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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[八]日常までの距離

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わたしの「ごめんなさい」は羽より軽くて、もはや意味など持ち合わせていないかのようですが、それでも誰かに聞いてもらえると、ようよう重さを取り戻すかのようでした。
 

 ともかく今は、とわたしは二年四組の教室を見据えました。ずいぶんと遠回りしてしまったような気がします。それこそ、わたしのいた時間と、この過去を隔てている距離ほどを。

 廊下の窓からこっそりと中の様子をうかがいます。他に友達がいれば呼んでもらうとか、そもそももっと度胸があるなら中に入るとか、そういう手段をとれるのですが、わたしがわたしなのは何ともできないために、こういうお似合いの消極的な方法をとってしまうのです。

 わたしが会わねばならないあの子の席が廊下側で助かりました。友達とおしゃべりを楽しんでいましたが、ふとこっちを見て気付いてくれました。ちょっと、という感じで立ち上がり、わたしのところへやってきてくれました。

「おはよう、ミリカ。どうしたの?」

 浅木(あさぎ)キミヨちゃんは、わたしの記憶の中通りの優しい声音で、そう言いました。

 この声を聞くだけで、色々なものがあふれてきそうでした。

 たくさん優しさをくれて、たくさん助けてくれて、そしてわたしをかばって死んでしまったキミちゃん。もう一度、こうして話せるなんて、そんなの叶うとは思っていなかった。ここがわたしを責めるために用意された地獄でも、キミちゃんになら何をされてもいい、心からそう思えるのです。

 あふれてきたものは、わたしの目を通して、涙になってこぼれてしまいそうでした。

「どうしたのミリカ!?」

 はたから見ても分かるくらいに、わたしは泣き出しそうだったようです。再会して早々に困らせてしまうことに自己嫌悪を覚えます。

「あ、あぅ……」

 弁解しようにも声になりません。ぽろぽろとこぼれそうなそれは、いくらしゃくり上げようとしても堪えられるものではありませんでした。

 そこへ、後ろから声がかかります。

「キミヨ、数学の教科書貸してくれ。宿題やってたら置き忘れちゃって……」

 ああ、これも。ますます涙の量が増えてしまいます。聞きたかった、すがりつきたくなる声でした。

 漆間(うるしま)アキナさん。とても強くて、頼りになって、かっこいい……そして、わたしが最後に自分の手で命を奪い塵に変えた仲間です。

「え、ミリカ、何泣いてんの!?」

 アキナさんが驚いた声を上げ、それをキミちゃんが「声がでかい」とたしなめました。

「え、どうした? ランか?」
「ランと何かあったの?」
「いや、昨日ちょっとな、あいつ様子おかしくて……」

 話し合う二人の様子を見て、わたしの胸にある思いが生まれました。それは、期待と呼び換えてもいいものかもしれません。

「ともかく、ミリカ大丈夫?」
「ランにだったら、またあたしが言ってやろうか?」

 わたしは首を横に振りました。言いたいことはたくさんありましたが、とりあえず一番慣れた形に口は動きました。

「ご、ごめんなさい……急に泣いたり、して……」

 わたしの「ごめんなさい」は羽より軽くて、もはや意味など持ち合わせていないかのようですが、それでも誰かに聞いてもらえると、ようよう重さを取り戻すかのようでした。涙をぬぐって、わたしは顔を上げました。

「あの、よかったら、話あるんで、すけど、聞いてもらえませんか……? 放課後、とか、いつでも、その……」


 あくまでわたし基準ですが、かなり頑張ったと思います。

「話って、何の話だ?」
「今、泣いちゃったことと関係あるの?」

 わたしが一つだけうなずくと、アキナさんとキミちゃんは顔を見合わせました。

「よし、分かった。今日の放課後、話聞くわ」
「そうね。とりあえず今はさ、人目もあるし、予鈴も鳴りそうだし」

 ね、と励まされるように肩を叩かれて、わたしはもう一度こっくりしました。

「ご、ごめんな、さい……」
「謝ることないって。聞いてほしいことがあるんでしょ? だったら聞くよ」

 友達じゃん、と笑顔を作ってくれました。そうそう、とアキナさんも頭を揺らします。

「だから数学の教科書貸してくれ」
「そう繋げるのね……」

 苦い笑いになって、キミちゃんは教科書を持ってきてアキナさんに渡します。

「あたしのとこ三時間目だから、それまでに返してよ」
「りょーかい。ありがとな、助かった」

 教科書を掲げて応じ、アキナさんはわたしの肩を叩きます。

「行こうぜ」

 アキナさんは一組で、ここからならわたしと戻る方向が同じなのです。

 また後でな、とアキナさんは言い、わたしはぺこりとお辞儀しました。

 キミちゃんと別れ二人になると、急に何か大きな差を感じてわたしはとても惨めな気分になります。とりわけ、こんな濡れて赤い顔をしているせいでしょう。それはアキナさんが悪いのではなく、頭の上から尻尾の先までびっしりとわたしのせいではあるのですが。

 色々な感情が渦巻いて何も言えないわたしに、アキナさんは独り言のようにぽつりとこぼします。

「そんなにないのかよ」

 アキナさんの顔を仰ぐと難しい笑いを浮かべていました。

「自信だよ」

 うまく言えないんだけどさ、とアキナさんは前置きします。

「ミリカもかなり戦えるようになってるじゃん。昨日も助かったしさ」

 わたしにとっては大昔のことですが、努めて細いツルをたぐっていくと、おぼろげながらも思い出してきました。

 そう言えば、鳥型から落下する時、わたしはアキナさんをかばったのでした。あの時は必死で、それが一番いい方法のように思えたから、体が勝手に動いたのでしたっけ。意思のともなっていない辺りが、何ともわたしらしく間抜けな気がします。

「だから、もっと胸張っていいんだよ」

 アキナさんはわたしの頭に、ぽんと一つ触れました。

 わたしはまた泣いてしまいそうでした。嬉しいような、申し訳なくていたたまれないような、もにょもにょなこともあって、色々なものが入り混じってぐるぐると竜巻のように渦になっていくようでした。

 ただ、それはまぶしく光っている気がします。砂漠の底では決して見えなかった希望。

 二人と会って抱いた気持ちは、正に本当だったんだと確信しました。

 アキナさんとキミちゃんがいれば、きっと滅びの未来だって変えられる。

「じゃあまた、放課後な。迎えに行くから」

 わたしは「はい」と応じて教室に戻りました。自分でも驚くほど、足が軽くなっていました。
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