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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十七]狩りの時間

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17-3

「あなたに石を投げるのは、罪なきわたくしだけですから」
 

 水島ランが竜巻を目にしたのは、鱶ヶ渕の駅舎を挟んでちょうど反対側、北側の広場でのことだった。

 駅前にある待ち合わせスポット、特徴的な像の近く、花壇の縁石に途方に暮れたように座り込んでいたランは、すべてを空へと巻き上げるかのような巨大竜巻に驚き、思わず立ち上がっていた。

 何よ、今の!? 周囲を行き交う人を見回すと、一旦は足を止めて南側を見上げたり、悲鳴やざわめきが上がったりしたものの、すぐに竜巻などなかったかのように歩き出していた。

 時計を確認すると、午後9時8分。「狩り」の開始時間は過ぎている。もしかして……とランは思い当たった。

 ミリカが戦っているのだろうか。さっきインカローズから加えられた熱の痛みを思い出し、ランは顔をしかめる。

 せっかくウソついてやったのに、何見つかってんのよ、あいつ……。トロいのもいい加減にしろよ。

 加勢してやるか? いや、そんな義理はもうない。ウソついてやったんだし。大体「狩り」が始まっているのなら、あたしだって危ない。とにかくここから離れないと。ランは竜巻の見えた駅舎の方に背を向けて、駆け出そうとした。

 だが。

「うわっぷ……!?」

 真後ろに立っていた長身の女にぶつかりそうになった。転びはしなかったが、よろめいた上に、間抜けな声を上げてしまった。

 何だこいつ、こんなとこに突っ立って。内心で悪態をついて相手を見上げる。こちらを見返す穏やかな顔には見覚えがあるような……。

「あら、あなたはここのサファイアさん?」

 ごきげんよう、と彼女がスカートをつまんで頭を下げた時には、ランは逃げ出していた。

 サファイアとか言い出すって、こいつ絶対「カオスブリンガー」じゃん! 炎の地味女と、風のイッてるヤツと、今のこいつでサシで遭うの三人目! 何であたしばっかこんな目に遭うんだ!

「あらあら、どこへ行かれるのですか?」

 声がしたかと思うと、その「三人目」が、ランの目の前に着地した。後ろからランの頭上を跳び越したのだろう。

「ぎゃあ!?」
「サファイアさん、あなたを指名した方はおられませんから、わたくし――ラピスラズリがお掃除をさせていただきますね」

 ラピスラズリを名乗った彼女は、あくまでにこやかにそう告げた。

 こいつは……。ランは内心で推し測る。強さを、ではない。相手のキャラクターを、だ。

 クラス内のカースト競争で培ってきた感覚で言えば、こういうニコニコしたのは大体二パターン。本当に人畜無害なパターンAと、笑顔の奥に腹黒さなり心の闇なりを抱えているパターンBだ。

 Aなら見逃してくれるかもしれないが、Bだと……。

「安らかに、あなたの地獄へご案内いたしますわ」

 パターンB確定。そりゃそうよねー、とランは泣きたくなった。

「それでは、『狩り』を始めましょう。ここを通るものは一切の希望を捨てよ……」

 そう宣言するかのようにして、ラピスラズリは青い宝石の「ホーキー」を、両手首の「コーザリティ・サークル」に差し入れて変身する。

 こんな人前で変身するなんて! 午後9時の駅前には、まだ多くの人通りがある。姿を変えたラピスラズリに、視線が集まる。

「『狩り』はもう、始まっていますよ。早く『ホーキー』をお使いなさい」

 でないと……とラピスラズリは手にした二丁のライフルを模した水鉄砲の内、片方をランの足元に放った。

 飛び出した液体は駅前広場の石畳を溶かし、白い煙を上げる。

「変身する間もなく、死んでしまいますわよ?」

 嫌だけど、やるしかない……! 今逃げても背中から溶かされるだけだ。

 周りの視線を気にしながらも、ランは「ホーキー」を額に浮かんだ「コーザリティ・サークル」へ差し入れた。

 周囲のどよめきに、ランは死にたい気分になる。とは言え、目の前のラピスラズリに溶かされるのもごめんだが。

 ランが周囲を気にしているのを見て、ラピスラズリ肩をすくめる。

「周りを気にされているようですが、恐れることはありませんわ。あなたに石を投げるのは、罪なきわたくしだけですから」

 言い終えるが早いか、ラピスラズリは右手の水鉄砲から溶解液を発射する。

「ひあっ!?」

 左肩を貫かれ、ランは膝をついた。

「ささ、もう一つ」

 ラピスラズリは左の水鉄砲の引き金を弾く。

 次弾は左肩を押さえたランの右手の平を貫いた。

 熱く染みるような感覚に右手を見て、ランは大きな声を上げた。

「い、いやあぁあぁぁ!?」

 ランの右手首から先が、溶け落ちてなくなっていたのである。雫が滴り、地面に落ちる。

 更に、ごとりと何かが落ちた。

 左腕だ。肩を溶かされて、胴体から脱落したのだ。

 野次馬たちにもそれが見えたのだろう。どよめきと悲鳴を巻き起こしながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。

