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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十九]六人の深淵少女

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19-1

「連れて行ければ、よかったのに――」
 

 わたしの身体の奥から吹き荒れる「滅びの風」は一見、縦横無尽に「インガの裏側」のオブジェクトを砂に溶かしていくようでした。

 けれど、その中でわたしには喉がつかえているような違和感がありました。あの砂漠で傍若無人に駆け回っていた時よりも、風の範囲が何だか狭く感じるのです。

 この圧迫感には覚えがありました。ついさっきまでさんざん浴びていたもの――そう、ブラックスターの「無明の暗黒」です。

 「最終深点」に達したことで力を増した「無明の暗黒」が、わたしの「滅びの風」を空間ごと押し込めているようでした。

「こんな時に考え事か、ミリカ?」

 大鎌を振りかぶり、ブラックスターがまっすぐ襲いかかってきます。この風の中、何か影響を受けているようには見えません。

 わたしは風を目の前、ブラックスターとわたしの間に集めます。

「『カカシさん』……」

 言葉と同時に、風の中から数十体のカカシが現れ、ブラックスターを阻みます。

「止まるかよぉ!」

 影が集まって大きくなった鎌の刃の一振りで、カカシはすべて薙ぎ払われてしまいます。

 わたしは後ろに飛び退きながら、次の風を集めて解き放ちます。

「『ライオンさん』……」

 わたしの背後に強烈な上昇気流が立ち上ると共に、大きな獣の姿が揺らめき、ブラックスターに吠えかかります。

「効かねえよ!」

 「滅びの風」を束にした咆哮を、ブラックスターは体の正面で鎌を回転させてかき消します。でも、足は止まりました。わたしは後ろの上昇気流から、次の一手を呼び出します。

「『キコリさん』……」

 巨大な金属の腕が現れ、その手に持った斧をブラックスターへ降り下ろしました。

「ちっ……!」

 ブラックスターは鎌でその斧を受け止めます。

 もう一つ。わたしは足元に渦巻かせておいた風を、ブラックスターへ放ちました。

「『トト』……!」

 風はたくさんの牙をむく犬の口へ変わり、その牙でブラックスターに噛みつきます。

(あめ)えっ!」

 叫んだブラックスターのドレスから、影の刃が伸び、「トト」達の口を斬り払いました。

「動き止めたくらいで……」

 「トト」を始末した影の刃は、そのままブラックスターの受け止めている「キコリさん」の斧へ向かい、大きなそれを持ち上げます。

「勝てると、思ってんじゃねえぞ!」

 鎌を斧に振り下ろし、一刀両断すると、その軌跡が闇色の刃となって、わたしに襲いかかってきます。

 靴のかかとを三度鳴らして、わたしは「滅びの風」を背のコウモリのような翼にまとい、空へ逃れます。

 ブラックスターも、影をツインテールに集めて羽を作り、追ってきました。

 わたしは空中で身体を翻し、迎撃します。

「『羽のおサルさん』……」

 頭の麦わら帽子にはまった王冠をこすり、翼の風を空飛ぶ「おサルさん」の群れにして、ブラックスターへぶつけます。

「それがどうしたぁ!」

 影で体を覆い、ミサイルのような形になって、ブラックスターは急加速し、「おサルさん」の群れの中を突っ切ります。

「!?」

 この時ほど、盾があればと思ったことはありませんでした。

 弱い心がむき出しの「臨界突破」になったわたしを、守ってくれるものはないのです。せいぜい、童話のキャラクターくらいのもので。

 ドリルのように回転する黒い塊となったブラックスターの突進を受けて、わたしは地上へ墜落しました。

「……っはぁ!」

 背中から落ちたわたしの口から、声にならない声が漏れました。

 仰向けのわたしの上に、ブラックスターが黒い翼をはためかせて降りてきました。その姿は、わたしの罪を裁きに天からやって来た、死の天使のように見えました。

「ようやく、捕まえたぜ……」

 ゆっくりと、ブラックスターが近付いてきます。

「か、『カカシさん』」
「無駄だぜ」

