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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十九]六人の深淵少女

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19-3

「わたしも……! 一緒に、行きます……」
 

 落ちていく、ただ落ちていく。

 上下左右すべてが闇で、けれど落ちていくことだけが確かで。

 底がどこにあるのか、それは知れませんでした。のぞきこむ勇気はなく、ただ落ちるままに任せて。

 それなのに、心は恐れていました。わたしなんて、落ちてつぶれてしまえばいい、という自暴自棄な上っ面と、恐怖で震える内面が、離れも離れてバラバラになりそうでした。

 かと言って、どうすればここから出られるのか、よい知恵なんて浮かぶはずもありません。

 流れや重力にしたがってたださ迷うだけ。熱や轟きに煽られて、ただ戸惑うだけ。闇の中に捨て置かれて、わたしを連れて行くものはいない。

 わたしはどうにも、たどり着けずにいるままです。


(たどり着くって、どこへ――?)


 不意に、聞こえたその声は、覚えのあるものでした。

 何だかこの世のものではないような、それでいて懐かしいような、不思議な声でした。


(どこへ行く? 砂漠へ戻る?)


 何もないあの砂漠に?

 はい、と答えたくなって、やっぱり違うと、今は思えました。

 二周目なのだと知った時、あるいは望まない試験を受けさせられそうだった時、わたしはあの砂漠に帰りたくなっていたのに。

 今は、違うのです。それはきっと――


(ならば、目を開きなさい。あなたの行くべき場所を知るために)


 闇の底と、顔を合わせなければ。

 わたしは落ちていく先を見据えました。

 真っ暗な袋の中に、ほのかな光が揺らいでいました。


(さあ起きて、葉山――)



 自分の苗字を呼ぶ声に、ゆっくり目を開きました。

 辺りは灰色の「インガの裏側」で、何だか小刻みにカタカタと震えています。

 地震? いいえ、これは「インガ」の揺らぎ。

 周りの景色、灰色に褪せた鱶ヶ渕駅の南側は、さんざんな有り様でした。

 三日月のように欠けた高層マンション、半分が消し飛んだ雑居ビル、背の低い建物の屋根には、大きな怪獣がのたくったような跡がついています。

 そして――。けれど、わたしはそれをまっすぐに見ることはできませんでした。

 わたしの撒き散らした「滅びの風」と、ブラックスターの産んだ「ディスト」は、色の失せたこの世界に深刻なダメージを与えたようでした。

 地面だけでなく、空間そのものが小刻みに震えていて、立ち上がろうとしたわたしはバランスを崩して座り込んでしまいました。

 わたしの姿は、既に「臨界突破」のものでもなければ、「ディストキーパー」のものでもありませんでした。ディアに着せられた、よそいきのようなあの格好に、変身する前の姿に戻っていました。

「ようやくお目覚めのようね、葉山」

 と、そこへ後ろから、声をかけられました。あの闇の中で聞いたものでした。

 まさか。振り向いてわたしは「あ……!」と息を飲みました。

「まるで死人が蘇ってきたかのような顔ね」

 無表情にわたしの顔を見返したのは、二丁の拳銃を手にした、光沢のある白色の長い髪の「ディストキーパー」でした。

「無理もないか。あなたの中では、どちらにしろわたしは死んでいるのだから」

 肩をすくめるこの人に、わたしは自分で思っていた以上に会いたかったようでした。

「もっとも、死んだと思っていた人間が実は生きていた、なんてこと、この業界ではありがちだけれど」

 すがりつきたくなる気持ちを堪えたら、それはわたしの口からこぼれました。

「トウコさん……!」

 名前を呼ばれて、その人――成田トウコさんは一つうなずきました。

「そう。あなたにとっては『久しぶり』か」

 トウコさんの無表情の中に、少しだけ親しみのようなものが見えました。



「助っ人、ですか……?」

 トウコさんは、わたしのいた世界ではもちろんのこと、この世界でも死んでしまっているはずです。

 それなのにどうして? 尋ねると、トウコさんは端的にそう答えたのでした。

「ええ。あなたと同じように、ディアマンティナ・エーヴィヒカイトによって、別の時空から連れてこられた。『カオスブリンガー』と戦うための、助っ人として」

 トウコさんによれば、ディアもあれで責任を感じているのだそうです。

「何せ、『カオスブリンガー』の鱶ヶ渕への接近は、ディアマンティナ・エーヴィヒカイトが『計画』にあなたを加えるための『試験』を行う中で、七周も同じ時を廻したがために起こった、『インガ』の歪みのせいだから」
「え……? え?」

