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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十八]深淵への到達

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18-5

「『ディストキーパー』なんてのは実際、不幸な負け犬の集まりなんだから」
 

 あたしは大抵のことをそつなくこなしてきた。竹原ヒカリはそう述懐する。

 定期テストじゃ学年10位以内をキープしてきたし、運動神経もいい。球技だろうが器械体操だろうがトラック競技だろうが、何でもござれだ。

 人間関係だって苦労してない。友達は多いし、親子の仲も良好だ。いじめられたことはもちろんないし、いじめたことは……まあ、そっちは人並みにはあるけれど、そんなの這ってる虫をちょっと踏んじゃった、それぐらいのことだ。

 正に順風満帆、生まれた時から吹いている風が、ヒカリの帆をピンと張って、快適に人生を進んできた。

 願い事なんて一つもなかった。欲しいものはあるけど、洋服とか靴とかそういうものの話。自分に足りないものがあるだなんて考えたこともなかった。星に願いをかけるのは、弱いもののすることだとさえ思っていた。

 そう、あの日が来るまでは。

 何でもできたヒカリが、一番得意だったのは五歳の時からやっていた空手だ。

 十年に一人の逸材だなんて言われて、実際年上の相手にもバンバン勝って、怖い師範もヒカリには一目置いていたのだ。

 それなのに。

 あの日のことを、ヒカリは忘れたことはない。

 生まれて初めての敗北。それも、年下の小学生に。

 必殺の三段蹴りを軽くかわされて、正拳の一撃をもらって……。へたりこんで、しばらく立てなかった。

 そんな立てずにいるヒカリに目もくれず、師範は相手を誉めている。

(いやあ、竹原は十年に一人の才能と思っとったが、君は百年に一人の天才だな――)

 十倍か。愕然とした。そんなヤツがこの世にいるなんて。何で、何で……!

 ヒカリは次の稽古に行かなかった。その次も、その次も。そしてそのまま辞めてしまった。

 そこからは坂を転がり落ちるようだった。

 成績は落ちた。競争してると思うと、あの日の負けが脳裏によみがえってきて、いいイメージが作れなくなってしまう。運動していてもダメだ。身体が強張って、動けなくなってしまう。

 暗くなった、と陰口をたたかれた。今までいたグループに居場所がなくなって、友達のランクを下げざるを得なくなった。だが、下げても居心地の悪さは変わらない。

 ついイラ立って、親に当たってしまった。空手を辞めておかしくなったと言われたせいだ。母親に手をあげて、父親に頬を張られ、家を飛び出した。

 日曜の昼間だった。公園のベンチに座り込んで、痛む手で頬を押さえた。

 周りはバカみたいに幸せそうで、だから自分がバカみたいで、空の青さに突き刺されているみたいだった。

 風なんてもう、吹いてなかった。吹いたってもうダメなんだ。帆はビリビリに破れていて、あとは沈んでいくばかりなのだから。

 そんな時に――あの毛玉は現れたのだ。


「うああぁぁ!」

 悲鳴にも似た声を上げながら、竹原ヒカリ――ペリドットは空から風の刃を乱れ撃つ。地上の木々や遊具を切り裂いて、公園の中を風が暴れまわった。立ち木は倒れ、滑り台は両断され、鎖を切られたブランコが宙を舞う。

「はぁっ……はぁっ……」

 これだけ隙なく撃てば漆間アキナも……。そう思った時、ペリドットは自分の背後、それも頭上からの気配を感じる。まさか、あたしよりも高いところに……!

 振り仰いだペリドットの頭へ、アキナは組み合わせた両手を勢いよく降り下ろした。

「があっ……!?」

 強烈な衝撃を受けて墜落したペリドットを追って、アキナも着地する。

「ようやく、地に足が着いたな」
「あ……ぐ……」

 膝をつき、後頭部を押さえながらアキナをにらむ。

 こいつ、飛べもしない癖にあたしの高さまで……。許されない。許されることではない。

 「ディストキーパー」になって、初めて戦った時、ペリドットは「何だ、こんなものか」と思った。「ディスト」なんて大して強くない、相手にならないとさえ感じた。

 実際、毛玉どもも「新人離れした強さだ」と彼女を称賛したし、キャリアの長い仲間たちが苦戦するような「ディスト」でも楽々倒すことができた。

 極めつけは、「最終深点」だ。「ディストキーパー」としての到達点に、わずか一年で到ったのだ。異例の速さだ、天才だ、と毛玉は彼女に驚き、褒め称えた。

 同じ地域の「ディストキーパー」達からは妬まれ、陰口をたたかれたが、片端から痛めつけ、才能の違いを教育してやった。

 全員を叩きのめした後、毛玉から『もしここにいたくないなら、出て行ったらいい。君にはこの地域は狭すぎるのかもしれない』と提案され、「ノマド」になることにした。

 チョロい世界だ。いや、あたしが強すぎるだけか。気まぐれに「ディスト」を狩りながら、たどり着いたのが「カオスブリンガー」だった。

 「強ければそれでいい」という理念が気に入った。何よりも、他の「ディストキーパー」を「狩り」の獲物にするのは気分がスッとする。

 それに、絶対に「狩る」べき相手が彼女にはいたから。

 あたしを負かして、調子に乗っているあの女が「ディストキーパー」になり下がっていることを、知っていたから。

 そして、念願叶ったというのに、こんなことが――!