 現れたカカシは瞬時に斬り捨てられました。

「き、『キコリ』……」
「無駄だってんだよ!」

 巨大な金属の腕を出す前に、ブラックスターは飛びかかってわたしの胸に鎌を突き立てました。

「あくっ……!?」

 ひやりとした侵入者は痛みとなって暴れ、熱をもってわたしの体を駆け巡りました。

 鎌の刺さった穴から、「滅びの風」が血のように溢れ出して、ブラックスターに吹きかかります。

「ちぃっ……!」

 半身を溶かされたブラックスターは、しかしすぐに影を集めて再生しました。

 ようやくわたしは気付きました。ダメージがないわけではないのです。ただ、ブラックスターの再生が、わたしの「滅び」を上回っているだけで。

「まだまだ……!」

 「滅びの風」を浴びながらも、ブラックスターはどんどんわたしの奥を抉っていきました。

「や、あぐ……あ……」

 それに抵抗するかのように、穴から吹き付ける「滅びの風」は一層強くなり、ブラックスターを溶かしていきます。

「ぬおっ……!?」

 一瞬風の中に溶け、しかしすぐにその姿を取り戻し、ブラックスターは鎌を握る手に力を込めました。

 滅びと再生を繰り返し、ブラックスターは最低限動けるだけの姿、ほとんどただの黒い影のようになりながらも、鎌の刃を押し込んでくるのです。

「あ……あっ……あぁ……!?」

 鎌の刃から「無明の暗黒」が植物の根か、あるいは触手のように広がって、わたしの「滅びの風」をつかみ、丸く包むように飲み込んでいきます。

 一旦は勢いを増していた風が、急速に力を失っていきました。感じていたあの圧迫感が、今胸の中にあって、むき出しの心をぎゅうぎゅうと締め付けてくるのです。

「捕らえた……!」

 宣言と共に鎌がわたしの胸から抜かれました。悲鳴をあげることもままならない衝撃で、わたしの視界はぐるぐると回りました。

 いつしかすべての風は止み、「インガの裏側」にまた静寂が訪れました。ブラックスターの姿も、黒い影から戻っていきます。

「終わりだ、ミリカ」

 立ち上がって、荒い息を吐きながら、ブラックスターはわたしを見下ろしました。

 わたしは起き上がることすらできずに、ブラックスターを見上げます。

 視界に、黒い靄のようなものが立ち上っていました。わたしの胸の穴から漏れる、「無明の暗黒」の闇でした。

「オレの気質を注ぎ込んで、お前の『滅びの風』は封じた」

 風が止んだのは、そのせいのようでした。吹かせようとしても、靄がかった分厚い闇に阻まれて、引っ張り出せません。

「しかし、とんでもない気質だな、こいつは。オレじゃなきゃ、最初にお前がその姿になった瞬間に死んでたぜ……」

 ボヤくようにブラックスターは言って、凝りをほぐすように、首をぐるりと回しました。

「ま、楽しい『狩り』だった」

 ブラックスターは、鎌の刃をわたしの首筋に突きつけます。感触にひやりとしながら、わたしは確信しました。

 「滅びの風」がなくなったということは。わたしは冷静に考えます。ここで「狩られて」しまうのです。もうわたしに、ブラックスターに対抗できる手段はないのですから。

 それでもいいかな。ふと、そんな風に思いました。

 わたしは、生き残りすぎたのかもしれません。

 本当なら、前の世界でオリエ先輩の「計画」が発動した時、キミちゃんに逃がしてなんてもらわずに、スミレに殺されておくべきだったのです。

 あるいは、逃がしてもらうにしても、その後の戦いで水島に負けて死んでおくべきだったのです。

 少なくとも、あの「計画」発動中に死ぬのが、わたしの正しい「インガ」の流れだったのではないでしょうか。

 そうすれば、鱶ヶ渕は砂漠になることもなく、アキナさんも死なずに済んだでしょう。

「……やっと」

 唇は、ほとんどわたしの意思を離れて動いていました。

「やっと、死ねる……」

 ブラックスターにもそれは聞こえたのでしょう。首を引き裂こうとした鎌が止まりました。

「お前……」

 こちらを見下ろすブラックスターの目に、わたしはビクリとなりました。

 死ねる、なんて言ってしまったことを、咎められるような気がしたのでした。これから殺されるのに、おかしな話ですが、わたしにはそうして責められることは、死ぬより辛く思うのです。

