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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十八]深淵への到達

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18-1

「あまり人間をなめるな、ということよ、ディアマンティナ・エーヴィヒカイト」
 

 鱶ヶ渕から遠く離れた、同時にどこよりも近くに存在するこの「観測時空」。白い地平を銀河のドームが覆ったようなこの空間全体へ、響き渡るような大きな揺れに、わたし――ディアマンティナ・エーヴィヒカイトは眉をしかめた。「インガの裏側」の揺らぎが、ここまで伝わって来ているのだ。

 ミリカがブラックスターと「インガの裏側」に移動してからは、断続的に小さな揺れが続いているが、たまにこうして大きな震動が空間を襲うのだ。この「観測時空」から「インガの裏側」は、こうして揺らぎを検知するか、「ディスト」の発生を見つけるかしかできない。そのために「ディストキーパー」がいるのだから、当然ではあるが。

 恐らく、ミリカが「滅びの風」を発動させているのだろう。どちらが優勢なのかまではわからない。「インガの裏側」へのダメージは、極力少なく勝ってほしいところだ。

 問題は、と今度はわたしは目を閉じる。

 まぶたの裏に今、鱶ヶ渕の四人の「ディストキーパー」が「カオスブリンガー」に苦戦する様子が、まるで手の届くところで行われているかのように見える。

 しかし、触れることはできない。高みの見物かのようで、わたしも心苦しくはある。だが、あの世界での生命を失ってしまった今、こうして見守ることしかできないのだ。

 他の三人はともかく、アキナの苦戦は予想外だ。既に「ディストキーパー」としての強さ、「深度」は「最終深点」に到達している上に、彼女には戦闘の稀有な才能がある。ブラックスターをミリカにあてがった今、「カオスブリンガー」の誰と当たっても数値上は勝てるはずなのだが……。

 まあ、いい。考察は後だ。わたしは自分の「ホーキー」、言わば「マスターホーキー」とでも呼ぶべきそれを手に取り、鱶ヶ渕に送り込んだ「ディストキーパー」へ呼び掛けた。

 もしものために、「Helfer(ヘルハー)」、助っ人を送り込んでおいてよかった。彼女がいれば、他の三人はともかく、アキナは助かるだろう。

「聞こえるかい? 今はどこに?」
「中学の屋上」

 すぐに応答があった。出現地点から動いていない。一体、何をしてるんだ。既に戦いは始まっているというのに。

「すぐに漆間アキナの援護に向かってくれ!」
「必要ないわ」

 彼女はきっぱりと言い切った。

「必要ない、って苦戦してるんだぞ!?」
「知っている」

 全員の気配は追えている、と彼女は付け加える。

「なら、どうして……!?」

 彼女は深々とため息をついた。

「ディアマンティナ、あなたはこれまで何度、この時空を繰り返してきた?」
「知っての通り、今回でSiebte(ズィープト) Zeit(ツァイト)、七度目さ。不本意ながらね」

 わたしはこれまで、ミリカたちが「ディストキーパー」になってからオリエとの戦いになるまでの三か月間を、望みの結果となるまで六度繰り返していた。

 とは言え、無限に同じ時間を繰り返せるわけではない。靴底が磨り減るように、「インガ」も磨耗し本来の形から歪んでいく。

 現に七周目となる今回は、異形型の発生や「カオスブリンガー」の乱入など、イレギュラーな現象が頻発している。だから、この周回で最後にすべきだ。これ以上は、どんな影響が出るかわたしにも分からない。

「都合二十か月も漆間アキナらと一緒にいたのに、何も分かっていないらしい」
「ここから、逆転するとでも言うのかい?」

 そうだ、と確信に満ちた口調で彼女は肯定した。

「追い詰められ、絶体絶命であればこそ、自分の心の深淵と向き合わざるをえなくなる。漆間アキナはもちろん、浅木やボウヤ、多分水島ランすらも、生き残るためにそうする。自分の望むものを知り、そのために行動せねば生き残れないから」

