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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

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ただしさ -前

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 日常は、いともたやすく戻ってきた。だから、ぽっかり空いた穴がはっきりと目に入ってしまう。

 「カオスブリンガー」との戦いから二日が経ち、篠原スミレはそんな実感を抱えていた。

 鱶ヶ渕駅前で行われた戦いは、「ガス漏れ事故」として処理されていた。街は滅びに瀕していたが、すべては「インガ」の上で「なかったこと」であり、当然スミレたちがそれを救ったことを知るものはいない。

 「あんな戦いをしたのに、また普通に学校なんて……」とは、水島ランの弁だが、今回に限ってはスミレも同じ気持ちだ。

 本当は学校になんて来たくない。学校にいると、立花オリエがもういないのだということがよくわかるから。思えば、お弁当を作ってきてくれたのも、一緒に食べてくれたのもオリエだった。

 昨日は、心配してか浅木キミヨがランを伴って訪ねてきてくれた。スミレがお弁当を持っていないことを知ると、半分わけてくれた。ランもデザートのリンゴをくれた。

 今日に至っては、キミヨはスミレの分を作ってきてくれた。ただ、「ずっとじゃないよ」とキミヨは言い添える。「いつかは自分でできるようにならないと。教えてあげるからさ」。

 「いつかは」か。キミヨの作ったベーコンのアスパラ巻きと一緒に、スミレはその言葉を噛み締めた。キミちゃんも、いつかはいなくなるものな。オリエや、スミレの本当の両親のように。

 葉山ミリカは、目を覚まさない。大きな攻撃からみんなと街を守って、空から落ちてきて。それから、ずっとそのままだ。もしかしたら二度と起き上がらないかもしれない、とキミヨも漆間アキナも、ランも辛そうだった。

 「正しいことをしたのにな」と、スミレは思う。どうして起きられなくなっちゃうんだろう。

 「カオスブリンガー」と初めて顔を合わせた時、オリエの仇を取るために飛びかかろうとしたスミレを、キミヨが止めたことがあった。あの時、ボクは自分が死んでも相手を殺してやると思ったけど、キミちゃんは「自分を犠牲にしちゃダメだ」と言いたかったのかもしれない。

 「誰かを犠牲にすると、残された側が辛いんだ」。アキナがポツリと言ったことが、妙にスミレの耳に引っかかっていた。



 放課後、スミレが帰り支度をしていると、こちらに近づいてくるものがいた。

 クラスメイトではない。もうクラスメイトとは久しく言葉を交わしていない。二日続けて、キミヨとランがスミレの元にやってきたのを見て、彼ら彼女らはやけにざわついていたように思う。

 今度も、スミレに近づくその人に気付いた連中が、何だか目を丸くしたり、囁き合ったりしている。その様子といったら、昼休みの比じゃないくらいだった。

「スミレ、この後時間あるか?」

 何せ、この放課後スミレに声をかけたのは、学年の有名人である漆間アキナだったから。周りが妙にこちらに注目していることに気付いたアキナは、少しそれを見回して、「なんだよ、ったく……」と肩をすくめた。

「あるよ」

 周囲の様子が目に入っていないかのように、スミレは応じた。

「何の用事?」
「ああ、ちょっとお前に会わせたいヤツがいるんだが……」


 スミレのクラスメイトの耳目を集めながら、二人は教室を出た。
「学校、どうだ?」

 校門の辺りに差し掛かったところで、ここまで無言で歩いてきたアキナは、出し抜けに尋ねた。尋ねてから自分で「何か親戚のおじさんみたいなこと言っちまったな」と頭をかいた。

「楽しくないよ」
「だよな」

 また無言で二人は歩いた。

「オリエがいないから?」

 角を曲がったのが何かの合図のように、アキナは尋ねる。

「うん。キミちゃんたちが来てくれるけど……」
「寂しい?」

 どうなんだろうか。スミレは足元を見た。砂埃のついた学校指定のローファーは、彼女の足にはちょっと大きく、何度か靴擦れをしている。その度に、オリエが絆創膏を貼ってくれたのを思い出した。

