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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十八]深淵への到達

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18-4

「けれど、誇っていいですわ。ほとんどあなたの勝ちでしたもの」


 さっきまでは自分のできることすら分かっていなかったけど。

 「最終深点」に到ったランは飛来する攻撃をかわしながら思う、今は全部が思う通りに動くみたいだ。

「避けてばかりでは、始まりませんわよ」

 言ってろ、とランは水鉄砲から放たれた溶解液を後ろに跳んでかわす。

「お望みなら、攻撃してあげるよ!」

 ランが、真っ直ぐな剣となった得物でぐるりと自分の正面に円を描くと、空気中の水分が集まってくる。いつもよりも水分量が多いようだ。その証拠に、水分から作り出した剣の数は、50は下らない。いつもの倍以上だ。

「行け!」

 50の剣の切っ先をラピスラズリに向け、一斉にそれを発射する。

「数が増えただけですか?」

 水の尾を噴出しながら飛来したそれを、ラピスラズリは苦もなく全て撃ち落した。

 それは、分かっている。ランに動揺はない。だって、さっきも撃ち落されたから。

 今がさっきと違うのは、あたしが自分のできることをよく知ってるってことだ。

 ランは発射した時点で、既に次に使う水分を集めていた。今度は剣を横に薙いで半円を描いた。作り出すのは剣じゃない。

「おやおや」

 ラピスラズリは目を丸くした。ランの周りに現れたのは、彼女の無数の分身だった。

「こんなものまで作れるなんて、やりますわね」
「余裕かましてられんのも、今の内なんだから!」

 行け、と命じると、水から作られたランの分身たちは、剣を構えてラピスラズリに斬りかかった。

「そういう使い方では、あまり剣と変わり映えしませんわよ」

 ラピスラズリに溶解液を撃たれると、一撃にしてランの分身は元の水に戻る。耐久性が低いのは、作り出したランが一番よく分かっていた。

 だから数で勝負する。既に集めていた水分を使って、ランは分身の第二陣を用意していた。

「波状攻撃、というわけですか」

 溶解液を潜り抜けてきた分身の剣を避け、ラピスラズリは一歩後退した。

「根競べがお好きで?」

 二撃目を放ってきた分身を、右手の水鉄砲の銃床で殴りつけて水に戻すと、第二陣に向かって溶解液を乱射する。

「まだまだぁ!」

 ランは第三陣を作り出す。分身を作るのは剣を作るよりも消耗するようだ。さすがに疲れてきた。当然ながら、大きなものを作るのは負担が大きいらしい。また、精緻なものほど頑丈には作りにくいようだ。

 よし、ならばそろそろ行くか。第二陣最後の一体が、ラピスラズリに殴り倒されているのを目にし、ランは作戦を決行することにした。

 あいつはたくさんの分身に対応する内に、あたしの姿を見失っているはずだ。第三陣を行かせてすぐ第四陣を作り出すと、ランはそれに紛れて走り出した。

「おや、分身に紛れましたわね」

 ラピスラズリがそう言ったのが聞こえた。今までよりも、溶解液が飛んでくる量が多くなったように思う。ここで食らってたまるか、とランは分身を盾にしつつ、ラピスラズリとの距離を詰めていく。

「よくできました、が……」

 振り下された剣をやすやすと避け、ラピスラズリは手近のそれ回し蹴りを見舞う。その回転の勢いのまま後ろを向いた。そこには、背後をついて剣を振り上げるランの姿があった。

「サファイアさん、あなたの性格ならば、後ろから来ますわよね」

 溶解液で撃ち抜かれ、ランの体が溶けていく。

「……おや?」

 いや、溶けるのが早過ぎる。後ろから来たこいつは、ただの分身だ。では、本体は……?

「こっちよ!」

 振り返ったラピスラズリの足元、先ほど蹴り倒されたのがランの本体であった。

 ラピスラズリは、近付いてきた分身には溶解液を浴びせず、殴る蹴るで対応している。つまり近接攻撃を仕掛ければ、溶解液を浴びずに済む。それに気付き、この作戦をとったのだ。

 性格悪いって思われんのは癪に障るけどさ。ランは剣の刃を返す。ま、こいつにだったら何と思われたって別にいいか。

 下から振り上げた剣は、ラピスラズリの右腕を斬り飛ばす。よし、このまま――!

「惜しかった、ですわね」

 腕を斬られて、ラピスラズリはにっこりと笑った。ランが気圧された一瞬の隙に、ラピスラズリは右腕の切断面をランに向ける。大量の溶解液がそこから噴き出し、ランを襲った。

「あああぁぁあっっ!?」

 焼け付くような痛みに、ランはのけぞり、尻餅をついた。顔や胸を押さえて転がり回る。

「よい作戦でしたが……ごめんなさいね、わたくしの体には、この聖水が流れていますの」

 通常の「ディストキーパー」には、血液は流れていない。「インガの裏側」に住まう「ディスト」と同質の存在であるがゆえに、血液をはじめとした体液やそれを作り出す臓器が必要ないためだ。

 しかし、ラピスラズリの体には、人間であった頃の血液のように、溶解液が循環している。彼女が「ディストキーパー」として与えられた武器は、あの両手に持った水鉄砲ではなく、心臓の代わりに左胸に納まっている、溶解液を生成する装置なのだ。