 とんでもないことを言い出したな、とわたしは内心で呆れた。

「まさか君は、他の子たちも勝てるというのかい?」
「絶対とは言わない。だが、可能性はある」

 これもまた、当然と言わんばかりの口調である。

「だから、傍観すると……?」

 また、彼女は肯定した。だが、わたしには、何の根拠も見当たらない。ゼロに等しいぐらい小さな確率は、可能性とは言わないだろう。

 本当に彼女は人選ミスだった。まあ、力の強い「ディストキーパー」ほど、個性や我が強いものなのだが。

「それに、わたしの危惧はもっと先……」
「どういう意味だい?」

 直接答えず、彼女はこう言った。

「あまり人間をなめるな、ということよ、ディアマンティナ・エーヴィヒカイト」

 そして、以降はまったく応答しなくなった。


 やれやれ、人間をなめるな、か。

 期せずして、三人もの鱶ヶ渕の「ディストキーパー」に同じことを言われたか。

 最初は漆間アキナに、「ディストキーパー」について説明した時。

 次は若草エリイに、彼氏がアキナに殺されたことの後始末をしたと伝えた時。

 そして、今が三度目だ。

 許されるならば、わたしは反論したい。

 そう言うがね、わたしだって元々は人間だ、と。

 あの時、この世の「インガ」の仕組みを垣間見てしまって以降も、人間であるつもりだ。

 故にわたしはこの世を思う通りになんて動かさない。流れるべくに任せているんだ。人間の心を持った神なんて、偽物・紛い物でしかないのだから。

 だから、わたしはただ祈ろう。神には祈る相手はいないだろうが、人たるわたしができることは今やそれしかないのだ。

 わたしは耳を澄ます。鱶ヶ渕という小さな街でせめぎ合う「インガ」たちに。彼女らの到達するところ、深淵から聞こえる叫びに。

 きっと、彼女らがそこへと導かれますように……。



 地に這いつくばったアキナの目に、夜空へ舞い上がったペリドットの姿が映る。

 身を守っていた紫の炎は既にない。これから来るのは最大の攻撃だろうが、アキナは無防備だった。

 ペリドットは太陽がどうのとわめいている。風の使い手なのにな、とアキナはこんな状況なのにおかしくなった。

 まだ体は動く。手をつき、ふらつきながらも立ち上がる。見上げると、ペリドットがこちらへ足を突き出し降ってくるところだった。

 超高度からの飛び蹴りか。風で加速しているのに、アキナの目にはやけに遅く見えた。

 ああ、そうか。

 空手の試合中、何度か経験した感覚だ。自分の五感すべてが拡張されたかのような。

「チェアアァアーッッ!」

 大きな音と砂ぼこりをたてて、つむじ風を伴ったペリドットの飛び蹴りが突き刺さる。児童公園の地面が大きく陥没し、その中心には倒れたアキナが……。

「いない!?」

 驚愕の声を上げたペリドットは、背後に気配を感じ、振り向いた。同時に放たれたアキナの正拳突きが、頬にクリーンヒットした。

「ぎゃっ!?」

 次いで繰り出された二撃目は、空中へ飛び退いてかわす。

「もうダメージから立ち直ったなんて……!」
「鍛え方が違うさ。辞めちまったヤツとはな」
「いちいち挑発してくれるじゃん」

 でも、とペリドットは宙を蹴り距離を詰めてくる。

「あんな大振り、かわしたって自慢にもなんないんだから!」

 風の刃をまとった蹴りを素早く繰り出した。アキナを翻弄したこの空中攻撃は、「最終深点」となってより速度と技のキレ味を増している。

「これはかわせな……!?」

 蹴りの嵐の間隙を縫うようにアキナは間合いを詰め、ペリドットの足首を掴んだ。そのまま大きく彼女の体を振り回し、投げ飛ばした。

「ぐぅぅうっ!」

 ペリドットは空中で姿勢を制御し、ジャングルジムに叩きつけられるのは免れた。

「ぐ……! な、何で……!」

 ジャングルジムの鉄棒の一本をつかみ、ペリドットは地面への落下をこらえた。再び宙に浮き、アキナを見やるその目には、憎しみだけでない揺らぎが混じっていた。

「さっきまで全然かわせてなかったし、それに防御の炎もなくなったのに……」
「簡単なことだ、お前の動きにはもう慣れたんだよ」
「慣れ……はあ!?」

 事もなげに言い放つアキナに、ペリドットは思わず目を丸くした。

「慣れたなんて、そんなバカなこと……」
「まず、お前とは二回目の戦いだ。頭は忘れてたけど、体は覚えてる。大体こんなだったな、って。さっきも言ったけど、その記憶からしたら、お前の身のこなしは鈍ってる」

