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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十七]狩りの時間

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17-1

「あたしは太陽だ! 誰にも地面に引きずりおろされない絶対の存在さ!」
 

 午後九時、「狩り」の開始が予告された時刻。鱶ヶ渕中学の上空に、光の線が丸い図形を描く。直径二メートルほどの「コーザリティ・サークル」は、鍵をひねるかのように回転すると、空に同じ大きさの穴を開けた。

 白く輝く穴の向こう側から中学の屋上へ、人影がゆっくりと降り立つ。人影は長い髪をかきあげると、周囲を油断なく見回した。

『やあ、すまないね』

 それを迎えるように、パサラが姿を現す。

『尻拭いのような真似をさせることになってしまって』

「構わない」

 人影は淡々と応じ、能面のように無表情な顔をパサラに向けた。

「ブラックスターと本気でやり合えるかもしれないチャンスでもあるし」

 それに――とパサラから目を外し、屋上から見える鱶ヶ渕の街並みを見渡した。

「久しぶりの顔もあるようだ」

 その口調と視線は、まるでこの街のどこかに生き別れの探し人がいるかのようだった。



 タイガーアイが去ってからも、アキナは彼女と話した児童公園にとどまっていた。

 狭い公園だが、戦うなら家の中よりもこちらの方がいいと考えたのである。

 備え付けられた時計を確認すると、既に午後九時は回っている。

 あのペリドットとかいうの、焦らしているつもりか? それとも、家の方を訪ねているのだろうか。アキナは、宿命があると言われても未だにピンと来ていない相手のことを思った。

 空手の試合で一度だけ戦った相手なんて、顔を覚えているわけがない。大体、試合中は面を付けている。それが剣道ほど見えにくいものではないにせよ、だ。

 大体、本名は何だよ。

 シイナもタイガーアイなんて名乗り、呼び合っていた。「カオスブリンガー」は人間としての名前は捨ててしまったということだろうか。

 だとしても、本名の方を名乗らずに「思い出せ! 忘れたのか!」は勝手が過ぎる。

 そんなことを考えていると、公園に向かって歩いてくる人影が目に留まる。やっと来たか、とアキナはもたれていた滑り台から身を起こした。

「やっと見つけた、漆間アキナ!」

 公園に足を踏み入れるなり、その人影――ペリドットはアキナを指差してがなる。

「やっぱりお前が来たか」

 シイナに聞いた通りだ、という意味でアキナは言ったのだが、ペリドットはどう取ったのか、少し顔が明るくなる。

「ふん、思い出したようだね」

 妙にうれしそうだ。だがアキナは、変身前の黒髪のペリドットを見てもピンとこない。

「いや……思い出してはないが」

 正直なことを述べると、ペリドットはたちまち怒気を帯びた表情になる。

「漆間ァ! お前、ふざけるなよ……!」

 いや、ふざけてはないんだが。さすがにアキナも、それを口に出すことはしなかった。

「このあたしを、竹原ヒカリを忘れたって言うの!?」

 やっと本名が出てきた。そしてそれを聞いて、ようやくアキナも得心する。

「ああ! K県の!」

 二年前、アキナが小学六年生の時に対戦した相手だ。同じ流派の二つ年上で、向こうもまた「天才女子中学生」なんて呼ばれていたっけ。

 最近は流派の集まりにも顔を見せないし、噂もとんと聞かないから、高校生になって空手をやめたのだとアキナは思っていた。それがまさか「ディストキーパー」になっているとは。