「ですから、わたくしの体を普通の武器で斬り裂くことはできません」

 ランが取り落とした剣は、溶解液にあてられて刀身の半分が溶けてしまっていた。

 ラピスラズリは右腕を拾い上げると、無造作に切断面をくっつける。すぐに胴体とつながった。

「けれど、誇っていいですわ。ほとんどあなたの勝ちでしたもの、サファイアさん。ただ、主が味方してくださるのは、やはりわたくし……」

 溶解液で溶かされた顔を押さえ、うずくまりながら、ランはラピスラズリが近づいてくる足音を聞いていた。その足音とは、死の迫る音と同義である。

 痛い、熱い、苦しい。生き残っても、この顔戻るのかな。たくさんの感情や不安がランの心をかき乱す。

 だけど、死んだ方がマシかどうかは分からない。分からないから、あがくしかない。

 考えろ、あたしにできることを。

「お祈りなさい。せめて苦しまず逝けるように」

 水鉄砲の銃口が後頭部に当たった。このまま溶解液を撃ち出して、頭を溶かされたらきっと死ぬ。何とか、その前に――。

「では、ごきげんよ……!?」

 引き金を引こうとしたラピスラズリの体勢が崩れる。膝をつき、彼女はその原因を悟る。

「足が、切れて……?」

 ラピスラズリの左足は、足首の辺りで両断されていた。いつの間に、どうやって? と見やったランは、ゆっくりと起き上がり始めていた。

「溶解液で守られてるから、普通の刃は立たない、そう言ったよね……」

 ランは、溶解液をしたたらせながら表面を溶かされた顔を上げた。

「だったらさあ……」

 溶かされ爛れた胸元や腹部に残った溶解液が、顔から滴り落ちる雫が、分身を撃ち抜き道路を溶かして上がる白い煙が、ランの手の中へと吸い込まれていく。

「あんたのその聖水とやらで剣を作ったら、その守りも溶かせるんじゃないの?」

 集まった溶解液は、ランの手の中で刃渡り二メートル以上はあろうかという巨大な剣へと変わった。

「わたくしの聖水すらも、コントロール下に……?」

 片足を失ったラピスラズリは、動くこともできず、ただ座り込んだまま剣を見上げた。

「斬り、裂けぇ!」

 願いと少しの呪詛がこもった叫びと共にランが振り下した剣は、ラピスラズリを一刀両断、脳天から真っ二つに割った。



 勝った。今度こそ、間違いなく。ランは大きく息をついて座り込んだ。

 ラピスラズリがいた場所には、大きな水たまりが広がっている。

 落とした剣も、顔も胸もお腹も、溶かされた部分は徐々に治ってきているようだ。触れてみてランはホッとする。

 ともあれ、これで助かった。殺してしまったが、まだ実感はない。いつかその感触が蘇って、苛まれる日が来るのだろうか。そう思うと、後悔の念が気持ちが湧いてくるが……。

 そこへ、パチパチパチパチ、と拍手の音が背後から聞こえて、ランは文字通り跳び上がって驚いた。

「いやあ、素晴らしいですわ、サファイアさん」

 振り返ると、何事もなかった様子のラピスラズリが笑顔で手を叩いていた。

「ちょ、え? あんた、生きて……?」
「ええ。わたくし、聖水では溶けませんから」

 そりゃそうか、とランは思い直す。身体の中に流れているもので、その体が溶かせるはずがない。まだ戦わなきゃいけないのか、とうんざりしたようなランに、ラピスラズリは笑顔のまま首を横に振る。

「いえ、今回は、わたくしの負けです」

 まさかわたくしの聖水まで操ってしまうなんて、と感心したようにうなずく。

「つまり……?」
「『狩り』はあなたの生き残り、ということになりますわ」

 これはまたブラックスターさんにお仕置きされてしまいますね、とラピスラズリは妙にうれしそうな顔で肩をすくめた。

 助かったのか。そっちから殺そうとしておいてこの態度、ムシのいいヤツだとは思うが、生き残ったならこっちのものだ。こんなヤツと二度と戦いたくないし。

「この後は、仲間の皆さんを助けに行くなり、ご自由にどうぞ」

 もう戦いたくないし、助けに行く気なんてさらさらない。

「あんたは、どうするの?」
「合流地点へ向かいます。とは言え、今回は何人が帰ってこられるやら……」

 遠い目でラピスラズリはランの背後、駅舎を見上げる。「狩り」が終わった後の待ち合わせ場所があるらしい。

「最後に、サファイアさん。あなたのお名前、教えていただけますか?」
「な、何で……?」

 お前の名前は覚えたぞ、なんて言って復讐にでも来る気では、とランは警戒する。

「そう怯えずに。『狩り』で生き残った方には、敬意を表して伺っているだけですわ」

 おずおずと、ランはその名を告げる。

「……ランよ、水島ラン」
「ランさん、とおっしゃるのですね。わたくしはラピスラズリ、人の頃の名は河合ルリと申しました」

 では、また会うことがございましたら。言葉と同時にラピスラズリはどろりと溶けるように姿を消した。

 釈然とはしないが、ともかく生き残れたらしい。今度こそ本当に安心して……。

「!?」

 突如、背筋がゾクリとし、ランは背後の駅舎を振り仰いだ。星のない夜空に、あり得ないものが浮かび上がっている。

「空が……?」

 それは夜空を裂く亀裂であった。駅舎の向こう、南の上空に白いひび割れが蜘蛛の巣状に走っている。軋むような音を立てながら、空が割れ始めていた。
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