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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十七]狩りの時間

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17-4

「まず貴様を『狩る』」
 

 その運動公園は、鱶ヶ渕中学の学区域の南端にあった。駅に張られていたのと同じ選別型結界が、この公園の南側に沿って取り巻いている。

 浅木キミヨは、その見えない壁に不思議そうに触れた。

 ランのように逃げ出すために学区の端へ来たわけではない。人を避けるためであった。

 公園に人の姿はない。時間帯のせいか、それともパサラが人払いをしたか……。

 選別型結界から離れ、だだっ広い公園の真ん中まで移動すると、反対側の入り口からこちらに向かってくる人影が見えた。

「発見……」

 人影もこちらを視認したのだろう。ぽつりと聞こえたその声に、キミヨは身構えた。

 公園に設置された、オレンジの街灯に照らされて、影ははっきりと人になる。

 ショートカットにメガネをかけた、小柄な少女だった。

 言っちゃ悪いけど、地味な子だ。キミヨはそう思う。思いながら、この地味な少女が「カオスブリンガー」の一員だとも気付いていた。二度出遭っているブラックスター、アキナに突っかかっていた二人、さっき駅前で出くわしたラピスラズリ、その誰とも違う。

 ということは、この子がさっきラピスラズリの言っていた……。

「あなたが、インカローズね」

 名を言い当てられても、地味なメガネの少女――インカローズに動じた様子はなかった。

 まじまじとレンズ越しにキミヨを見て、静かに首を横に振った。

「否、相違」
「何が違うの?」

 名前が違ったっけ、といぶかしがるキミヨに、インカローズは説明する。

「わたしの名は『砂漠の薔薇』、インカローズ。それは肯定する」
「じゃあ、違うのは?」
「あなた。わたしの探索せし『ディストキーパー』とは相違している。わたしの獲物は風の『ディストキーパー』。あなたからは地の気配のみを感知」

 どうやらラピスラズリの言っていたことは本当らしい。風、と聞いてキミヨは確信した。

「他の誰かに『狩られる』ことを推奨」

 言い捨てるようにして、インカローズはキミヨに背を向けた。

 ちょっと、と呼び掛けようとした時、遠くの空、駅の方角に渦巻く風の柱が立ち上がったのが見えた。竜巻だ。

 何故あんなところに突然……。キミヨはハッとする。

「まさか、ミリカ……?」

 漏らしたその一言で、インカローズがこちらを向いた。

「ミリカ……? 葉山ミリカ?」

 彼女の眼鏡の奥で黒目が赤く光る。すぐそばに大きな炎が立ち上っているかのような、熱を伴った危険な気配が、キミヨの背筋を冷やした。

「あの竜巻がペリドットである可能性、検討、終了。結果、極小と判断される……。ならば、やはり……。しかし、わたしの獲物との認識は全体に共有済のはず……」
「何を、言っているの?」

 返答は返ってこない。竜巻の消えた空を見上げて、ぶつぶつ言っている。自分の世界に入り込んでしまったかのようだ。

「ブラス……何故危険地帯に自分から侵入するような真似ばかりを……」

 ブラス、と聞いてキミヨも顔色を変える。まさか、ミリカはブラックスターと戦っているのだろうか。少なくとも、このインカローズの推測ではそうらしい。

「向かう必要、検討……は不要。即時に極大と判断……」
「あ、待ちなさい!」

 走り出すインカローズの背中に、キミヨは手を伸ばした。

 合流させるわけにはいかない。キミヨが知るより今のミリカは強いのだろうが、二人がかりではひとたまりもないだろう。パサラは「カオスブリンガー」は一対一を好む、と言っていたが、こんな連中、気まぐれに何をしたって不思議じゃない。

「行かせない!」

 キミヨの手の平が、淡い黄色に輝く。同じ光が、インカローズの背中にも宿った。

「……っ!?」

 膝から崩れ、インカローズは転びそうになった。

「……重量が増加、攻撃である可能性、大」

 インカローズはみたび、キミヨの方を向いた。完全に紅蓮に染まった瞳は、今までにない敵愾心に満ちていた。

「邪魔立てする魂胆か?」
「ええ。ミリカのところには行かせない」

 敢えて名前を出すことで、キミヨは興味をこちらに向けさせようとした。

「葉山ミリカを、守護すると?」
「そうよ、インカローズ。あなた、ミリカを狙ってるんでしょ?」

「肯定。わたしの『狩る』べき獲物、排除対象。何故それを認識している?」
「ラピスラズリって人から聞いたわ。『無明の暗黒』を打ち破れるミリカを、あなたが危険視してるって」
「ラピスめ……」

