挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十五]さよならの準備

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

39/67

15-7

「その『滅び』で、今度は仲間を救うんだ。君にしかできないんだよ」
 

 心の底までもが照らされるような真っ白い世界の中、ディアはしゃべり続けます。

「やり直しでなくなった今、より難しい局面となったわけだけれど」

 これは大きな転機なのだ、とディアは繰り返し力説します。

「この厳しい状況を乗り越えることができれば、それはしくじりのやり直し以上に、君が生きる中でより良い意味をもたらしてくれるだろう」

 では、課題を発表しよう。ディアは芝居がかった、もったいぶった調子でわたしに手を伸べました。

「ブラックスターと戦って、勝つんだ」

 ディアから降ってきた言葉は、思いがけなく重たくて、わたしは受け取ることができませんでした。

「そんなの……」
「確かに難しいことだ。ブラックスターは、こと『ディストキーパー』というくくりでは、日本どころか世界で一番強いと言っても過言ではない」

 強さの一端はその気質にある、とディアは続けます。

「彼女の持つ『無明の暗黒』は、どんな気質でも無効化してしまう恐ろしいものだ」

 ディアはわたしの目をのぞき込みます。

「無論、それを貫いて攻撃する方法もいくつかある。だが、今鱶ヶ渕にいる者でそれができるのは……」

 気付いているんだろう? ディアは眼前に人差し指を突きつけてきます。

「君の持つ『滅びの風』だけだ」

 そんなことを言われなくても。あの時、ブラックスターに唯一ダメージを与えられたのが、わたしの忌むべき「滅びの風」だということぐらいは、わたしだって分かっています。

 ただ、それは気まぐれで、わたしの意思では吹かせられなくて。それにダメージと言ってもかすり傷程度にしかならないのです。

「いつまで逃げるつもりだい? 君がブラックスターと戦い、勝たなければ、また仲間を失うことになるというのに」

 それだって分かっています。違う時空の似た別人だから、別にいい。そんな風に考えることはできませんでした。よくないんです、そんなの。

 だけど……。

「その『滅び』で、今度は仲間を救うんだ。君にしかできないんだよ」

 どうでしょうか。わたしは目を逸らしました。

 生きる中でのより良い意味。かつて、ディアが十和田ディアとして口にした三つの単語が頭を回ります。

 知恵と、心と、それから勇気。

 けれどそれがわたしには備わっていないことなんて、ここまでで証明されたようなものではありませんか。愚かしく、ブレブレの、無茶をするだけの矮小な存在だと。

 それなのにディアは、わたしは「よくやった」というのです。

 わたしを小さく見積もり過ぎているのか、それとも結果を大きく見ているのかは分かりませんが、ともかく自分の都合のいい枠の中にわたしを押しこめているように思いました。

 わたしの両親が、そうしてきたように。

 パサラの後ろにいたのはこの人で、だけどパサラとは違っていて。厳しいものを課してくるからじゃなくて、何かわたしの気持ちを勝手に推し測って、分かったように振舞っているのが、この人に抵抗感を覚える原因なのでしょう。

 だからそんな言葉、まるっきりショーウインドウの中のプレゼントボックスです。

 わたしは小さい時、あの中に何が入っているのだろうとわくわくしていました。その後、少し分別がついて、あの中は紙くずなんかが詰まったニセモノなのだと知りました。

 綺麗な包装をされた、人の興味を引くためだけの空っぽな箱。それを投げつけられたかのようでした。

 それはわたしに必要なものなのでしょうか。試験と言いますが、それに受かってわたしに何か益になるようなことがあるのでしょうか。益になるかを考えずただがむしゃらにやれとか、そういう精神論なのでしょうか。

 まったく、分からないのです。

「結論は、出ないようだね」

 呆れたように、うつむいたわたしにため息をつきます。

 そのままあきらめてくれればいいのに、ディアはそうするつもりはないようでした。

「ならば君の意思を無視して、わたしは『インガ』の管理者として、無慈悲なことをする」

 こんなピストルを突きつけるような真似までしたくはなかったんだが。首を横に振って、しぶしぶといった様子ですが、元からそうするつもりだったのかもしれません。

「君を、今からブラックスターの下へ送る」
「送……る?」

 よく意味が分かりませんでした。顔にも出ていたのでしょう、ディアは続けます。

「簡単に言えば、強制的に君がブラックスターと戦うよう仕向けさせてもらう」

 ディアの言葉が半分も終わらない内に、わたしの体は光の球に包まれました。

「君は一度、ブラックスターにダメージを与えている。あの子の性格からして、鱶ヶ渕の中では一番君に興味を持っているはずだ。少なくとも、『積極的に探して「狩る」まではいかないが面白い相手』ぐらいには思っている。手近にいれば、確実に君を『狩り』の対象にするはずだ」