 一度に言われて、わたしも混乱してしまいました。七周も廻す? 「インガ」の歪み? 引っ掛かる言葉がぽろぽろ出てきています。

「でも、そんなことはいい。重要じゃない」

 トウコさんはあっさり切り捨てました。ややこしいことをこれ以上増やしても仕方ない、と言い足します。

「今すべきことは――」

 トウコさんが見上げたのは、わたしが目を背けた場所でした。

「アレをどうにかすること」

 視線の先には、大きな穴とその向こうの色のある世界、そこを揺るがす巨大な黒い球体と、それと戦う四つの影でした。

「『ブラックスター・アンノウン・カダス』、最凶の『ディストキーパー』から産まれてしまった巨大『ディスト』……」

 わたしはやっぱり、直視することができませんでした。ブラックスターが産んだものだから? いいえ、そうではないのです。

「葉山」

 呼ばれて、ビクリとしてしまいました。

「何をビクついているの? あなたのお陰で、何とかなりそうよ」
「わたしの、お陰……?」

 「わたしのせい」なら、よく分かります。「臨界突破」となったわたしの力を封じるために、ブラックスターが無理をしたことで、あの「ディスト」を産んだのですから。

「ブラックスターの『無明の暗黒』、あの厄介な『気質』が、仔である『ディスト』に引き継がれていないのは」

 トウコさんはわたしに近づくと、お腹を指で突きました。

「あなたの『滅びの風』を封じるために、『無明の暗黒』をここへすべて注ぎ込んだから」

 わたしはお腹をさすりました。黒い何かが、奥で渦巻いている気配がします。

「とはいえ『試験』はこれで不合格。ディアマンティナは『滅びの風』をあてにしていたと聞いている」
「『試験』のこと、知ってたんですか……?」

 当然でしょう、とトウコさんは後ろ髪をかき上げました。この人は、どのくらい事情を聞いているのでしょうか。

「わたしはディアマンティナの『計画』のために、あの『観測時空』に呼び出され、待機していた」

 それは置いておいて、とトウコさんは首を横に振ります。これも別に大事な話ではないのでしょう。

「不合格でも、あまり残念ではなさそうね」

 わたしはどう答えていいのかわからず、下を向きました。

「別に責めてはいない。ディアマンティナの価値付けなどに、振り回される必要はない」

 トウコさんはわたしに顔を上げるよう促しました。

「やりたいことも、いる場所も、自分の望むものに決めてしまえばいい」

 自分の望むもの、したいこと。よく言われる言葉です。

 でも、わたしには分からないのです。どうすれば、自分で決めたことになるのか。どうすれば、自分の望みを知ることができるのか。世界をかつて好きなように歪めたはずのわたしは、けれどちっとも生きやすくなんてならなかったのですから。

「釈然としないか」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていい」

 相変わらずか、とトウコさんは呆れたようで、わたしは身を縮めました。

「それに、教えたはず。自分の見たくないところに答えはある、と」
「見たくない、ところ……?」
「忘れた? 深淵をのぞくものは――」

 それは、忘れようもない言葉でした。

 さて、とトウコさんは息を一つ吐きました。

「ブラックスターという『ディストキーパー』の重ねてきた『インガ』は、重たく、厚い。『無明の暗黒』がなくとも、難しい相手。たとえ『プログレスフォーム』四人がかりであったとしても」

