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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

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ただしさ -後

 

「正しさって、なんなの?」

 アキナはスミレの問いかけと同時に、シイナの方を見やった。

「ようやく、本題に入ったね」

 アキナを一瞥してから、シイナはまたスミレを見据えた。

「まずさ、お嬢自身はどう思ってる?」

 スミレにとっては、かつてはオリエのすることが正しいことだった。だが、オリエが死んでしまった今、何が正しいのか――。

「わかんないよ、そんなこと……」

 今、目の前にいるシイナと戦おうとしていた時、そして戦っていた時。あの時は、彼女を倒して、オリエの仇をとるのが正しいことだと思っていた。

 ブラックスターが産んだ「ディスト」が現れた時も、これを倒すのが正しいのだと確信を持てていた。

 でも、今はどうだろうか。ただオリエのいない学校に行き、ただ何もできずに時間を過ごしているだけだ。おまけに、倒したはずの相手は生きてて、妙なことを言ってくるし……。

「シイナ、やっぱりお前死ぬか、死んだことにしておいた方がよかったんじゃないか?」

 お前の存在が混乱させてるとこあるよ、とアキナは肩をすくめる。

「痛いとこつくにー」

 シイナは芝居がかった動作で自分の額を叩いた。

「そう言うアッキーの正しさは?」
「進むことだよ。立ち塞がるものは全部倒して、どんな荷物でも背負ってさ。とにかく進み続けるんだ。それが正しさで、あたしだ」

 スミレはアキナを見上げる。

「それが、正しいってことなのか……」
「いや、違う。お前のじゃないって意味でさ」

 え、とスミレは首を傾げる。自分で正しいって言ったじゃん、と口を尖らせた。

「多分な、キミヨに聞いたら別の答えが返ってくると思う。あいつは多分、相手のことを分かってやることだとか、そういうことを言うと思う」

 ふーん、とシイナはうなずいている。

「ランは何て言うかな。人に勝つことかな。今はもっと違うこと言うかもしれないな。ミリカなら、みんなを守るとか――いやどうかな? うーん、わからんけど」

 起きたら聞いてみたいな。アキナはソファにもたれた。

「こうやってさ、みんな違うもんなんだよ、正しさってヤツは。自分で決めるもんなんだ」

 そうだろ。呼びかけられて、「ああね」とシイナは応じた。

「あたしらは間違ったから『ディストキーパー』になったのかもしれん」

 オリエがスミレを「ディストキーパー」にしたことは、正しくないことだ。アキナはそう言った。それは、アキナの正しさに照らしてのことだった。

 ならば、スミレにとってはどうだっただろう。オリエのしてくれたことは温かいままで、スミレの中に残っている。この温度は間違いだとは言いたくなかった。

 いや、間違っていたとしても手放したくない、忘れがたいものだった。

「だけど今ここにいる。ここにいるってことに間違いも正しいもないよ」

 だから、自分の思う通りにするのさ、とシイナは付け加えた。それが、正しさを決めるということなのだろう。

「決めるにしたって基準が必要なら、お姉さんからアドバイスだ」

 人差し指をシイナは立てた。

「自分のためになると思う方を選びな、お嬢ちゃん」
「自分の、ため……?」

 スミレはオリエの遺した手紙のことを思い出す。確か、あれには……。

 (その心に思うままに行動しなさい――)

 ああ、そうなんだ。スミレは初めて真っ直ぐシイナの顔を見た。メガネの奥の、鳶色の瞳を見つめた。全部がするりと、ほどけた気分だった。

 きっといつか、このシイナもオリエに言われたことがあったのかもしれない。オリエがそれをスミレに伝える前に奪ってしまったから、だから教えに来てくれたのかな。そんな風に思えた。

「さて、これだけ言うために、アッキーには世話かけたね」
「構わないさ。殺し合ったりもした仲だろ?」

 にゃはは、とシイナは笑った。

「じゃ、あたしはもう出て行くよ」

 「カオスブリンガー」の全員が、今日中に鱶ヶ渕を離れるつもりだという。

「お前らって、これからどうするんだ? そもそもリーダーが死んでるしさ」
「んー、一応その、あたしが新リーダーってことになったんだわ」

 え、とスミレはアキナと顔を見合わせた。

「あたしって一番新参なんだけど、古株のラピッさんは『新しい葡萄酒は新しい革袋に入れるものです』とか訳わからんこと言うし、ロズ子は『彼我の資質を冷静に判断した帰結としてリーダーは拒否』とか言い出すしで……」