 だって、そうでしょう? 死ねる、死にたいなんて口にすれば、みんな同じことを言うものです。「命を大切にしろ」とか、「今日を生きたくて昨日死んでしまった人もいる」とか、「逃げるな、甘えるな、戦え」とか、役にも立たないことをぐちぐちと。

 挙げ句に、「もっと辛いことが世の中にはある。お前は不幸ぶっているだけだ」と決めつけるのです。

 わたしはもう、ひとつの独立した存在でした。だから、そんなことを言われたくないし、聞く耳を持つこともないのです。でも、誰かが誰かを怒鳴っているのを聞くと、不快になるのと同じように、どこ吹く風とはいかないのです。

 早く斬り落としてくれ、とわたしは願いました。その方がいい、何も言わないでいい、と。

「やっぱり死にたかったのか……」

 降ってきたのは、意外な言葉でした。ブラックスターはかがんで、わたしの顔をのぞきこみました。

「お前の『気質』を封じようとしてる時、ずっとあきらめに似たものを感じていた。自棄になって、全部壊しちまおうって風に思えてた」

 心の中をつぶさに見られているようで、恥ずかしくなり、けれどどこかくすぐったいのでした。

「最初から死にたがってるヤツを、オレは殺せねえ」

 ブラックスターは、わたしの首筋から刃を離しました。そして、刃ではなくその手で頬に触れました。滑らかな手の感触に、わたしの中から震える何かが、こみ上がってきました。

「ミリカ、お前を生け捕りにして連れて行く。それが今日の『狩り』の成果だ」

 ブラックスターは頬から手を離し、わたしを抱き起こしました。

「選べ、なんて言ってねえ。これは強制だ」

 オレたちと来い。

 半身を起こしたわたしの肩を抱き、ブラックスターは逃げようもなく目を合わせてきます。

「戦闘なら心配すんな。『滅びの風』は封じたが、また新しい『気質』は湧いて出てくる。むしろ、それを見つけさせんのが、連れて行く目的だからな」

 死にたがりの「滅び」でなくて、どうにか生きられるものを探しに。

 ブラックスターの言葉は、同じ「生きろ」と言っているのに、お説教のように聞こえませんでした。強制だと言うのに、無闇に選択肢を与えられるより、息苦しくなく感じました。

 一緒にいきたい、とうなずきたくなりました。来いと言ってくれてありがとう、とさえ思いました。

 けれど、それは叶わないのです。

「――ぐっ!?」

 突然うめいたかと思うと、わたしの体はブラックスターの腕から滑り落ちました。

「え……?」

 驚いて見やると、ブラックスターは鎌をも取り落として、お腹を押さえてうずくまっています。

 そのお腹は、大きく膨らんでいました。まるで、臨月の妊婦のように。

「それ……!」

 この現象には、見覚えがありました。前の世界、中学の屋上、オリエ先輩が大量の琥珀を投じて、スミレのお腹が大きくなって、そして――。

「畜生、まだやれるって、思ってたんだがなぁ……」

 額に脂汗を滲ませて、ブラックスターは苦笑いました。

「思った以上に、きつかったらしい。お前の風をしのぐのは、よう……」

 「ディストキーパー」が能力を発揮するたびに「インガの改変」が起こり、それによって生じた「インガクズ」は、「ディストキーパー」の子宮に溜まっていきます。

 大規模な「改変」になればなるほど、当然多量の「インガクズ」が生じます。

 そして、子宮の「インガクズ」が一定の量を超えると、「ディストキーパー」は妊娠し、子を産むのです。

 人の子ではなく、怪物の子――「ディスト」を。

「せめて、お前を……」

 ブラックスターは、わたしに手を伸ばしました。わたしは震える手でそれを握ろうとしました。

「連れて行ければ、よかったのに――」

 躊躇ってしまったわたしの手が触れる前に、ブラックスターの体には、股から頭の天辺まで亀裂が走りました。そこから、真っ二つに割けていきます。

 黒い光とでも呼ぶべきものが溢れ出て、わたしの視界を、灰色の「インガの裏側」を塗りつぶしていきました。
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