 大きくインカローズは息を吐いた。どこか呆れているようにも見えた。

「肯定。わたしの獲物は葉山ミリカ。その理由もあなたの言葉通り」

 加えて、とインカローズは眼鏡を指で押し上げる。

「わたしもブラスを守護する使命がある。激しい戦闘を回避させる義務がある。それが、わたしが今『カオスブリンガー』にいる目的。それを邪魔立てするというのなら」

 インカローズは「ホーキー」を取りだし、背中に差し込んだ。正面からは見えないが、そこに「コーザリティ・サークル」があるのだろう。

 変身したインカローズは、砂の色をしたマントを翻す。奥に赤い炎が踊った。

「まず貴様を『狩る』」

 メガネが外れ、赤く光るむき出しの瞳は、いよいよその力を増したようだった。

 直視すれば火がつくような視線を、キミヨは奥歯を噛んで見返した。

「いいよ」

 キミヨは「ホーキー」を左鎖骨下の「コーザリティ・サークル」に差し入れた。

「わたしはミリカを守りたい。あなたはブラックスターを守りたい。シンプルな話ね」
「同意。ただし……」

 と、インカローズはキミヨを値踏みするような目で見やる。

「五分」
「え?」
「これからの『狩り』に要する時間」

 言葉だけのはったりではない。それだけの力がインカローズにはあるのだろう。

 だけど、とキミヨは手にしたハンマーを地面に降り下ろす。こっちも、引くわけには行かないのだ。

「重くなれ!」

 ハンマーを中心に黄色い光が丸く広がる。光がインカローズの足をかすめると、彼女は再び膝をついた。

「再度の重量の増加を確認……」

 腕が触れたり、ハンマーで殴ったりした相手を「重くする」のがキミヨの気質、「積もる地層」の効果だった。

 だが、さっきスミレから琥珀を受け取ったからだろうか、その力は急速に強化され、今や触れずとも対象を「重く」することすらできるようになっていた。

「もらった!」

 キミヨはハンマーを振り上げ、重さに崩れたインカローズに殴りかかる。

 ハンマーが迫る中でも、インカローズは冷静だった。直撃するその瞬間、彼女の姿は炎に包まれた。

「え!?」

 炎をすり抜け、ハンマーはむなしく地面を叩いた。インカローズの姿がない。

 消えた? キミヨはその手に握っているかのように、「重くした」範囲を知覚している。その範囲から、インカローズの存在が消えていたのだ。

 空振ったハンマーをすり抜けて、炎は生き物のように動いてキミヨに襲いかかってきた。

「うわっ!?」

 大きく後ずさって逃れると、炎は着地してインカローズの姿に変わった。

「炎をまとって突進する能力ってこと……?」

 キミヨの推測に、インカローズは首を横に振った。

「訂正。わたし自身が炎と化す気質」

 言葉と同時にマントをはためかせると、その全身が炎に変わった。

 あのマントが武器ってわけか。炎はたちまちキミヨの周りを取り囲んだ。

「くっ、重くなれ……!」

 再び黄色い光を放つが、手応えがない。

「どうして……!?」
「人間は一般に、炎の重量を計測不可能。故に無効」

 そういうことか。キミヨは目を見開く。この「重くする」は、キミヨ自身がそもそも重量を認識できないものは、重くすることができないのである。

 まずい。これは相性最悪かもしれない。

 それでも戦い始めてしまったのは仕方ない。範囲を狭めてくる炎を、キミヨはハンマーを振り回して追い払おうとするが、手応えがない。ハンマーの巻き起こす風圧で、炎が迫る速度は鈍っているが、正に焼け石に水、じわじわと狭まってきている。

 熱い! 炎が遂にキミヨの爪先を焦がした。

 キミヨは必死にハンマーを振るう。だが、その柄を握る手にまで炎が達した。

 このままじゃ焼かれる……! キミヨがそう思った時、急に炎が引いた。

「ちっ」

 炎が集まって、舌打ちと共にインカローズの姿に戻る。

 おかしい。もう少しだったのに、どうして……?