 なりゆき? と首を傾げるシイナに、アキナは「いや、向いてると思うよ」とうなずく。

「今日もいいお姉さんだったじゃないか、世話焼きの」
「姉キャラはもう勘弁だにゃー」

 そう嘯きながら、シイナは改めてスミレに向き直る。

「んでさ、この家は、あんたが使っていいって」
「ボクが?」
「パサパサに言ったら、それでいいってよ。今住んでる家って、あんましいい思い出ないんしょ?」

 そうか、そうだな。スミレはオリエに頼んで消してしまった伯父一家のことを思う。自分をいないもののように扱っていた、あの家族とも呼べない人たち。彼らとのものではない、新しい居場所としては――うーん、ちょっと豪華すぎる気もしちゃうな。

「まあ、もらっといたら? 今の家で何があったかは知らんが、お前が住むのが一番だろ」

 広いから時々集まる場所にも使えるし、とアキナは本音かフォローかわからないことを言った。

「じゃあ……今日はお引越し、かな」
「そうだな。キミヨ呼んで……ランにも手伝わせるか」

 んじゃまあたしはこれで。立ち上がったシイナをスミレは呼び止めた。

「えっと……シイちゃん!」
「ん? え? ああ、あたしか」

 変なあだ名つけるなよ、とシイナは自分のことを棚に上げた。

「色々、ありがとね。ちょっと、わかった気がする」
「……お礼を言われちゃ、立つ瀬がないね。あたしのことは、赦さずに生きたっていいんだよ」

 スミレは「ううん」と首を振った。

「オリエは間違ってるものを全部なくす世界を作るって言ったんだ。その新しい世界に協力したら、みんな赦してもらえるんだって」

 だが、そんな世界は来そうにない。世界になれるはずのオリエは死んでしまったから。けれど、今のスミレは新しい場所に行くような気分だった。

 オリエは死んだ、もういない。

 そう繰り返すのは三度目だったけど、これまでの二度とは違っていた。仇討ちはもう終わったのだから。

「ボクはシイちゃんに壊されて、新しい世界に来たんだと思う。だから、この先はボクが決めるんだ」

 そうかい。シイナはスミレの頭を撫でた。その手の感触を味わうように、スミレは目を閉じ受け入れた。



 引越しの準備をするというスミレとアキナを置いて、シイナは部屋を後にした。彼女らが行きにそうしたように、「インガの裏側」を通ってマンションを出ると、エントランスの前に二つの影があった。

「お待ちしておりました、ニューリーダー」
「当初の想定より三五分四四秒の遅延」

 ラピスラズリとインカローズ、「カオスブリンガー」の二人だった。

「どうでしたか?」
「まあ、分かったんじゃないかな。何か赦されちまったよ」

 おやおや、とラピスラズリは目を丸くする。

「善良な相手だったと推察」
「まぁの」

 あたしらとは違うから、とシイナはせせら笑った。

「では、参りましょうか。何せこれから忙しくなりますから」

 「カオスブリンガー」は、鱶ヶ渕に現れたこの五人だけではない。別行動を取っているメンバーが、全国にあと何名かいるとシイナは聞いている。

「残りの連中に、あたしが新リーダーだって認めさせなきゃなんでしょ?」

 拳で、とシイナは自分のそれを軽く突き合わせる。

「とと……その前に」

 シイナはラピスラズリに視線を向ける。

「あの件ですね。確保いたしましたわ」

 ラピスラズリが抱えていた袋の中身を見て、なるほどね、とシイナは顎を撫でる。

「ここまでする必要があるのか疑問」

 ちょっと地が出てるな。シイナは彼女の肩を抱く。

「いいじゃんか。ロズ子だって聞きたいことあるっしょ?」

 それに、とシイナは唇の端を上げた。

「メンバーも増えるかも知んないし」
「そうですわ」

 ラピスラズリにうなずきかけられ、インカローズは観念したような、決心したようなため息をついた。

「向かおう。覚醒の頃合いと推測できる」

 歩き出したインカローズを先頭に、三人は鱶ヶ渕駅の南側へ向かう。

 一番後ろを行くシイナは、背の高いマンションを見上げて思う。

 自分のため。まずはそこから始めてみな。だって、誰かのために生きるには、自分が助かってなきゃいけないんだから。

 これから会う子はどうかね。自分が助かってたから、盾になれたのかな? それとも、自分が助かることなんて考えてもなかったのかな? まあ、会ってみりゃわかるか。

「おーい、待ってよ」

 シイナは前を行く二人に追いついた。
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