「ペリカンとか名乗ってるから、まったく分からなかった」
「ペリドットだよ! ペリしか合ってないし!」

 怒鳴り返すが、顔の紅潮は和らいだように見える。

「何か髪も緑だったし」
「そりゃ変身してたからね」
「長くなってるし」
「そりゃ空手やめたからね」
「やっぱりやめてたのか。もったいない、強かったのに」

 強かった、というアキナの評価にペリドットの顔が明るくなったように見えた。だが、それはすぐに、続く言葉にかき消されることになる。

「小学生の時のあたしが手こずるぐらいには」

 ぎりり、とペリドットが奥歯をかみしめる音が聞こえた気がした。

「いちいち、カンにさわるヤツだよ、あんたは……!」

 強い殺気を感じ、アキナは身構える。その時、住宅街の南、鱶ヶ渕の駅の方で大きな竜巻が上がった。

 あの竜巻は、ミリカだろうか。一体誰と戦っているのか。不安と心配が一瞬頭をよぎったが、アキナはすぐに気を持ち直す。

 いや、ミリカの防御力なら簡単にはやられはしない。今はこちらを片付けるのが先決だ。

「ふーん、あっちの方でも始まったみたいだね」

 ペリドットは「ホーキー」を取り出した。薄闇の中で、彼女の右膝に「コーザリティ・サークル」が浮かんだのが見え、アキナも「ホーキー」を取り出した。

「あたしらも始めよう。ここで決着をつけてやる!」
「いや、決着はついてるだろ」

 左手の甲に浮かんだ「コーザリティ・サークル」に鍵を差し入れながら、アキナは続ける。

「お前の負けでさ」
「――ッッ!」

 声にならない唸りを上げて、ペリドットは変身し、蹴りをくりだしてくる。変身を完了したアキナはそれを防ぐ。

「!! 何だこれ……!?」

 蹴りはアキナの体に届かなかった。ペリドットは大きく飛び退き、距離を取る。

「あんたもかなりヤバい方みたいだね……」

 ペリドットは、自分の蹴りを阻んだそれを値踏みするような目で見た。

「ああ。ちょっとこいつは、あたしもコントロールできるかどうか、自信ないんだけどな」

 夜の闇に包まれた公園に紫色の炎が躍る。アキナの体を包んだそれは、不吉な色合いをもって燃え上がる。

 すまない、トウコ。アキナは心中で呟く。お前が封じてくれた力だけど、もう一回使う。

 でも安心しろ、こいつらは殺してもいいヤツだから。

 ペリドットの足刀蹴りをアキナは軽くいなし、拳を見舞う。辛うじて、といった様子でペリドットはそれをかわし、前蹴りで間合いを取る。

 だんだんと思い出してきた。攻防の中、アキナの脳裏に二年前の試合の記憶がよみがえってくる。竹原ヒカリは、バランス感覚に優れ足技を主体とした使い手だった。

 今は技が風の刃をまとったものになっているが、その点は紫の炎に包まれたアキナも変わらないだろう。つまり条件は五分だが……。

「あんた、弱くなったな」

 戦いの手を止めず、アキナはそう告げる。

「はあ?」
「技のキレは二年前の方がよかった。稽古をしていないからか?」
「このぉっ!」

 怒りに任せての上段後ろ回し蹴り。甘い仕掛けだ、とアキナはスウェーバックでかわし、一気に間合いを詰め正拳を叩き込んだ。

「がっ……!?」

 クリーンヒット。ペリドットは吹き飛び、滑り台に背中から叩きつけられた。

 アキナは構えを解かず、ゆっくりと起き上がってくるペリドットを見やる。

「こんなものか?」

 紫の炎はアキナの気を昂らせ、挑発的な言葉を紡がせる。

「……くっくっく」

 殴られたみぞおち辺りを押さえながら、ペリドットは笑い声を上げた。

「あー、痛い痛い。やってくれるよね……」

 何を笑っているのか。さすがのアキナも、少したじろいだ。ダメージがないわけではあるまいに。

「よーく分かったよ、あんたの実力ってのがさ……」
「何?」
「あたし、やっぱり敵わないみたいだね、あんたに……」

 戦意喪失ともとれる発言だが、その裏に潜んだ殺気をアキナは敏感に感じ取っていた。

「空手じゃ、ね……!」

 ペリドットの体が、アキナの顔の高さ程までに、ふわりと浮き上がる。風の力か、と身構えたアキナに、正に疾風のごとくペリドットは間合いを詰めた。

「邪ァッ!!」

 空中の高い位置から放たれた蹴りは、アキナの防御を踏み抜いた。

