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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十七]狩りの時間

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17-5

「さあ踊ろうぜ、ミリカ。最期まで、着いてこい……!」
 

 色を失くした「インガの裏側」の空は、モノクロ写真のように動かず、静かにただ広がっていました。雲一つない空でも、色が変わるだけで、こんなにも無機質で寒々しくなるものなのでしょうか。

「なるほどな、概ね分かってきたぜ」

 ブラックスターは、気だるげに首を回しました。

「お前の力の基本は守り、さしずめ『守りの風』ってわけだ」

 静寂の中をくまなく渡っていくように、ブラックスターの声が響きます。

「だが、混じってんだな、その中に」

 パラパラと、ブラックスターの二つに束ねた髪の片方、その毛先から砂がこぼれました。

 それは、この「インガの裏側」の砂ではあり得ない、黄味がかった色をしていました。

 ブラックスターの髪が、わたしの風で砂に変わってこぼれたのです。

「守りの中に、どうしようもなく物騒な力がよ……」

 影がブラックスターの髪の毛にまとわりついて、砂になった分を補いました。

「そいつはオレの『無明の暗黒』すらも貫くが……」

 ブラックスターがわたしを見下ろすその視線は、どこか哀れむようでさえありました。

「よっぽど気まぐれらしいな。まったく使いこなせてないじゃねえか」

 わたしは荒い息を吐きながら、少しうつむきました。

「あの風が使いこなせなけりゃ、まあザコだわな」

 うつむくと、わたしの体を貫いて地面に釘付けにしている、影から作られた刃が目に入りました。

 この刃は、わたしを身動きとれなくするだけでなく、わたしの力、「守りの風」や「滅びの風」も封じているらしく、そよとも風を集めることができませんでした。

 引き抜こうにも、わたしは既に手足を斬り飛ばされていました。影の刃は「ディストキーパー」の凄まじい回復力すら削ぐようで、斬り落とされてからまったく元に戻る気配はありませんでした。

 腕があっても届かない位置に、表面をズタズタに切り裂かれた盾が転がり、背中のマフラーもほとんどただのボロボロの布切れみたいに、辛うじて首に引っ掛かっている状態です。

