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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[九]水晶の瞳

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「違う世界っていうか……平行世界ってヤツなんじゃないの?」
 

「ところで、一個引っかかるんだけどさ」

 アキナさんはちらりとキミちゃんをうかがってから言いました。

「何でディアのこと、『光の「ディストキーパー」』なんて言い方をするんだよ?」

 それはもう、まっとうな引っ掛かりでした。未来のことを話す時、わたしはあえてあの人の名前を出さずにいたからです。

 ディアと置き換えようかとも思ったのですが、そうしてしまうと「インガの改変」によって消えたあの人が、完全にいなくなってしまうかのような気がして、はばかられたのです。

 それに、もしかしたら。アキナさんなら覚えているかもしれません。

 あの人――成田トウコさんのことを。

「その、わたしの知ってる未来には、ディアさんは、いなくて……」
「いない?」

 小首をかしげるキミちゃんに、わたしはうなずきました。

「代わりに、成田トウコさんという人だったんですけど……」

 わたしはアキナさんに向き直りました。

「もしかして、知ってたりとか、しませんか? わたしの未来では、アキナさんと前から一緒にやっていて、すごく仲が良くて……」

 風の前の塵ほどの可能性にすがるように、わたしは問いかけましたが、アキナさんは怪訝な顔でした。

「いや、ずっとディアだったよ。成田トウコなんて知らないけど……」

 分かっていたことでしたが、実際聞いてみるとショックでした。

「オリエさんとあたしとディア。キミヨやミリカが『ディストキーパー』になる前は、この三人でやってたんだ」

 え、と言いかけて、すんででわたしは思いとどまりました。

 そうか、そうでした。このアキナさんはまだオリエ先輩に記憶を取られたままなのです。

 確か、あの「世直し」の件で当時一緒にやっていた「ディストキーパー」の人たちと揉めて、殺し合いになったと聞いています。

 もしかしたら、トウコさんはその時に死んでしまっているのかもしれません。

 でも、そうだとしても。もう一つ疑問が生まれてきます。

 どうしてわたしの知っている過去とズレていることがあるのでしょう。

「ねえ、ミリカ」

 キミちゃんの声音は何か考えながらしゃべっているようでした。

「ディアのこと、あなた知らないのよね?」
「うん……」

 応じながら、知らないけど記憶はあることを言い足しました。まるで、書き加えられたかのように増えていくことも。

「昨日までのミリカは、普通にディアのこと知ってたよな?」

 あたしディアについてミリカに話したもん、とアキナさん。その記憶はわたしにもありました。鳥型の「ディスト」と戦う前です。

 ただし、わたしにはもう一つ記憶があって、そちらではアキナさんとトウコさんについて話していたのですが。

「昨日までのミリカと、今日のミリカは違うってことか?」

 アキナさんは何だか恐ろしいことを言いました。わたしは二人いて、片方は「インガ」の闇に消えてしまったかのような。

 長い息を、キミちゃんは吐きました。

「あのさ……」

 バカらしい話かもしれないんだけど、と前置きします。

「ミリカはさ、タイムスリップしてきたわけじゃないんじゃない?」

 わたしはアキナさんと顔を見合わせました。わたしたちは意味を図りかねていました。

「お前、ミリカの話信じるんじゃなかったのかよ?」

 わたしが怖すぎて口にできなかったことを、アキナさんが代わりに言ってくれました。

「いや、そういうことじゃなくてね」

 安心させるように、キミちゃんはまたわたしに微笑んでくれました。

「今いるここは、ミリカがいた未来に繋がるのとは別の過去なんじゃないか、って思って」
「別の過去?」

 過去がいくつもあるものでしょうか。わたしの理解では、時間は一本の線でした。別ということは、一本ではないのかもしれないということでしょうか。

「パサラが前に言ってたじゃない。『インガ』の向かう方向性を決めるのが『エクサラント』の仕事だって」

 てことはさ、とキミちゃんはペンケースとノートを取り出して、一本の線を引きます。

「ここが、今とするね」

 横に引かれた線の右端に黒い丸がぐりぐりと描かれました。

「方向性を決めるってことは、ここからいくつも道があって……」

 黒い丸から四本の点線を引いていきます。

「その内一つを選んでるってことでしょ?」

 点線の一つをなぞるキミちゃんに、わたしはうなずきました。

「それじゃあ選ばれなかった部分は?」
「『インガクズ』になるんだろ?」

 アキナさんの言葉にうなずきながらも、キミちゃんは「そうなんだけどね」と、赤い色のペンでさっきなぞらなかった点線の一つを塗りました。

「こういう道を選んだことがあったとしたら?」

 ん? とアキナさんは眉を寄せました。

「それって、あり得るの?」
「いや、分かんないけど……」

 分かんないのかよ、と言われながらも、キミちゃんは続けます。

「あたしたちの知ってる世界Aと、ミリカの知ってるトウコさんがいる世界Bがあるって考えられない?」

 つまり、とわたしはない知恵を絞ります。

 わたしはアキナさんが前にいた「ディストキーパー」たちとトラブルになったことを知っています。オリエ先輩が話したことはすべて本当ではないにせよ、戦闘になったのは事実でしょう。