 スミレが黙ったのを見て、アキナは質問を変えた。

「あのさ、あたしはオリエさんから聞いてるんだ。お前らの『計画』のことをさ」
「そうなの!?」

 目を丸くしてスミレはアキナの顔を見上げる。

「アキちゃん手伝ってくれるの?」
「いや……そうじゃない。あたしは反対だ」

 やっぱりか、とスミレはサイドテールを揺らした。

「アキちゃんは絶対賛成しないって、オリエも言ってたもんな」
「スミレ、お前はまだやる気か?」

 若干の緊張がアキナの言葉尻から聞き取れる。だが、スミレはそれに気づかず、口をへの字にして「うーん」とうなった。

「あのね、オリエは世界になれるけど、ボクは無理なんだって。そう聞いてるんだ。だから、今はもうできないんじゃないかな……」
「世界に、なれる?」
「うん。琥珀じゃないとダメなんだって」

 アキナはちょっと考えるような素振りをしたが、結局放り出したようだった。

「ふーん、じゃあもうしないのか?」
「そうだね。オリエが『やれ』って言ったことを、ボクはやるだけだったから、どうしたらいいのかも分かんないし」

 そうだ、どうしたらいいか分かんないんだ。それは「計画」のことだけじゃない。このことを考えると、じっとりと重たい何かが首に巻きついてくるような気がする。

「スミレ」

 ここだ、とアキナに言われ顔を上げた時、見覚えのある建物が目に入った。

 鱶ヶ渕駅から徒歩七分、眼下に大鱶之浜を一望できるという触れ込みの、地上30階建のタワーマンション。スミレも何度か来たことがある。

 ここは、オリエが住んでいたところだったから。

「やり過ぎだろ、みたいな建物だよな」

 そびえるマンションを見上げて、アキナは鼻を鳴らした。

「会わせたいヤツはここにいる」

 ついてこい、とアキナは「ホーキー」を手にした。どうやら、「インガの裏側」から中に入る気らしい。

「中のおじさんに言ったら、開けてくれるんだよ?」

 コンシェルジュのことを言うスミレに、アキナは「いや……」と言い淀む。

「普通はそうなんだが、今回会うのはここにちゃんと住んでる相手じゃないから、その……」

 キミヨ連れてくりゃよかったか。まあ、とにかくやっちまえばいい、とアキナはマンションの玄関に「ホーキー」をかざす。

「行くぞ」

 浮かんだ鍵穴に「ホーキー」を挿し入れて、アキナは灰色の世界への扉を開いた。


 「インガの裏側」のエレベーターを使い――動くんだな、とアキナは驚いた――30階まで上がってから、二人は色のない世界を後にした。

「ここにいるの? オリエの部屋がある階だよ?」
「らしいな」

 うなずいてから、アキナは顔を引き締める。

「一つ、言っておきたいんだが」
「何?」
「これから会わせるヤツが誰であれ、絶対に攻撃するなよ」

 小首を傾げるスミレに、アキナは「約束してくれ」と念を押す。

「わかった」

 軽くスミレが応じたのを見て、アキナは眉を開いた。

「じゃあ、こっちだ」

 アキナが案内したのは、やはりオリエの部屋であった。壁についたインターフォンを押す前に、部屋のドアが開く。

「やあ、やっと来たね」
「……あ! お前!」

 二人を出迎えたのは、二つ分けの三つ編みにメガネの長身の少女、「カオスブリンガー」のタイガーアイ――山吹シイナだった。

 咄嗟にポケットの「ホーキー」に手が伸びる。それを、アキナが掴んで止めた。

「待て。約束しただろ」

 その様子を見て、シイナはニヤリと笑う。

「おや、どうしたんだいお嬢? まるで死んだはずのヤツが蘇ってきたみたいな顔してんぜ? いや、この場合は殺し損ねたと言ったほうが適切かねえ」

 長身のシイナは、自分の肩ほどの位置にあるスミレの顔を見下す。

「どんな気持ち? 殺したと思ったヤツが生きてて。ねえ、どんな気持ち?」
「こいつ!」

 変身せずに飛びかかろうとしたスミレを、アキナは後ろから抱えるようにして押さえた。

「おい、煽るなよシイナ。そんなことするために連れて来させたのか?」
「半分はね」

 悪びれた様子もなくシイナは歯を見せる。

「アキちゃん、こいつと知り合いなの?」
「こいつはキミヨの先代にあたる鱶ヶ渕の『ディストキーパー』だ」

 スミレがもがくのを止めたので、アキナも腕を離した。

「そして、オリエの仲間だった『ディストキーパー』でもある」
「はあっ?」

 仲間って……? 先代って……? 目を白黒させるスミレに、アキナは「どう説明すりゃいいかな」とつぶやいて、シイナを見やる。

「まあまあ、とりあえず中入ってよ」

 オリエさんが使ってたからキレイだぜ、とまた笑った。
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