 四人……? あの穴をのぞくことのできないわたしは気づけませんでしたが、アキナさんはもちろん、キミちゃんやスミレ、水島すらも「最終深点」――トウコさんの言うところの「プログレスフォーム」に到ったようでした。

「どうやらオリエが、昔死んだ『ディストキーパー』の『インガ』を閉じ込めた琥珀を遺していたのを、ボウヤ――篠原スミレが持ち出して、他の連中に配ったらしい。それが影響したようね」

 ただし琥珀はきっかけにすぎない、とトウコさんは言います。

「『カオスブリンガー』という剣呑な連中を前にして、腹をくくったのでしょう。心が定まらねば、『最終深点』にはなれないから」

 みんな、向き合ったのでしょうか。自分の見たくない場所と。わたしは胸元のブローチを握りました。

「そして、わたしは助っ人としての責務を果たす」

 言葉と同時に、トウコさんの体は白い光に包まれて、その姿を変えます。五角形の板を六枚、マントのように体の周囲に取り巻かせた、わたしの時空でも見た、トウコさんの「最終深点」でした。

 トウコさんは五角形の板を展開させると、それらをすべて背中に回しました。両肩に三枚ずつ背負ったそれらは、まるで機械の翼のように見えます。より攻撃的な、動きやすい形態のようでした。

「葉山、生身で長く『インガの裏側』に留まるのは危険、動けるようなら戻りなさい」

 そう言い置くと、トウコさんは体を浮き上がらせ、わたしに背を向けました。

「待って!」

 どうにもならないのに、わたしは呼び止めてしまいました。

 こちらを見下すトウコさんは、わたしが直視できないものを背負って立っていました。

 「インガの裏側」に開いた、大きな破れ目。その向こうに広がる景色を。

 アキナさんが戦っています。あの時、砂漠にわたしを倒しにきた姿で。光の翼を広げ、「ブラックスター・アンノウン・カダス」の撃ち出す黒い立方体をさばき、炎の拳を叩き込みます。

 その傍をスミレが飛んでいきます。ほとんど裸みたいな格好で、雷と入り交じりながら。体から雷の矢を放ち、「カダス」へ浴びせかけます。

 地上では、影が立ち上がったようなたくさんの敵の周りを、キミちゃんが走っています。重機のような乗り物に乗って。「重く」しているのでしょう、動きの鈍った影法師をまとめて鉄球で殴り潰しています。

 そして水島も。バカみたいな露出度の高い鎧で、真っ直ぐになった剣を振り回して。水からたくさんの人型を作り出し、影の兵隊と戦わせています。

 わたしはというと、一人何もできず座り込んで、そんな様子を見るだけの役立たずなのでした。

「……わ、わたしも……」

 トウコさんは何も言わず、わたしを見つめています。

 戦えないわたしが行っても仕方ない、そんなことは分かっています。けれど、止めようがない何かが膝を伸ばし、腰に力を入れて、体を立ち上がらせました。

 もう嫌なのです。

 わたししかいない砂漠で、膝を抱えて過ごすのは。

 わたしだけがいない街を、こうして見上げるのは。

 わたしの望むものがわからないわたしだって、今のままじゃ嫌なんだってことは、わかるのです。

「わたしも……!」

 体を通り抜けるのは、「インガの裏側」には起こらないはずのものでした。封じ込められて、奥に閉じ込められて、黒いぐしゃぐしゃの玉になったむき出しの心とは、違う温度をしていました。

「一緒に、行きます……」

 それは懐かしい気配を連れてきました。傷つかないようにその辺りに転がっている、わたしにふさわしい気配でした。でも、その温度は違っていました。斬り裂くように熱くなく、蕩かすような冷たさのない、ちょうどいい感触でした。

 わたしの体温そのものでした。

「そう」

 トウコさんはいつもの無表情でうなずきましたが、それは笑顔を向けてもらえたとさえ思えるものでした。

「なら行きましょう……。ミリカ」

 トウコさんから名前で呼ばれたのは初めてでした。

 わたしの体を駆け抜ける風は、いっそう強く吹き始めていました。
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