 アキナは断言した。

「で、その空中攻撃。最初はさすがに焦ったけど、よく見ればそんなに速くない。同じ風の『ディストキーパー』で、もっと速い攻撃を使えるヤツと戦ったこともあるしな」
「いやいやいや、ありえないっしょ、あんた……!」

 戦闘マシーンか! というペリドットにアキナは肩をすくめた。

「そんな褒めるなよ、照れるだろ」
「褒めてないし!」

 言い放ち、ペリドットは再び構えた。

「一個や二個、攻撃見切ったくらいで、勝ち誇ってんじゃない!」

 ペリドットの回し蹴りの軌道は、そのまま風の刃となって飛び、アキナに襲いかかる。さきほどアキナを斬り裂いたものよりも速く、鋭く、巨大だ。

 ひとたまりもあるまい。だが、ペリドットは次の瞬間驚愕の声を上げる。

「はぁ!?」

 アキナは風の刃を両手で受け止め、左右に引き裂くようにしてかき消したのだ。

「掴めれば大したことないな。速さもないし。エリイの雷の矢の方がよっぽど強い」
「誰だよそいつ!」

 エリイか、その子のことも、ついさっきまで忘れていたが……。

「あたしが殺した仲間だよ」
「それがなんだよぉ!」

 吠えてペリドットは連続で小さな風の刃を放つ。アキナはそれらをかわし、はたき落とし、あるいはかき消して、ペリドットにゆっくり近づいていく。

「間合いだ」

 アキナの放った正拳突きから、ペリドットは上昇して逃れる。外れた拳はジャングルジムを大きく歪ませる。アキナは空に舞ったペリドットを見上げた。

「何で……お前は……! こんな、こんなことがっ!」

 荒い息を吐きながら、ペリドットが上空から怒鳴る。嘆きにも似た響きだった。

「やってきたことは裏切らない、それだけのことさ」

 それが拳の中にあるかのように、アキナは右手を握りしめた。

「うまくいってるから、そんなことが言えるんだ……。勝ちっ放しのヤツの妄言だ!」

 ペリドットの目に憎しみが強く濁った。それを向けられて、アキナは首を横に振る。

「竹原ヒカリ。お前が思ってるほど、あたしは何にでも勝ってきたわけじゃないよ」

 アキナの思う「やってきたこと」は、何も鍛練や成功だけではない。暴走のこと、「臨界突破」のこと、「世直し」のこと、殺してしまった仲間たちや人々のこと。取り返しのつかない過ちや後悔もすべて重ねて、今がある。

「負けたよ、たくさん。他人にも、自分にも。でも、負けっぱなしにするのをやめたんだ。負けたままでいちゃ、いつまでも進めないからな」

 アキナの体から二色の光の玉が立ち上る。

 一つは赤、弾けて体を炎が取り巻く。噴き上がってくる力は励ますように、闇夜に鮮やかに燃えた。心の奥底から立ち上ってきた赤だ。

 もう一つは白、広がって炎を包み込む。染みわたっていく力は心地よく、闇夜をほのかに照らした。誰かの心から注がれた白だ。

 二つの光の中で、アキナの姿が変わっていく。

「ま、まさか……!」

 地上を見下し、ペリドットは震えた。

「これが、『最終深点』か……」

 赤と白、二色のラインのボディスーツ。それを守る翼持つ近未来的な鎧。赤い髪に混じった光沢のある銀髪をなびかせ、アキナはペリドットを見上げた。

 こいつは「ディストキーパー」の力の終点らしいが、まだ行き止まりって感じじゃないな。

「いつまでも過去になんて構ってられないんでな。いい加減に、進ませてもらう――!」
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