 違和感を抱えるキミヨから考える暇を奪おうとするように、人の姿のままインカローズが襲いかかってきた。

 こちらは大して早い動きではない。身をかわしたキミヨの肌に、灼熱したインカローズの指がかすめる。

「ッ!?」

 かすっただけなのに、とんでもない熱だ。飛び退いたキミヨに、インカローズは再びその身を炎に変えて躍りかかってくる。円を狭めるのではなく、今度は直接体当たりをしてきた。

「うあぁっ……!?」

 炎が足に、腰に、腕に、まとわりつくように燃え盛る。脛とブーツの間に、肩と胸の装甲の隙間に忍び込んでくる。

「お……重くな、れぇ!」

 炙られながらも、キミヨは自分の体を重くした。運動公園の地面が陥没し、キミヨは炎もろとも土の中に埋まる。

「……深追いは危険と判断」

 インカローズは穴の隙間から地上へ逃げ出し、人の姿に戻った。

 一方、キミヨは土の中からインカローズの様子をうかがいながら、「重くする」力を使って穴を塹壕のように整えた。蟻地獄のように穴の端から土がこぼれる。周囲には重くなる範囲を張っていた。炎には通用しないが、一応の備えだった。

 インカローズは仕掛けてこない。塹壕から離れたまま、出方をうかがうようにこちらをにらんでいる。

 膠着は長くなりそうだった。咄嗟の判断だったが、地下に逃げたのは正解だった。その分、考える時間ができたのだから。

 塹壕の中で、キミヨは考える。

 穴の中へ来るのを嫌がっているのは、土で炎が消えることを恐れているから? 本当にそれだけだろうか。

 それ以上に、最初の攻撃を一度止めてしまったのは何故? その後、炎になる攻撃でなく、人のまま襲ってきたのは?

「そうか……」

 ここまでの攻防を総合して、キミヨはインカローズの能力、その秘密に気付いた。

「炎になってられるのには、時間制限があるのね。しかも、もう一回炎になるにはインターバルを置かなきゃならない。水泳の息継ぎみたいに……。どう? 当たってるでしょ」

 キミヨの指摘に、インカローズは深く長い息をついた。

 彼女が顔を上げた時、ピシリと何かにひびが入り割れるような気配がした。

「まったく……まったくもって、不快だ」

 インカローズはこの戦いで初めて、表情を歪めた。奥歯を噛みしめ、見開かれた爛々と光る紅い目が、穴の底のキミヨを射抜く。

「……ッッ!?」

 熱で刺されたかのようだ。思わずキミヨは二の腕を抱いた。

「わたしは緊急の要件を抱え……抱き……いや、抱、ほう……」

 ああああああっ、と出し抜けにインカローズは叫んだ。いや、ほとんどそれは獣の吠え声だった。フードをまくり上げ、頭をかきむしる。髪が火の粉になって抜け落ちた。

「かゆい……。せっかく変えたのに、まだ熱い、かゆい……!」

 頬を上気させたインカローズは、自分の顔に爪を立てた。ばりばりと、音を立てるかのようで、見ているキミヨも痛くなるような猛烈な勢いだ。

「イラつかせるな、このわたしを……。それがどれだけの熱になって、わたしを苛んでいるか、分かるか? 分からせてやろうか!?」

 顔の爪痕から、皮膚片が火の粉となって舞い落ちる。その口からほとばしるのは、熟語を多用する固さも、冷静さもかなぐり捨てたむき出しの感情だった。

「そうだ! 分からせてやる! 貴様の事情など知ったことか! 分からせて、殺してやる! わたしの熱をすべて、すべてぇっ!」

 インカローズの体が光に包まれ、その姿が変わる。

 マントは深紅を基調としたローブとなり、その全身を覆った。目深にかぶったフードの奥から、爛々とした紅い目がのぞく。乾いた荒野に庵を結ぶ、魔術師のような印象であった。

 まずい、「最終深点」っていうヤツか。キミヨは穴の中でうめいた。感知の力を持たない彼女にも、その力の膨れ上がりはひしひしと感じられる。

 それ以上に、インカローズのこの豹変。冷静さを失くして付けこむ隙ができたというよりかは……。

「燃えろ、燃えろ……! すべて熱あるものとなり、炎で体をかき破れ……!」

 フードの奥、まとった衣装よりも尚赤い瞳が光る。同時に、その身は人型の炎と化す。自分の喉から胸や腹へと強く爪を立てて往復させ、火の粉を散らしながら高く高く燃え上がり、公園の時計よりも高い炎の巨人になった。

「これは……!」
「逃がすものか!」

 穴から抜け出そうとしたキミヨの胴を、炎の手の平がはっしとつかむ。そのまま燃え盛る自らの体でキミヨを包み込む。

「このままさっさと焼き捨てる……!」
「うぅああぁ!?」

 叫び声まで灰になるかのような炎にキミヨの体が包み込まれていく。

「燃え尽きろ、燃え尽きろ。わたしをイラ立たせるものはすべて……! お前の次は、葉山ミリカだ……!」

 炎の巨人となったインカローズは、夜空をも焦がそうとするかのように、その身を烈しく噴き上がらせた。
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