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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[二〇]「ただいま」の場所へ

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20-前

(最早誰も、お前の存在を頭ごなしに否定はできねえだろうよ)
 

 満天の星空を映し出すドームの下、「観測時空」でわたし――ディアマンティナ・エーヴィヒカイトは今回の結果を眺めて、一つ大きな息をついた。

 「インガの裏側」の壊れようは筆舌に尽くしがたい。縦横無尽に吹き荒れた「滅びの風」と、ブラックスターの産んだ巨大な「ディスト」が開けた穴、どちらのダメージも大きく、この時空の鱶ヶ渕の存在そのものが脅かされている状態だ。無論、修復は進めているが、かなり時間がかかりそうだ。

 何せ、七度もこの時空で同じ時間軸を繰り返してしまった。それによる「インガの摩耗」が修復を遅らせているのだ。

 これだけの犠牲を払って、わたしは何を得たのだろう。「インガ」の彼方へ放逐した「砂漠の怪物」を連れ戻して、出してほしかった結果が今の状態なのだろうか。

「ディアマンティナ・エーヴィヒカイト。願いは叶わなかった――そんな顔をしている」

 と、そこに成田トウコが姿を見せる。ああそうだ、彼女をこの時空に干渉させた分の損傷もあったか。本当にリスクの高いことばかりしてしまった。

「人の希望に基づいて『インガの改変』を行い、願いを叶える側のあなたが、一番満ち足りていない顔をしているのは、滑稽とも言える」

 辛辣だな。まるで立花オリエのようなことを言う。

「今のあなたを見れば、誰だって同じようなことを言うでしょう」

 そうかもしれないね。まったく、全知でも全能でもないのに、神様のまねごとをするのは何とくたびれることだろう。

「もっとくたびれてもらわなければ困る。それがあなたの選んだ道なのだから」

 おや、冷たい肩を見せるものだね。泣き言一つ許さないのかい?

「嘆いている暇があるなら、気を引き締めなさい。わたしをここに呼んだ意味を、葉山ミリカをこうして試した目的を、忘れたとは言わせない」

 ああ、そうだ。その通りだよトウコ。君はいつだって正しい。

 わたしは星空のドームを見上げる。ここに浮かぶ数えきれない星々は、一つ一つがわたしの掌握する「インガ」の流れる時空だ。

 逆に言えば、そうではない時空があるということ。例えば、立花オリエが「計画」を成し遂げて切り離した時空や、あるいは――。

 すべての時空をわたしが掌握した方がいい、と考えたことなど誓ってない。わたしは、自分が世界をよりよくしようとしていることに疑いは持っていないが、さりとて自分が一番正しいと思い込むほど愚かではないのだ。

 数多の「インガ」が交錯しても、この世は円環のように閉じている。終末も天国も来ない世界で、人間は自分の袋の宝石と石の数の多少を見比べ合っている。

 わたしは時々、少しだけ誰かの宝石の数を増やしてやって、代わりに廻り続けて傷だらけになった世界を直す手伝いをしてもらっている。それはちょっとしたことかもしれないが、そうすることで少しでも報われる「生」があるならば、嬉しいことだと思う。

 そしてそれだけが、故国の思想家の言葉を借りると「神が死んで」久しい世界に対して、わたしができることだと信じている。

 だからこそ、円環を断ち切り千年王国を無理やりにでも降臨させようという相手を、見過ごすことはできない。彼らが、すべての時空に「死」を与えようというのならば尚更だ。

「どうせ、生き残った他の四人も、参加させるのでしょう?」

 ああ、お察しの通りさ。トウコ、君にはしばらく向こうにとどまってもらうことになるよ。

「了解した。どの道、ミリカが目覚めるまではいるつもりだった」

 そう言い置いてトウコは姿を消した。葉山ミリカが心配なのだろう。

 とはいえ、彼女はじきに目覚める。目覚めた時、葉山ミリカはどうなっているだろう。「また生き残ってしまった」と、自分を恥じたままだろうか。それとも、着地する場所を見定めているだろうか。

 もし後者であるならば。わたしは目を閉じる。あの乾ききった砂漠と、何もない空がまぶたの裏に浮かんだ。この景色が変わったのなら、これだけの「インガの損傷」も、安いものじゃないか。

 これからどんな景色を作り上げるのかも、楽しみになってくる。

 だってそうだろう? きっとまた、別の風が彼女の心に吹くのだから。



 そこは、真っ白い空間でした。

 ディアと会った「観測時空(エクサラント)」と似ていましたが、そこよりもずっと近く親しくて、むき出しの二の足に吹く北風のような、そんな場所でした。

 ここは……? そう思った時、不意に背後に気配を感じました。

 よく知っている気配で、けれど何故だか振り返ることができませんでした。

(やるじゃねえか、なあ)

 思った通りの声でした。振り向きたいのに、どうしてか体が動きませんでした。

(お前の、いや、お前らの勝ちだ)

 参ったぜ、と声は自嘲気味に笑いました。

(誇っていいぜ、自分で言うのもなんだがな。最早誰も、お前の存在を頭ごなしに否定はできねえだろうよ)

 だから。

 わたしと背中合わせで立っていたその人が、振り返ったような気配がしました。大型台風の真っただ中を歩くぐらいに苦労して、わたしも無理やりに後ろを向きました。

(よかったな、帰ってこれて)

 その人は――ブラックスターはわたしの頭を撫でて、笑いました。今までのいつよりも、柔らかい笑顔でした。

(じゃあな)