 その戦いで、トウコさんが死んでしまってディアが加入した世界をA、生き残ったわたしが鱶ヶ渕を滅ぼした世界をBと考えるならば。

 二つの違いはトウコさんの生死だけです。それ以外はまるっきり同じ。

 そういう分岐があったとしてもおかしくないように、わたしには思えるのです。

「つまり、このミリカは違う世界から来たってことか?」
「違う世界っていうか……平行世界ってヤツなんじゃないの?」

 弟の見てたアニメでそういうのがあったけど。キミちゃんはそう言いますが、さすがにあんまりな根拠です。アキナさんも首を振りました。

「過去の一点で分岐してしまった世界があって、ってそういう話だったんだけどさ……」

 似てると思うのよね、と言いながら、キミちゃんはノートに新たな線を描きました。

 横に倒した「Y」のような二股に分かれた黒い線と、そこに繋げて平行に引かれた赤と緑の二本の線。緑の方が長く引かれています。

「ここが分岐点、光の『ディストキーパー』が、ディアになるかトウコって人になるか」

 「Y」の二股の部分を指しました。ここで世界が二つに分かれたのではないか、とキミちゃんは言うのです。

「それで、このミリカが元いた緑の線と、あたし達が今いる赤の線に分かれるの」

 次いで、緑の線の右端の方に、またぐりぐりと丸を描きます。その手前の線の上に、今度はオレンジのペンで×を描きました。

「×が、オリエ先輩がやらかしたとこ。こっちの丸がその後、ミリカがいた時間ね」

 ここから、と矢印を赤の平行線に伸ばします。

「ここに来ちゃったのよ」

 今度は矢印の先、赤の線の上に塗りつぶされた丸を描きました。

「この赤丸が、今日ってことか」

 じゃあ、ここにいたミリカは? 問われてキミちゃんは首をひねります。

「さあ……? 入れ代わったか、それとも意識だけ元いたミリカに入ったか……」

 意識だけ入ったがいいなあ、とわたしはこっそり思いました。何せ、前のわたしの体はもう、完全な怪物になっているのですから。

「じゃあさ、どうやってこっから来たんだ?」

 アキナさんは緑の丸から矢印をなぞってわたしに尋ねます。

「それは……分からないですけど……」
「パサラか、それとももっと大きな力を持った何かのせい、とか?」
「大きな力を持った何かってなんだよ?」

 それは分からないけど。キミちゃんの答えを聞いて、だよなあとアキナさんは天井を見上げます。

「平行世界だとしても、オリエ先輩の計画は実行されるのかな?」

 キミちゃんはオレンジの×に指で触れました。

「起きるよ」

 「だろう」でも「かもしれない」でもなく、アキナさんは断言しました。

「起きるから、ミリカが来たんだよ」

 誰に送り込まれたのかはしらないが、とアキナさんはわたしをまぶしい目で見ました。

「タイムスリップだろうが、ヘーコー世界だろうが、最悪なことが起きる時、それを知ってるやつが起きる前にやってくるのは、その最悪を止めるためだろ」

 なあ、とアキナさんの言葉は押し込んでくるようでした。

「ミリカも、そう思うよな?」

 アキナさんらしい、シンプルな考えでした。わたしはつい、うなずいてしまいます。

 感情を推し測られた時、それがわたしの抱えていたものよりも正しそうであったら、わたしは否定できなくなるのです。何故なら、それは醜い心の内ををわざわざ人様に見せつけるよりは、余程いいことのように思えるからです。

 もちろん、わたしも同じことを繰り返したくはありません。だけどそれは、わたしが同じしくじりをしたくないというだけです。

 オリエ先輩のせいで世界が変わってしまっても、わたしのせいでなければいい。隠さずに言えば、こんなにも汚ならしいものなのですから。

「とりあえず、オリエさんは警戒しといた方がいいってわけか」

 こっくりとわたしはうなずきました。

「回りくどいし、締め上げてもいいんだけど……」

 いやでもな、とアキナさんは物騒な計画をやりあぐねているようでした。

「痛みとか効くタイプじゃないですもんね……」
「お前の世界で何があったんだよ……」

 つい、上半身だけのオリエ先輩に襲いかかられた記憶がよみがえって、そんな相づちを打ってしまいました。

「かと言って、話し合いにも応じそうにないわよね……」

 かなり前から入念に準備をしていたようなので、話し合える段階は越えている感じでした。

「三人がかりなら……いや、きついわな……」
「それは話し合い? それとも戦闘?」

 どっちも、とアキナさんは肩をすくめ、だよねとキミちゃんは苦笑しました。

「まあ、どうするかはまた改めて話し合いましょう」
「うん、時間を置いたら、いいアイデアが出てくるかもしれないしな」

 アキナさんも賛成しました。

「ミリカ、ありがとね」

 話してくれて。わたしは嬉しくて、にやにやしてしまって、「うん」と首を振ったまま、そのしまりない顔を隠すためにうつむきました。

 うつむいて、胸が痛むことに気づきました。全部話したわけではないからでしょう。自分のやったことから逃げているからでしょう。

 それでも、逃げる以外に方法は思い付かなかったのでした。

 日を置けばいいアイデアが出てくる、それにすら期待を持てない、二人が考えてくれると待つしかできないわたしですから。
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