 そのことも含めての、「チャンス」なのだそうです。

「だから送り込ませてもらうよ。そしてこの戦いを、試験の代わりとする……!」

 光と共に、耳の奥をひっかくような音がひゅんひゅんと鳴り響きます。

「何か質問は!?」

 怒鳴るように尋ねられて、それはわたしの苦手なトーンでしたが、この時ばかりは負けずに言い返せました。それくらい、事態の不条理さに憤っていたのかもしれません。

 耳奥の音は強さを徐々に増していましたが、それに負けないように言い返しました。

「『滅びの風』、わたしの意思で、使えないんですけど……!」
「その点は大丈夫だ。『狩り』となれば、君の体の中に張った結界は限定的に解除する」

 何だやる気じゃないか、とディアは笑みを浮かべました。

 もちろんそんなわけがありません。傲慢な神さまは、すべて自分に都合のいいようにとらえるようですが、わたしがそれを尋ねたのは身を守るためです。

 ただで殺されてやるわけにはいきません。ブラックスターを倒せるか、試験に挑むかは別にしても、身を守る手段を確保しておきたかっただけなのです。

「では行きたまえ! 知恵と心と、勇気を胸に」

 音はいよいよ大きくなり、頭をぐらぐら揺らします。光も同時に強まって、そしてぱちんと弾けました。



 次の瞬間、わたしは夜の街にいました。

 お酒のにおいと、人混みの喧騒、後ろから来た人にぶつかりそうになって、わたしは道路の端に寄りました。

 わたしが立ち尽くしていたのは、鱶ヶ渕駅の南側の繁華街、あまり治安もよくなく、また、いい思い出もない場所でした。

 自分の部屋からあの白い空間に呼び出され、その後直接ここに来させられたのですが、靴はちゃんと履いていました。

 しかし、それはわたしの靴ではありませんでした。ディアが用意したのでしょうか、真新しい少しサイズのきつい靴です。

 制服を着ていたはずなのに、服装も変わっていました。薄くピンクがかった白のブラウスに、下はフリルのついた黒いスカート。胸元には、エメラルドを模してカットされたガラスのブローチがついています。

 手近にあったカラオケ店のガラス窓に姿を映してみると、ぼさぼさの髪も整えられていました。

 かなりのよそ行きモードです。ディアの仕業でしょうが、そうした意図が分かりません。

 店員の人が寄ってきたので、わたしはカラオケ屋さんのガラス窓から逃げるように後ずさります。

 後ろを見ずに下がったせいで、道を歩いている人にぶつかってしまいました。

「ご、ごめんな……ひゃい!?」

 振り返って、ほとんど自動的に出るはずの言葉が詰まるほど、わたしは驚き飛び上がりました。

 わたしがぶつかったその人、黒く長い髪をツインテールにまとめた背の高い女の子は、紛れもなく……。

「あ、お前確か……」
「ん、知ってる人?」

 一緒にいるメガネに三つ編みのあの人は、わたしのことを覚えていなかったようです。けれど、より大事なもう一人にはしっかりと覚えられているみたいです。

「ここの『ディストキーパー』の一人だよ」

 その人は、連れの三つ編み――タイガーアイにそう説明して、こちらを指します。

「こう見えて、オレの気質を一回だけだが貫通させやがったんだ」
「へえ、じゃあこの子がロズ子に殺されちまうんだに」

 ごしゅーしょーさま、とタイガーアイはふざけて手を合わせます。

「いや、こうしてのこのこ出てきてくれたんだ。これも何かの『インガ』だろうよ」

 何ということでしょう、ディアの推測は的中したようです。

 わたしは正に、猛獣の前に立たされたかのように縮み上がるしかありません。

「こいつは、オレの獲物にするぜ」

 その人――ブラックスターは、舌なめずりするような笑みを浮かべました。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