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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

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居場所

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 中学二年生になって少ししたころから、わたしはクラスのイケニエに選ばれました。

 今までも、キーホルダーを取られたり、とても日記に書けないようなことをされたりと、その兆候はありました。

 その兆候の段階で、既にわたしの心の中は傷だらけでしたが、そんなものはかすり傷でしかなく、割れそうになるぐらい強く傷つけられ始めたのは中学二年生になってからです。

 少しだけいた、わたしと口をきいてくれていた人たちは、ある日突然申し合わせたように、物言わぬ人形へと変わりました。

 いえ、人形はわたしの方でしょう。砂場に顔から突っ込まれたり、髪の毛を抜かれたり、トイレに忘れられたり、服を着せられずにうっちゃっておかれたり……。挙げ句、手足をもがれたりするのですから。

 そういう玩具に、わたしがなったから。誰も話しかけてくれないのでしょう。

 わたしを無視しないのは、玩具の持ち主たちでした。×××××とその取り巻き、そしてその二人のもう一つの玩具、少しばかり高級なお人形である水島ランでした。

 玩具の持ち物は、玩具の持ち主のものでした。

 お弁当を捨てられ、教科書を隠され、かわりに入っていたのは、土と虫の死骸でした。

 トイレと校舎裏は、持ち主たちの楽しい遊び場でした。

 わたしは転がされて、土まみれになりました。水を被せられて、ずぶ濡れになりました。

 あるいは恥ずかしい真似をさせられたり、その写真を撮られたりしました。あの残酷な真似の前振りは、既にこの段階からされていたのです。持ち主たちは、素晴らしい脚本家で、わたしはその手の中で転がされ続けていたのです。

 ほとんど日常茶飯事となっていた殴る蹴るは、大抵もう一つの玩具からでした。たまに持ち主からもありましたが、指示がなくともわたしを痛めつけるために作られたロボットのようだった水島ランから受けたその回数は、群を抜いていました。

 思えば、水島ランも必死でした。何度もわたしを踏みつけていましたし、これはあの人が「自分はお前より上だ」と主張したいがための行動だったのでしょう。

 持ち主たちは、そんな操り人形の所作を、滑稽だと笑っていたようでしたが。

 ともあれ、わたしはあれから、誰かが自分の顔より上の高さに手を挙げると、ビクりとなってしまいます。そういうビクつきは、あの人たちのいいエサ、玩具の反応なので、封じ込めて何もなかったように振舞うべきなのですが、深く刻まれてしまった防衛本能はそういう理性のようなものより強く、今もまだ大きな声や高く掲げられた手に恐怖を覚えるのです。

 わたしが担任の先生にようやく相談できたのは、二学期に入ってからでした。

 夏休みがとりわけ辛いものだったことが、わたしにそれを決心させたのです。

 あの人たちはあの人たちの遊びで忙しいようで、呼び出されたりはなかったのですが、夏休みが減っていくことはつまり地獄へ呼び戻されるカウントダウンと同じことだったので、例年よりも追い立てられるような気分でした。

 担任はノムラ先生という女の人でした。すっかりおばさんの、社会の先生でした。

 クラスから好かれているのか、そうでもないのか、よく分かりませんでした。あまりクラスのことに関心がないのだろうと、わたしは思っていました。

 始業式の日から一週間、さんざん悩んで、だけど二学期も一学期と変わらないことを思い知らされたので、わたしは打ち明けることにしました。

 職員室を訪ね「相談したいことがあって」とおずおず口にしたわたしを、先生は奥の面談室に招きました。

「うんうん、そうなの……辛かったわね」

 ひとつひとつにうなずきながら、先生はわたしの頭を撫でてくれました。それこそ、わたしにつられて泣きそうになりながら。

「分かったわ。先生、きっとあなたのことを助けてあげる。だから、今日はもう……ね?」

 助けてあげる。わたしはこの言葉を信じて、面談室を出ました。

 その翌々日に、あのことが起きました。

 わたしが「ディストキーパー」になった、あの出来事です。

 ノムラ先生は、一体あの人たちにどう話したのでしょうか。

 ×××××の取り巻きは、「ノムラはあたしらの味方」と言いました。

 この味方とは、どういう意味での言葉なのでしょう。あの人たちを消した後も、わたしは時々その意味を考えます。

 単に「葉山さんからこんな相談があった」とノムラ先生が明かしただけなら、「味方」という言葉は出てこないのではないでしょうか。もちろん、「お前に味方なんていない」という脅しのための言葉かもしれませんが。

