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枯れゆく詩
作:南条英明



脱獄者(3)


「なあ、バード、おまえが怒る気持ちは、よくわかる。おれが悪かったよ。ただ、腕章の件は仕方なかったんだ。あのままあれをつけていても、って、だからちょっとはおれの話を聞いてくれよ」
 牢を出てからも、いつまでもロシュは後を追ってきた。が、追い越されることはなかった。歩調を合わせ、止まればロシュも止まった。白漆喰の壁が並ぶ砂の大通りでそんな追いかけっこを続け、バード自身もいい加減うんざりした頃合。
「いい度胸じゃないか。おてんと様の下をのんきに歩いてるとはなぁ」足が止まった。あっ、あっ、と言葉にならない声を出しながら後ずさりしても、時はすでに遅かった。現れたのは二メートルはあろうかという巨漢。見覚えがあるどころか、そもそも昨晩襲撃された原因は、この男に加えた危害にある。「てめえは血祭りにしなきゃ、気がすまねえ」
 恐怖で足が震えていたが、気丈に振舞うが上策とバードは精一杯に声をはりあげた。「さ、逆恨みにもほどがあるね。食糧を奪ったぼくが悪いのか? ちがうな。う、奪われるおまえが悪いんだ。ここじゃ弱いヤツは死ぬって知ってるだろ!」
 男はケラケラと笑った。「ぶっ殺されてえんだな、くそガキめ。なんだ、また砂で目潰しか? それとも金的か? そういう女々しい手を使う男にゃ、死んで後悔してもらわねえとなあ」そのとき、はじめてロシュがバードを追い越した。「あん? てめえ、何のマネだ。痛い目をみたくなかったら、そこをどけ。さては、昨日のアレは、てめえの仕業だな! 妙な声音を使いやがって。てめえのせいでレイヤードのヤロウに殴られたんだ、あの長を気取った若僧めが」
「なんのことだか知らないが、この子は渡せないな」ロシュは両拳を胸のあたりで握り、左足は半歩前でつま先立ってなにやらリズムを取る。バードが見たこともない不思議な構えをとった。はったりだろうか。そもそも素人目には勝負など明らかだった。身長はともかくとしても体重が倍以上ある相手にかなうわけもない。
「おれとやろうってのか? おれを誰だか知ってのことだろうな」
「ゲスの名なんて知らん。能書き垂れるヤロウはザコが多いってのは知ってるがな」
 裏切り者に死を! 裏切り者なんて死んでしまえ! ……冗談でも、そんなことはいえない。「ろ、ロシュ。やめてください。殺されちゃいます。ぼくのことはもういいですから」
「バカ。おまえを裏切ってばかりじゃ恥ずかしいだろ? おれの誠意、すこしは見てくれ」
 騒ぎをききつけた罪人が方々から集まってきたが、みな、野次馬根性丸出しで、「ハザン、頭をぶち割れ」やら「首をへし折れ」やら、どうやら巨漢はハザンという名らしいが、みんな、かれがロシュをひねりつぶして、あたりを血で染めるのを期待している。バードは誰かこちらに味方してくれる人はいないか探してみたが、どうやらいないようだった。
 勝負はあっけなかった。雄たけびをあげ拳をふりかざして走ってくるハザンに腹めがけて前蹴りが襲いかかる。突進力は槍のごとく突き刺さった蹴りにおおきくそぎ落とされた。口から泡状の液体を吐き出した直後、首筋に右上段蹴りが加わる。そのときすでにハザンは巨体の維持が出来ていなかった。が、蹴撃者は攻撃の手をゆるめなかった。下がった首に両腕をまきつけ、鼻めがけて膝蹴りを打ちこむ。以上。重力はハザンに容赦ない。勢いがあるもの――それは折れた鼻から吹きだす鮮血だけだった。
 場は騒然となった。幾人かの加勢者がロシュめがけて襲いかかったが、かの青年はそれらをすべて足技で撃退していった。やがて勝ち目がないとわかると尻込みをはじめ、よくみればロシュの息もあがっていたのだが、そんなことは二の次で、ある者は逃げ、ある者は倒れた仲間を介抱し、またある者は見知らぬ青年の武をたたえた。
「もう、行こう」どうやらロシュもそれ相応の傷を負っていた。向き直った顔にも、どうみても返り血でない代物がある。しかし心配してバードが声をかけても、痛々しいながら笑顔を返された。「おれは大丈夫だから」肩に手をおかれてはじめて、ロシュの戦闘力がすでに0に等しいことがバードにはわかった。
「変わらないな。他人を守るためなら自分の命すらいとわない。人間、6年程度では成長しないか。まったく……ヘドが出る、その偽善者面」ロシュの顔から笑みが消えた。「少なくとも出会った頃のおまえは、蹴撃王シャイルンの末裔に恥じない、目の前の敵を殺すだけの実に魅力的な虎だった」
「レイヤード……」あぶない、と声をかけたがムダだった。かれが振りかえり、構えを取ったときには、第一撃が左頬をとらえていた。おおきくはじかれたロシュだったが受身をとって背中の強打は免れた。もっともダメージは想像が難しくない。
「弱くなったな、ロシュ。ハザンはこんなヤツにも勝てなかったのか」
「れ、レイヤード様……」血だらけの掌で鼻を押さえながら立ちあがったハザンだったが、あの獰猛な風采は微塵もなく、目もおびえきっていた。
「長気取りの若僧だろ? 様呼ばわりする必要はない。まあいい。それよりも、ロシュ」
「…………」
「いい加減、甘い考えは捨てたらどうだ。武は自らの為に使ってこそ、その力を発揮する。他人を守る武なんて幻想だ。無力だしな。さあ、さっさとその子をよこせよ。殺しはしない。礼儀を教えてやるだけだ」
「行くな! おれが……おれが必ず……おまえを」立ちあがった姿はこころもとない。
「エイ・シーの構えも満足に取れないくせに、どこまでバカなんだ。完全に、あの愚か者の偽善に毒されているな。ヤツの末路をおぼえているはずだろ? 貴様が固執する武がどんな結果を招いたかも」
「……わかっている。でも大事な物を守れない武に意味なんてないんだ。たしかにおれは変わった。でも、おまえだって――」
「黙れ。戯れは終わりだ。貴様のサーマーンは無価値だ。すぐに明らかにしてやる」












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