「ぐっ!?」

 アキナも反撃に出るが、正拳の一撃はふわりとかわされた。ペリドットはアキナの頭を飛び越えて後ろを易々ととり、頭めがけて回し蹴りを繰り出す。

「……くそっ!」

 何とか振り向いて防御するが、その一撃の重さにアキナは舌を巻いた。

 ふわふわと飛び回っているように見えるが、しっかり地に足が着いたような蹴りだ。

「こんな空中攻撃、されたことないだろ……?」

 着地することなく、ペリドットはアキナの周りを飛び回って蹴りを見舞ってくる。目まぐるしい攻撃に、アキナは防戦一方に押しこめられていく。

「これが実戦! 本当の戦いさ! 真に強さが分かるのは、空手の試合なんかじゃないんだよ、漆間ァ!」
「調子に……」

 アキナは身を縮めるようにとっていた防御の体勢から、一気に腕を大きく広げた。

「乗るなあ!」

 同時に紫の炎が大きく噴出し、ペリドットを弾き飛ばした。

「はっ、粘るね」

 空中から地に落ちることもなく、ペリドットは姿勢を整えた。あまり効いていないようだが、一旦引きはがすことはできた。

 こういうのは流儀じゃないが、とアキナはその手の平をペリドットに向ける。四の五の言ってられないようだ、つぶやいて手の平に紫色の火球を作り出した。

「へえ、そういうのも一応あるんだ……」
「食らえ!」

 人の身長ほどの直径の火球は、真っ直ぐにペリドットへ向かっていく。

「でも……甘い!」

 大きな炎の塊に臆さず、ペリドットは足から風の刃を放った。

「な……!?」

 風の刃は火球を簡単に斬り裂いた。思わず立ち尽くしたアキナに直撃した。全身を冷たい痛みが貫く。

「がぁあっ!」

 真っ二つになったかと思ったが、炎が防いでくれたのか、一応まだ体はくっついている。前のめりに倒れたアキナには、それ以上のことが分からない。力が入らず、目がかすむ。立ち上がることができなかった。

 その背中に重たいものが押しつけられた。ペリドットの足だった。

「いい眺めだよ、漆間アキナ……」

 勝ち誇ったペリドットの声が降ってくる。さっきのように紫の炎を噴き上げようとしたが、うまくいかない。炎は倒れた時に消えてしまっていた。

「空手のルールの内じゃ天才でも、本当に強いのはあたしだったみたいだね」

 殊更に靴底を押しつけ、ペリドットは力を加えてくる。

「このままやっても、あたしの勝ちだけど」

 顎を蹴り上げられ、アキナは紙のようにひっくり返された。頭がくらくらする。こちらを見下すペリドットが、揺らめいていた。

「あんたは一応、あの漆間アキナだから、大事はとらせてもらうよ。ブラスみたいに、あたしはまだまだ勿体ぶる必要ないからね」

 ペリドットを中心に、風が巻き起こり、それが晴れると彼女の姿が変わっていた。

 特徴的な大きなブーツは更に装飾が増え、一層力強く禍々しい印象を与える。上半身はほとんど水着のような露出度となり、二の腕には翼を模した装甲が追加された。

「これがあたしの『最終深点』。どう? なかなかでしょ?」

 「最終深点」か。その言葉を聞いて、アキナは内心歯噛みする。自分もそれになれていれば、こんなことには……。

 いや、なるためにオリエが琥珀をくれたというのに。「万が一の時、対抗できるのはあなただけ」とまで言っていたのに。その期待にも応えられないなんて。

「あんたってさ、『最終深点』にもなれないみたいだし、『ディストキーパー』の才能、ないんじゃないの?」

 ペリドットのせせら笑いが、アキナの耳奥を引っかいた。悔しくとも、今のアキナは拳一つ握れないのだ。

「知ってる? ペリドットってね、太陽の石って意味なんだよ」

 言い終わるや否や、ペリドットは強く地面を蹴って跳び上がった。

「そう! あたしは太陽だ! 誰にも地面に引きずりおろされない絶対の存在さ!」

 大きく両腕を広げ、夜の空にペリドットは叫ぶ。

「弱者は地べたに這いつくばって……」

 ペリドットの両足をつむじ風が取り巻いた。それはドリルのように回転し、尖っていく。

「あたしにひれ伏せ!」

 螺旋を描く風をまとった飛び蹴りが、アキナへと迫る――。
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