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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十六]怪物の遭遇

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16-4

「お前は何者なんだ?」
 

 何枚の百円玉を投入したのでしょうか。わたしがこっそりと数えていたところでは三五枚でした。五百円入れると六回できるそうなので、実際には四二回もクレーンを動かしていたのでした。

「やっと取れたぜ」

 ほれ、とブラックスターは四二回目にしてやっと落とせた犬のぬいぐるみを、手渡してくれました。わしゃわしゃと毛の生えた、黒いテリアのぬいぐるみです。

 わたしはその犬をぎゅっと抱き寄せます。柔らかな毛が頬に触れて、温かい気持ちになりました。

「結構かかっちまったか」

 タイガーの金だしいいけど、と肩をすくめます。

「お前もうれしそうだしな」

 さらっととんでもないことを言われた気がします。

「ま、オレも割と下手くそだ、ってことだ」

 戦いのようにはいかないな、とブラックスターは笑いますが、そちらの方が普通は難しいものでしょう。

「……さて、そろそろ『狩り』の時間だな」

 フロアの隅にあった時計に目をやって、ブラックスターは視線を鋭くしました。黒い瞳が、一層深い色になったように思えました。

 わたしは更に強く、テリアのぬいぐるみを抱き寄せました。震えるその身を押さえつけるために。

 けれど、怯えはブラックスターに見つかっていました。

「おいおい、今更ビビってんのか?」

 わたしは一歩後ずさりました。ついさっきまで、そこのクレーンゲームを操作していた人とは、もう別の存在でした。

 ブラックスターは、わたしを食べようとする怪物で、今立っているこのクレーンゲームの間の細い通路は、その食道でした。

「お前、オレのこと何だと思ってたんだ? 近所の優しいお兄さんか? 違うだろ」

 さっきまではそんな気すらしていましが、もう断じて違う、人ですらない別のものでした。

「お前を『狩り』に来た敵だろが」

 敵。そう、それが厳然たる事実でした。わたしも始めはびくびくと恐れていたのに、いつの間にかそれが和らぎ、なくなっていました。

「デートはお前をここに引き止めるためのエサだ。別のやつに殺されたくなかったからな」

 それは自分の手で殺すという意味しかありませんでした。守ってやりたかったからとか、そんな甘くすがりつきたくなる幻想は、ブラックスターの前ではいとも簡単に粉々に砕け散るのでした。

 わたしはまた、後ろに下がりました。怪物の食道から逃れるために。けれど、ブラックスターはわたしが下がる分だけ追いかけてくるのでした。

「どうしてわたしが、って顔してんな。自覚がねえのか」

 本当はありました。だけど、それは悟られていないようでした。

 ブラックスターは、わたしが下がるよりも少しずつ多目に、こちらへ迫ってきます。

 細い通路を脱しても、わたしは怪物の喉奥から逃れられないようでした。いよいよ壁際に追い詰められて、言わば胃の方へ下らされていたのだと知りました。

「昼間戦った時、お前はオレの気質を貫く攻撃を一回だけ見せた」

 冷たい壁の感触が、背中からわたしの体に染み込んでくるようでした。

「それにお前を刺した時、感触が他の『ディストキーパー』と違った」

 ブラックスターはわたしの顔の真横、その辺りの壁に左手をつきました。

 そして顔を近づけて来ます。ツインテールの片方が、わたしの鼻先にかかって香りました。こんな状況でなければ、ドキドキするようなシチュエーションでした。

「お前は何者なんだ?」

 かつて、十和田ディアに見つめられた時を思い出しました。あの人はすべてを見通すような瞳でしたが、ブラックスターのそれは底の見えない暗黒でした。

 どっちにしろ恐ろしいことには変わりなく、わたしは犬の毛に顔をうずめるようにして背けました。

 するとブラックスターは、洋画なんかであるみたいに、わたしの顎をつまみ、無理矢理に顔を上げさせます。

「そのクセこの自信のない態度。お化けに怯えて眠れない幼稚園児みたいなビクつきようじゃねえか」

 今度はわたしの腕を取り、「来な」と引っ張りました。

 そのままゲームセンターの外に出て、路上でわたしを突き飛ばしました。

 よろめきながらも片手をついて、何とか転ばずに済みました。

 顔を伏し、目でブラックスターの様子をうかがうと、「ホーキー」を取り出していました。

「時間だぜ、ミリカ」

 午後九時。鱶ヶ渕駅の裏の繁華街はそれなりの人通りがあり、急に出てきて何やら揉めている雰囲気の二人の女子中学生――わたしたちに注がれる視線は、少なくありません。

 それでも、ブラックスターはお構いなしに、「狩り」を始めるつもりのようです。

「見せてみろよ、お前のすべてを」

 完全に――わたしはうつむいたまま、密かに目を閉じました――ディアの思惑通りになっています。

 あの人に、「エクサラント」にとって、わたしはおろかこのブラックスターでさえ、ゲーム盤の上のコマで。多少の違いや些末な抵抗はできたとしても、その思うままに戦わねばならないのです。

