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枯れゆく詩
作:南条英明



秩序を破壊せし者(4)


 この頃、バードは眠りに恐怖を持っていた。深層に封印された記憶が、あの〈癒し屋〉と寝た日を境に表面へ出てくることが増えた。ガンドという地で暮らす青年カイルがいったい何者なのか、それはいまだにわからない。自分の脳が空想力で作り出した存在とは思えない。以前、前世なる言葉を卜者から聞いたことがあった。転生と呼ぶらしい。となれば、カイルは過去の自分なのかもしれない。火あぶりにされたカイル……
 壁紙から染みだした水――泥のような茶色の液を思わせる記憶の残滓が苦しい。体力負けして眠りについたが正味一時間ほどの浅い物だった。目覚めても何も変わっていない。ただ、また不愉快な思いをしただけ。一つ思い出した。
 記憶を確認するように4層目の一室を訪れた。扉には板が打ちつけてあったが一部が腐り、悪童の仕業なのか、下方にぽっかりと穴が開いていた。四つんばいで部屋にはいった。強烈な臭いに吐き気がした。封印されし部屋はバード自身も封じていた記憶を呼び覚ました。8年前ぼくは確かにこの部屋に軟禁されていた、と改めて感じた。床といい壁といい黒っぽい染みがあった。間違いなく、それは血痕だった。
 来るんじゃなかった。急に後悔した。床に転がる割れた工芸ランタンに頭が割れそうになった。怖くなって足が震えたが、それなのに窓の割れ目から射しこむ月光をもとに部屋を調べていた。
 誘拐犯の名はウッド。自分を救いだした人間は、当時、レストを席捲していた英雄〈暁の仮面〉。命乞いする犯人、そんな青年をかばう自分、沈黙を続ける赤仮面の戦士。
「ゆるしてあげて。ウッドのお母さんは病気なの。だからお金がどうしても――」
「フェ・タルバータ」大振りの剣が青年の体を切り刻んでいった……
 バチンとゴムが切れたような音が頭の中で響いたので現実を取り戻した。バードはふと思い出した言葉『フェ・タルバータ』を考えた。古王国語で『フェを悔いよ』。
 遠くで馬蹄がした。窓の割れ目から下方をのぞき見ると二頭立ての馬車が砂利道を走ってきていた。目的地は、ここ〈崩壊をきざむ時計塔〉で、現実に御者は〈死への旅路〉門の前で手綱を引いて車を止めた。
「先生?」
 御者は南門のそばに居を構える医者ロアーに見えなくもなかった。幌つき荷台の中から鞄を取るなり地面に降りたかれだったが、その幌には少なくとも一名、何者かが乗り込んでいるらしい。というのも手招きしているからだった。
 御者台に顔を見せた男は、4層にいるバードの耳にも聞こえるくらいの大声で叫んだ。それは塔の中にいる連中に表へ出るよううながしているかのようだが、実際は「グズグズすんな、ヤブ医者め。さっさと行って、バカどもを治療しろ」と御者青年を罵っていた。
「なんで、ガズが……」
 下品な声をあげた荷台の男は中年境界狩人ガズだった。しかしそれよりも問題は一つ、いったい誰がガズ、そしてロアーを〈崩壊をきざむ時計塔〉へ招いたのか。もっとも、あたりまえの答えしかなかった。
 部屋を飛び出して螺旋階段をくだっていると、下方で再びガラガラといたガズの声が聞こえてきた。「ほら、泣き虫小僧、さっさと案内しろ!」
「まあまあ、そう怒鳴らないでくださいよ。ユーキだって耳が痛くなるよなぁ」
「怪我人をおっぽってきて、エーンエーン、しぇんしぇえ、助けてくだしゃいよぉ、なんてな小僧に気を使えるか? 仮にも、一度はテメエの弟子入り志願をしたガキだぞ。なのに重症者を捨ておくなんざ医者見習いどころか人間としても失格よ。っと、おやおや、もう一匹の泣き虫君が降りてくるじゃねえか」ガズの口は相変わらずだったが、見るとかれの腕は三角巾で吊られているし、顔の半分にはガーゼが、袖なしシャツは血まみれ、左足もひきずるほどの怪我をしていて、口ほどには体調が良さそうでなかった。「なんだ、バード、って、バカやろう! イヌじゃねえんだから、抱きついてくるな! たく、痛えだろうが。くそ。あら? あらら? おい、おーい、どこに隠れたんだ、ユーキ君。謝るんだろ? 君の大親友バード君だよん。ほら、出てきやがれ!」ロアーの後ろに隠れていたユーキだったが、襟首をつかまれ陰からひきずり出された。
「あ、あのな、バード、そのぉ……」ユーキは頭を掻いていた。「だから、そのな」
「ありがと。それから……ごめんね。ぼく、すこしだけ君を疑っちゃった」指で二人の大人に怪我人の場所を伝える。ガズもロアーも無言のまま階段をあがっていった。
「…………いや、いいんだ。風さ。風が教えてくれたんだ。逃げていいのか、って。たら、急に……」
「『信じる』って言葉も捨てたもんじゃないでしょ? ガズもちゃんと帰ってきたみたいだしね」
「…………だな」
「で、ガズは結局、境界に行ったわけ? どうも、あの姿じゃ、ユーキの『ガズと女将さんの結婚』説はまちがってたみたいだね。まさか夫婦喧嘩の果てだったりして」笑いが場違いなのはすぐに気がついた。目の前の少年は深刻な顔である。
「決起だって。明日、動くらしい。レストの秩序を崩すために。教王、教理官、そして町の人達、みんなの前で平和ボケを打ち砕くんだ。そのためにあの人は境界に入った」
「腰が持ち上がるとは思えないけど。本当に脅威とわかれば別だけどさ、無理だよ」
「たとえば?」
「たとえば? どんなもんが脅威か? うーん、怪物の存在がおおやけになるとかさ。レニー人の姿を見た人って、生きている人間なら、ぼく以外にいないみたいだよね。だから」
「レニーの首があれば充分効果はあがるってわけだ」
「うん、まあ、そうだよね、効果はあると思う。うん? まさか……」
「その、まさか」












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