 あるいは、「クラスの安定のためなら葉山さんを犠牲にしても構わない」とでも言ったのでしょうか。

 「安定のため」だなんて、ほとんどパサラみたいな物言いで、まず正解じゃないでしょう。しかし、「ディストキーパー」として戦っていると、そんな風なことを考える誰かがいてもおかしくないとも思えてくるのです。

 例えば、×××××の兄は札付きの不良で、その妹であるあの人もまた、それに負けないくらいの問題児です。玩具を一つ与えておけばおとなしくなるのなら、そうしない手はなかったでしょう。

 大きな「インガ」の流れの中で、小さな人間はみんな、どこかでその安定のためのイケニエになる可能性を持っています。

 その考えにのっとるなら、わたしはクラスの他の人たちが平和であるためのイケニエです。

 あの二年三組という小さな世界で、わたしの居場所はそれしかなかったのです。それは「インガ」に介入できる人――担任の先生からもお墨付きをもらった場所です。とは言え、特に誇らしい役割でもなければ、やりがいのある仕事というわけでもありませんが。

 ただ、わたしはもっと大きな枠組みから、新たな居場所をもらいました。

 取り返しのつかない代償を支払って「ディストキーパー」になったことが、いいことなのか悪いことなのか、わたしには分かりませんが、それでも「ディストキーパー」という役割を負うことで居場所を得られたことは事実です。

 そして今はそれすらも壊し、「砂漠の怪物」となりました。「インガ」からも切り離され、完全に一人の場所に座り込んでいます。

 何十万もの人の居場所を滅ぼし、ただ一人でいたあの砂漠は、なんと背徳的でひりひりした空間でしょう。

 ディアマンティナ・エーヴィヒカイトは、わたしをそこから引き上げて、「価値がある」と言いました。

 わたしに別の居場所を与えようと、やり直しの問題に投げ入れて「よくやっていた」なんておだてます。

 だけど、それが何だというのでしょう。

 価値も意味も、誰かに与えられるものではなく、自分が自分に「それが居場所なのだ」と言い聞かせるためのものではないでしょうか。わたし自身が信じられなければ、そんな場所など役に立たないのです。

 誰かに勝つのが意味。

 誰かに愛されるのが価値。

 誰かを守るのが意味。

 誰かより抜きん出るのが価値。

 誰かを裁くのが意味。

 誰かに尽くすのが価値。

 あるいは、誰かの犠牲になるのが価値で、意味。

 わたしには、何もありません。価値も意味も、街と一緒に滅ぼしてしまいましたから。もしかしたら、最初からそんなもの、なかったのかもしれません。

 それでも、この世界で居場所を得るなら。ぶつけ合わなくてはならない。ぶつけて、戦わなくてはならない。お仕着せの場所でなく、自分の居場所を得るならば。

 そう、わたしは戦わなくてはならなかった。一瞬たりとも、謝っておたおたしている暇などなかったのです。

 戦って、手に入れるべきだったのです。そうして、今までいた場所を片付けてから、新天地へ向かわねばならなかった。

 思えば、わたしの「最初の改変」は、本当のわたしの望みなんかではなかったのです。

 本当に消すべき相手が他にいた? 例えば、ノムラ先生? いえ、それもどうでしょう。先生や×××××をなかったことにするなら、「ディストキーパー」になってからでも遅くはないのですから。

 だから世界は、わたしが望んだ形をしていないのです。

 わたしの、居場所ではないのです。

 きっとわたしは、これからも彷徨うのでしょう。

 知恵も心も勇気もお供にできず、帰るべき場所もないのに。

 虹の彼方を探して。
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