 オリエ先輩の気持ちが、少し分かった気がしました。こんな風にコントロールされているくらいなら、そのくせ何一つよくなっていかないのなら。いっそ世界を一度壊してやり直した方がいい。そう考えるのも、無理はなかったのでしょう。

 でも、できないのです。知恵も心も勇気も全部、確かでないわたしには。決められないわたしができるのは――わたしは立ち上がりました――ともかく今をどうにかしてやり過ごすことだけなのです。

 「ホーキー」を握りしめ、わたしはブラックスターに視線を向けました。顔より下、胸の辺りに、ですが。

 ブラックスターの腰の辺りに、「コーザリティ・サークル」が浮かびます。わたしの左足の付け根も、丸く熱を帯びました。

 わたしはもらい物の黒いスカートをふわりとはためかせて、ぬいぐるみを抱えたまま、鍵穴に鍵を差し込みました。

「一発目は打たせてやる」

 ブラックスターは変身するなりそう言いました。

 「何あれ?」「撮影?」「コスプレ?」などと囁き交わす声や、ケータイのフラッシュなどが周囲からこちらへ投げつけられてきます。

 わたしは大きな風を集めて、解き放ちました。

 めくらましの巨大竜巻、もちろん「滅びの風」ではないので、ブラックスターには通じません。

 しかし、野次馬の人たちには効果がありました。ケータイやバッグ、帽子などの持ち物を吹き飛ばされて、悲鳴や怒号が風の音に乗って聞こえます。

 その隙に、とわたしは靴のかかとを三度鳴らして、近くの一番高いマンションの屋上へ飛びました。

 ともかく、場所を変える必要がありました。あんなに人がいるところでは戦えません。

 被害を気にしたわけではなく、単純に注目されるのが好きではないからでしたが。

 屋上には、階下へ降りる階段への出入り口がありました。

 ここから「インガの裏側」へ行こうか、と考えて、その前にやっておかねばならないことに気付きました。

 右腕に抱いた犬のぬいぐるみ。このままでは戦えません。

 わたしは階段のドアの鍵に「ホーキー」を直接差して開きました。灰色の世界でなく、現実の暗闇が広がっています。

(お前、どれがほしい?)

 わたしは頭を振って、ブラックスターの優しい声を追い払いました。

 決められないわたしですが、これは選んで、決められたのでした。本当に小さく、意味なんてないことかもしれないけれど、それでも……。

 わたしは暗闇の中に、ふわふわのテリアを入れて閉めました。

 すぐに鉄のドアに「ホーキー」をかざします。今度は「コーザリティ・サークル」を開いて、「インガの裏側」へ行くのです。

 誰もいない場所というのなら、それが一番確実ですから。

 色彩の失せた階段から、もう一度わたしはドアを開いて屋上へ出ました。

 無機質な鉛色の景色の中に、黒い人影がぽつんと立っていました。

 ブラックスターです。どうやったのか、先回りされていました。

「よう、来たなミリカ」

 警戒して、ドアの陰から恐る恐る顔をのぞかせていたのに、ブラックスターはやすやすとわたしに気付きました。

「お前、目線が分かりやすいんだよな。ここに飛ぶことは予想がついたぜ」

 「インガの裏側」へ来るだろうことまで、「狩り」の経験則から推測していたようでした。

「それから、もう一個教えといてやろう」

 言葉と同時に、ブラックスターのツインテールが、影を集めて巨大なコウモリのような翼に変わりました。

「空を飛ぶのはお前の専売特許ってわけじゃねえ」

 路上のどこかから「インガの裏側」に入り、その後この屋上へ飛んできたのでしょう。

「つーわけだ……」

 ブラックスターは大鎌の刃をこちらに向けました。

「かかってこい。まだ一撃目、打たせてねえからな」

 わたしは唇を噛みました。

 意識を集中させると、体の奥にあった「枷」のようなものが緩んでいるように感じました。結界というのを、ディアが少し開けたのでしょう。

 砂漠に吹き荒れる風をイメージして、わたしは両手にそれを集めます。ざらざらした砂の感触が、全身に流れていくようでした。
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