「チェアァァ!」

 風で体を浮き上がらせ、ペリドットは回し蹴りを放つ。だが、その脚はむなしく空を切った。アキナの姿がかき消えたのだ。

 またも背後に気配を感じる。いつの間に後ろに回り込んで……! まるで瞬間移動したみたいだ。でも、それは光の「ディストキーパー」の能力のはずでは……?

 考えても仕方ない。ペリドットは振り向かず、強い風を吹かせて大きく距離を取った。

 だが、気配はついてくる。それもペリドットを上回る速さだ。彼女の体をすり抜けるように、正面にアキナは現れた。

「速……!?」
「邪!」

 繰り出された燃える正拳に、再びペリドットは地面に転がった。

 勝てない。アキナの顔を見上げて、ペリドットは思い知らされた。アドバンテージがまったくなくなっている。速さも高さも、今のアキナの方が上だった。

「もう、止めにするか」
「何だとぉ!?」

 だって震えてるしな、と指摘されて、自分の腕が小刻みに揺れていることに気が付いた。

「ッッ……!」

 こんなことで終わるのか? あんな願いまでかけた結果が、これなのか? 負け犬のするような真似までして、「ディストキーパー」になって、せっかく世界の中心に自分を戻してこれたのに。

 それともすべては誤りで、こいつに一生勝てないのが、竹原ヒカリという運命なのか?

 認められない、そんなことは。襲いかかって、情けをかけられて――なんてことは。

「……負けたって、言ったよね、あんた?」
「ああ、そうだな」
「それって『ディストキーパー』になったことでしょ?」

 アキナは答えなかった。表情に変化はなかったが、拳に力が入ったのをペリドットは見逃さなかった。

 誰だって「最初の改変」についてほじくられるのは嫌なはずだ。何せ「ディストキーパー」なんてのは実際、不幸な負け犬の集まりなんだから。

 ペリドットは沈む三日月のような形に唇をゆがめた。

「聞いてんだよね……。タイガーが教えてくれたよ。酷い目に遭ったって」

 あの時。毛玉に出くわしたペリドットは、ほとんど生まれて初めて、自分の願い事について考えた。

 「漆間アキナに負けなかったことにする」という願いが、真っ先に思いついたが、彼女のプライドがそれを許さなかった。そうしてなかったことにしたら、何をしたってずっと負けっぱなしになってしまうから。

 だったら、もう一度戦って勝てばいい。空手だけじゃない。どっちが真に優れているかを決める戦いの場を設ければいい。そのためには――。

「あたしが願ったんだよ、『最初の改変』でさ……」
「何?」

 アキナはピクリと片眉を上げた。

「あんたが、漆間アキナが! 『ディストキーパー』になるぐらいに、不幸になりますようにってね! そしたら、あんたが正義面して捕まえた男に復讐されたって? お笑いじゃないか! 最高の皮肉だ! 願った甲斐があったってもんだよ!」

 暗い色がアキナの瞳の奥に燃え上がった。それは一瞬の隙であったが、ペリドットには十分に思えた。密かに溜め込んでいた風で体を浮き上がらせ、残りを左脚に集める。こいつの腹をぶち抜く蹴りを……!

「終われぇぇえ!」

 螺旋に渦巻く一撃は、アキナの腹に風穴を――。

「!?」

 だが、それも虚しく空を切った。アキナの姿が幻のように消えていく。

「視覚操作だ」

 声と共に、ペリドットの背中に熱いものが突きつけられた。

「あたしに力をくれた、光の『ディストキーパー』の得意技でな。お前のことだから、何か仕掛けてくるかと思って、用心しておいてよかった……」

 力をくれた? 光? バカな、こいつは炎だろう?

 二属性の「ディストキーパー」だなんて、そんなの聞いてない。

 ブラックスターみたいな、そもそもあたしが同じフィールドで戦えない相手なのか!?

 ペリドットは、風を集めて避けようとする。けれど、もう間に合わない。

 組み合わせて前に突き出されたアキナの両手の平の中で、オレンジがかった光球がその大きさを増していく。

 すべてを飲み込むような光、それはまるで――。

 膨れ上がったそれに飲み込まれながら、ペリドットは自分が紛い物であったことを知り、これまでのすべてを悔いた。


「……『レディアント・ルビー・ノヴァ』」

 ゆっくりと構えを解いて、アキナはつぶやいた。放たれた光の球は、ペリドットだけを飲み込み、焼き尽くして消えた。

 あたしの不幸を願った、か。それは本当なんだろう。根拠はなくとも、アキナは確信していた。自分に向けられた悪意の大きさに、恐ろしさを感じなくはないが――それも、今は消えてしまった。

 また殺してしまったが、後悔はない。これも背負っていくだけだ。

 もう二度と紫の炎になど覆われることなく、進んでいくことがアキナにできる唯一のことなのだから。

 そうだ、他のみんなは? 今のこの姿なら、ショートワープを繰り返すことで簡単に移動できる。もし間に合うのなら、助けに行かないと……。

 そう思った時、今まで感じたこともない不穏な気配に襲われて、アキナは空を仰いだ。

 駅の方だ。そう思った時、夜空に亀裂が走り、その破片が降り注ぐのが見えた。

 何かが起ころうとしている……? アキナの足は、自然とそちらの方へ向いていた。
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