 両手足を失くし、お腹を刃で貫かれ、昆虫採集の標本のように身動きのとれないわたしに、ブラックスターはゆっくりと近付いてきます。

「つってもまあ、今日の『狩り』は当たりの方だ」

 ブラックスターは、仰向けになったわたしと、目線を合わせるようにしゃがみました。

「オリエとかいうのは、強いし美人だしで愉しめたしな……」

 愉しめた、のは戦いだけではないのでしょう。

 ブラックスターは、斬り残しておいたのでしょう、わたしの左ももを撫でました。意外とすべすべした手の感触に、わたしの呼吸はいっそう荒くなりました。

 オリエ先輩の死体の様子、あの凄惨な印象の正体が分かったような気がしました。これからブラックスターが何をするつもりなのか、わたしは理解させられたのでした。

 とは言え、あの時ほどの恐怖はありませんでした。わたしが「ディストキーパー」になった日、水島や×××××たちに傷つけられようとしていた時ほどには。

「お前がもっと粘れれば尚よかったんだが、まあ……」

 ももを撫でていた手が離れ、スカートにかかります。

「『最終深点』に到ってない『ディストキーパー』に、そいつを求めるのは酷ってもんか」

 ブラックスターは、わたしのスカートをまくり上げると、ももだけになった左足と、その左の半分くらいしか残ってない右足を押し開きました。

「や、あ……」

 ビクリと震えて声を漏らしたわたしに、ブラックスターは口の端を釣り上げました。

 そして、下着を簡単に切り捨てて、わたしの見られたくないところをゆっくりと広げていきました。

「知らんだろうが、『ディストキーパー』が『最終深点』になれない状態ってのは、自分がブレブレで定まってないってことなんだよ」

 足の付け根の辺りを、ブラックスターは焦らすようになぞっていきます。指の感触とその声が、わたしの頭の中に染み込んでくるかのようでした。

「こんなビクビクしてねえで、お前もそこまでいけてりゃ、こうはならなかったかもな」

 自分を定めて、最後までたどり着くなんて。どれほどわたしには遠い旅路でしょう。

 わたしには、知恵も心も勇気もないのです。その上、自分をしっかり定めてくれるはずの、帰る場所まで曖昧で。

 ブラックスターは、わたしを抱え込むような体勢になりました。その右手はわたしの腰の辺りでもぞもぞと動き、左手はまたボサボサになってしまった髪を撫でました。

 わたしの顔をのぞきこんでくるので、恥ずかしくて背けようとしたら、左手で戻されてしまいます。

「こっちを見ろよ、なあ……」

 付け根をなぞっていたブラックスター指が、遂にわたしの中へと押し入ってきました。

「あ、あっ……」

 ブラックスターの指は、かつてそこに押し入れられた「初めてのもの」よりも細く、しかし危険でした。

 わたしは強く目を閉じました。ぎゅっとつぶると、入ってきた指とわたし以外に、世界には何もなくなりました。

 指を飲んでいく腰の方の「わたし」は、逆に指に飲まれていくようでした

「ん? これは……」

 ブラックスターは、わたしのそこに付けられた傷に気付いたようでした。

 そこはやめて、と声を上げるより早く、その指が傷を捕らえました。

「ッッ!?」

 体の一番奥から、ガラスが割れて砕け散ったような音がしました。ブラックスターが声にならない叫びを上げたのと、わたしが大きく背中を反らしたのは、ほとんど同時でした。

 わたしの内蔵から脳みそまで最短距離でかけ上がってきた痛みと同じものが、ブラックスターを襲ったのでしょうか。

 かつての傷が、その指に噛みついたみたいに。

 傷は、飲み込まれていたわたしの意識ごと、牙を立てたのです。

「ヤベ……!」

 わたしの中から、ブラックスターは指を引き抜いて、距離を取ったようでした。一人きりになった世界は広く、わたしの存在なんてそのまま消えてしまいそうでした。

 ただ、痛みだけがありました。痛みがわたしをつなぎとめていました。

 目蓋の裏の真っ暗闇の中で、痛みは体を駆け抜けて、わたしの存在を教えてくれました。

 わたしはここにいる。ここにいるのです。

 傷の形が、小さくなったわたしの輪郭をなぞって、この場に刻み付けていきます。耳のそばを風が唸りを上げて吹き荒れ、知ったにおいを運んできました。

 砂漠の、砂のにおいでした。

 熱く苦い吐息を、わたしは一つ吐き出しました。

 目を開くと、灰色の世界に、砂を撒き散らして吹き荒ぶ風、その向こうに、ブラックスターがこちらを見据えていました。

 静かだった「インガの裏側」を、風の唸る音が満たしていき、色味のない世界を砂色に塗りつぶそうと広がっていきます。

 灰色に色を落とされたビルやマンション、その向こうに見える駅舎や空にいたるまで、砂糖菓子を見えないへらでこそぎ落とすように、砂へと変えていくのです。

 風がその力を及ぼしているのは、パサラが「オブジェクト」と呼んでいた「インガの裏側」の景色だけではありませんでした。

 これまで、この世界の唯一の色だったブラックスターも、その身を削られているのです。影で体を補おうとしていますが、出したそばから砂になって、風に舞って飛んでいきます。

「何だそりゃ、お前……」

 風の音の隙間から、ブラックスターのつぶやく声が聞こえました。

「断じて守りなんかじゃねえな、この風は……」

 使いこなせるようになったか。体から砂をこぼしながら尚、ブラックスターは笑いました。

「これは『滅びの風』……」

 そう応じた時、わたしはこの風のことが、少し分かったような気がしました。

 わたしを貫いていた影の刃は、とっくに砂に変わっていました。体が浮き上がり、なくした手足を補うように、風が集まってきます。

 風はわたしの姿をも変えていきます。

 それは、あの懐かしさすら感じる砂漠での姿――怪物のかたちでした。

 麦わら帽子にブリキの体、獣の脚にコウモリの翼。無理矢理にそれを、わたしは人の姿に折り畳みました。

 わたしにも、恥というものはあるのです。大事なところは見られても、怪物の姿はブラックスターに見られたくないという気持ちくらいは。

「そうか。まさか、『臨界突破』とはな……。遂に本性見せたか」

 嬉しいぜ、とブラックスターは砂を振り払うように影を広げました。それもすぐに、砂に変わって風に吹かれていきました。

「嬉しい?」

 そりゃそうだろ、と風を裂くように大鎌を振るいました。

「あれだけびくびく守りに入ってばっかだったのが、遂に心を開いたんだ、こんなに嬉しいことはねえよ」

 まだ大丈夫だな……。ブラックスターが自分のお腹を撫でてそうつぶやいた時、風の手応えが変わりました。

「なら、生きてみせろよ。このオレを……滅ぼしてさあ!」

 ブラックスターを取り巻く「無明の暗黒」が、もっと硬質で強硬なものになっていくのです。まるで、ブラックスターが何人、何十人にも増えて、一斉に「無明の暗黒」を使っているかのように。

「だがなあ、ミリカ! オレも、あらゆる『インガ』を貫いて、ここにいる!」

 まとった闇の分厚さは、何十から何百へといよいよその数を増していきます。

「ここにいることは、誰にも譲れねえ!」

 闇が膨れ上がって、黒く光ったかに見えました。

 似た現象をわたしは見たことがありました。「プログレスフォーム」、いえ正式には……。

「『最終深点』……」

 わたしが目にしたことのある「最終深点」は、アキナさんとトウコさんのもので、二人ともより攻撃に適した格好に変わったのでした。

 このブラックスターなら、どれほど恐ろしい姿になるのか、怪物(ディスト)の自分を棚に上げて、わたしはおののきました。

 しかし、闇が晴れて現れたその姿は、どんな想像とも違っていました。

 手にした大鎌がなければ、およそ戦いに赴く格好には見えません。それなのに、今までのどんな時よりも重たく深い闇をまとっているのです。表面すら削り取れないほどの、先の見えない分厚い暗黒を。

 背中の大きく開いた、シンプルな漆黒のパーティードレス。

 それがブラックスターの到った「最終深点」でした。

「さあ踊ろうぜ、ミリカ」

 長い息を吐いて、ブラックスターは首を回しました。

「最期まで、着いてこい……!」

 「滅びの風」の中を突き抜け、大鎌を振り上げました。
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