「あら、みなさんまるで世の終わりかのように逃げ出してしまいましたわね」

 涼しい顔のラピスラズリは、地べたに這いつくばるランを見下ろす。

「腕が……腕が……!」

 青い顔でランは、手首から先がなくなった右腕で、落ちた左腕を拾い上げようとする。錯乱したように繰り返す様子に、ラピスラズリは呆れたように首を横に振った。

「あまりにこれは、歯応えがなさすぎますわね」

 ゆったりとランに近付き、その顎を無造作に蹴り上げた。

「ぎゃっ!?」

 仰向けに転がって、ランは我に返った。

「塩に塩味がなければ、何で味をつけられようか」

 嘆かわしい、と言わんばかりの口調で、ラピスラズリは続ける。

「ブラックスターさんが言う通り、あなたは戦う気構えすらなかったようですわね」

 恐怖を煽るように、ラピスラズリはゆっくりと近付いてくる。

「やだ! やだ! こないで!」
「あらあら、往生際が悪い方ですこと」

 困った子、とラピスラズリは銃を下げた。

「これでは『狩り』とも言えませんわね」

 もしかして、見逃してもらえるかもしれない……? ランはそんな淡い期待を抱くが、次の一言で泡となって消えた。

「せめて苦しみを地獄へのお土産に持たせてあげましょう」

 殺されることに変わりはないらしい。酷薄な現実に体は震え、涙がボロボロこぼれてくる。

「苦しいのはお嫌ですか? ならば、何かひとつ抵抗をみせてみなさい」

 さあ、とラピスラズリは両腕を広げて見せた。

 無防備だ。今だ、とランは背中を向けて逃げようとする。

「逃げる以外で、ですわ」

 ラピスラズリはその背中を踏みつけた。

「かの預言者ヨナも、逃げてばかりではなかったのですわよ」

 誰だよ、そんなヤツ知るかよ。再び蹴り転がされ、仰向けになったランは、涙目でラピスラズリを見上げる。

「さあ、やってみなさい。もしかしたらわたくしを殺すこともできるかもしれませんわ」

 自分が死ぬことは怖くない。ランにはそう言っているように聞こえた。

 飲み下せない感覚だ。狂ってる。だから簡単に人も殺せるのか。

「天の声に耳を傾けなさい。きっと、今あなたのすべきことが分かるはず」

 妙に優しい声音だった。そのお陰か少しだけ落ち着いた。

 ランは、溶かされてなくなった右手を見つめた。左腕は落ちて遠くに転がっている。これじゃ、剣も手に取れないのに……。

 手首の先から、水が滴り落ちている。

 水。そうか、溶かして水にしてしまうのか。

 だったら、もしかしたら――。

 ランは顔を上げた。ラピスラズリは微笑んでこちらを見ている。

 余裕をかましてられるのも、今の内だ!

「やあっ!」

 右手首の先、滴り落ちる水滴を、ランは刃に変え、斬りかかった。

 不意をつけた、これなら……!

「……おやおや」
「ウソ!?」

 ラピスラズリは簡単に身をかわし、変わらぬ笑みを浮かべている。

「よい発想でしたが、残念ながらそれは想定していましたわ、サファイアさん」

 こっちの能力に、目星をつけていたのだろうか。そんなズルくさい……!

「さあ、どんどん攻撃なさい。罪深き子よ」

 何なんだ、さっきからこの上から目線は。まるでこいつが天に認められた人間、勝者であるかのようで、イライラする。

「それとも、こちらから参りましょうか?」

 再び水鉄砲を持ち上げ、溶解液を放ってくる。

 ランは大気中の水分を集めて剣を作り、溶解液にぶつけて相殺した。

「うふふふ、そうでなくては」

 ラピスラズリは楽しげに溶解液を撃ち出してくる。

 全然こっちは楽しくないし! ランは水分を今度は左肩に集中させ、巨大な剣を作り出す。

「やあぁぁっ!」

 大剣を盾代わりにして溶解液を防ぎ接近すると、右手の剣で斬りつけた。

 あらあら、とラピスラズリは当たり前のように刃を避けた。

「左の荷物で、速度が死んでらしてよ」

 ラピスラズリの言う通り、ランの体は重さで左に引っ張られている。

「バランスが悪いでしょう」

 今、楽にして差し上げますわ。ラピスラズリの繰り出した前蹴りで、ランは尻餅をついた。

「もっと得意な攻撃がおありでしょう」

 うるさい。ホント気に入らない上から目線だ。ランは、左の大剣を水分に戻す。

「行けっ!」

 大剣をから戻した水分を改めてサーベルに変え、ラピスラズリに向けて射出した。

「とはいえ、一辺倒ですのね」

 ラピスラズリは後ろに飛び退きながら両手の水鉄砲を発射、飛来するサーベルを的確に撃ち抜いていく。

「うぅっ……」

 ダメだ、勝てない。文字通りレベルが違いすぎる。大体、これ以外の攻撃なんて、あたし知らないし……。

 尻餅をついたまま立ち上がらないランを見て、ラピスラズリは首をかしげる。

「あら、もうおしまいですの?」

 残念ですわね、と両手を下ろした。

「ならば末期の祈りを」

 言葉と同時に、両手の水鉄砲が、ラピスラズリの中へ溶けるように消えた。

 武器をしまった? もしかして助かる? などとあり得ない望みにすがるランをよそに、ラピスラズリは右手を掲げた。

「『主はソドムとゴモラの上に天から』……」

 朗々と、ラピスラズリは声を響かせる。

「『主のもとから硫黄の火を降らせ』……」

 ランは背筋がぞわりとした。何このヤバい気配!? 空を見上げると、この駅前広場の真上にだけ、黒い雲が立ち込めている。

 何が起こるのかは分からない。だけど、あの雲が悪いものだというのは分かる。

「う、うわあぁぁあぁっ!?」

 転がるように逃げ出したランの背に、鋭い痛みが走る。これは……上から!?

「聖なる流れに抱かれて、地獄へ行きなさい」

 空の雲から降ってきたのは、溶解液の雨だった。

「あぁああぁあぁっ!?」

 一粒、二粒、やがて小雨から本降りとなり、最後は車軸を流すような勢いに変わって、溶解液は広場の石畳ごとランを溶かしていく。

「『ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった』……といったところでしょうか」

 ランのいたところから上がる白い煙を見て、ラピスラズリはそう独り言ちた。
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