 その言葉と同時に、視界はぼやけ、わたしの意識は浮き上がっていきました。



 目を覚ますと、見慣れない天井と壁がまず視界に入って来ました。愛想のかけらもない、打ちっ放しのコンクリートは、知っている誰かのことを思い出させました。

 身を起こして辺りを見回すと、その部屋の中は妙にすっきりとしてものが少なく、殺風景にも見えました。

「やあやあ、目を覚ましたみたいだにぃ」

 部屋の隅に置かれた椅子に座っていた人が、立ち上がってこちらに近づいて来ます。三つ編みにメガネをかけたこの人に、わたしは見覚えがありました。

「およ、自己紹介必要な感じ? やだなー、二回ぐらい会ってるじゃん」

 正確には、わたしは起き抜けでいつも以上に頭が回ってなかっただけなのですが。

「改めて名乗っとくよ。あたしは『カオスブリンガー』のタイガーアイというものさ。本名は、山吹シイナってんだけどね。昔は……」
「……鱶ヶ渕で『ディストキーパー』、ですか?」

 先回りされて、今度こそ本当にびっくりした顔をしました。

「そいつは前会った時に、言ったんだっけ?」
「ええ……」
「やれやれ、セリフ取られちまうとはね」

 タイガーアイ、いやシイナさんは肩をすくめました。

 それに対して、今までならわたしは無意味に謝っていたでしょうが、もうそんなことはしないのです。しなくていいのです。だから、わたしは曖昧に笑って見せました。

「あんたはあれから、丸々二日眠ってた。一向に目を覚まさないもんだから、家に帰らせるわけにもいかなくてね、トウコちんが昔使ってた家を『インガの改変』で作りなおして、運び込んだんだってさ」
「じゃあ、ここは……」

 部屋の様子から思い浮かべた人と持ち主は同じ人物だったようです。

「鱶ヶ渕の駅裏、南側だね、そこのビルの一室さ」

 そんなところにトウコさんは住んでいたのか、とわたしは今更ながらに知りました。

「まあ、そんなことを話しに来たわけじゃなくてね」

 わたしは少し身構えました。シイナさんは、体の後ろに何かを隠している様子なのです。この人も「カオスブリンガー」です、ブラックスターの敵討ちに来たと考えてもおかしくはないのですから。

「いやいや、別に敵討ちってわけじゃあないよ。お嬢じゃないんだから」

 先回りしてそう弁解し、シイナさんは隠していたものをわたしの眼前、毛布の上に置きました。

「これ……」

 テリアのぬいぐるみでした。戦闘の前、マンションの屋上に隠したっきりだったそれを、どうしてこの人が……?

「ブラッさんが取って、あんたにやったんでしょ?」

 わたしはうなずきました。そしてぬいぐるみを抱き寄せます。ふわふわで、頼りなくって。でもしっかりとわたしの腕の中にありました。

 あの人といたのは、本当に短い期間でした。出会ってから、戦闘を含めても半日も一緒にいなかったのに、何故だかわたしの中で大きな存在になっているのでした。

 ブラックスターという存在が、この世から消えたとしても、わたしの中には消え難い跡が残っているのです。

「今のあんた見てるとさ、ブラッさんが最後に戦った相手があんたでよかったって、そう思えるよ」

 シイナさんはどこか感慨深げにうなずいて、「あんたらはどうだい?」と自分の背後に問いかけました。

 すると、どこに潜んでいたのでしょうか、二人の人物が姿を現しました。どうにもまだ、感知能力がうまく使えていません。

「背の高い方がラピスラズリ、ラピッさん。もう一人がインカローズ、ロズ子だよ」

「ごきげんよう、葉山ミリカさん」

 ラピスラズリの方がスカートの端をつまんで恭しく礼をし、インカローズは無表情にこちらを見ています。

「わたくしは、ブラックスターさんの選択に、疑義を挟むつもりはございません。葉山さんと戦いたいと考え、そして死んだ。それにどうこう言う権利は、ございませんから」

 ラピッさんはそう言うだろうね、とシイナさんはインカローズの方を見下しました。

「どうだい、ロズ子は?」
「……嫉妬で身体が焦げる思いだ」

 わたしはぞくりとしました。インカローズから放たれているのは、強い熱のようなものでしたが、その視線の恐ろしさに逆に背筋が寒くなります。

「ブラックスターの仔とは、わたしが戦闘すべきだった。すべきだったのに……」

 インカローズがうつむくと、飲み込んだかのように熱がすっと引いていきました。

「葉山ミリカ、応答を要求する」

 硬い言葉で、インカローズは尋ねます。

「ブラックスターは、君を『カオスブリンガー』に勧誘したか? 勧誘したならば、君はその伸べられた手を取ろうと思ったか?」

 どうしてそんなことを聞くのでしょう。そんな疑問を抱きつつも、一方では何となく察しがついていました。この人もきっと、ブラックスターという存在に助けられたのでしょう。

「わたしは……」

 だから、答えました。勧誘は受けたし、確かについて行きたかったと。わたしをさらって、新しい居場所に連れて行ってほしい、そう願ったことを。

「しからば、もう一つ質問する」

 いいな、とインカローズはシイナさんとラピスラズリに確認します。

「もちろん。そのために来たんっしょ?」
「ちょうど、空きができましたからね」

 二人がうなずいたのを確認して、インカローズは続けます。

「『カオスブリンガー』となり、我々と同道する気はないか?」

 わたしはテリアから少し身を離し、インカローズを見据えました。

「それは――」

 答えは、一つきりに決まっていました。
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