた迷惑だ!

 ってゆうか俺が迷惑してんだよ!

 訳の分からん漫画やドラマに感化される暇があったら、勉強しろ!馬鹿!」

 

小僧が困惑した様子で目を見開いている。

それもそうだ。

急にデカイ声で、にゃあにゃあ泣き始めたんだ。驚くのも無理はない。

わざわざ叫んだのが伝わってないのかと思うと少し悲しかった。

別にどうでもいいとこころでは成立するくせに。

 

代わりに俺は唾を庭に思いっきり吐き出してやった。

分かるよな、小僧。

お前の言い訳は唾を吐くほどどうでもいい、馬鹿げたものなんだよ。と。


そうやってしばらく見合っていると、やがて、小僧が口を開いた。

「お前、今、馬鹿って言っただろ?なんか解ったぞ」


にゃあ。と言ってやると、小僧はそうだなと返して俺の頭を思いっきり撫でた。

「俺は確かに馬鹿だったかもな。・・・俺、お前といい友達になれそうだ」

「猫と友達とか、悲しいヤツだな」

鼻で笑ってやった。


「全く、世話のかかる奴らだ・・・」

 

俺はその足でネコ島さんの家に向かった。










俺はその辺で生まれた猫。

俺はいわゆる、人間に飼われているというやつだ。

「猫としての誇りは無いのか」とよく馬鹿にされるが、朝食と夕食の心配が無いのだ。

生きる為に人間に媚を売る。

これが出来るのは限られた動物だ。

これもまたひとつの猫の誇りだと思う。


俺の住む家には娘が一人居る。

その娘には彼氏という関係の男がいる。


数ヶ月前に別れるかも事件があったのだが、俺の活躍のお陰で、今ではアツアツといいたいほど、見ていて暑苦しい。


「お邪魔しまーす」

「いらっしゃーい」

「お、ネコー。久しぶりだなー」


撫でるな。撫でるな。不愉快だ。

 

そう思いながらも俺はされるがままでいる。

もう慣れた。

俺は今日も二人の人間の間に座って、テレビを見る。


 


俺、猫。名前も猫。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 朝から心がじんわりとしました。 猫好き(猫飼い)にはもうたまらないお話ですね。 猫視点というのも新鮮で、とにかく自己中に見えて宿主のことを心配しているということが上手く表現されていると思い…
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