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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十五]さよならの準備

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15-6

「真っ先にQuintessenz、核心を尋ねてきたね」
 

 真っ白い、何もない空間でした。「インガの裏側」よりも静かで、無機質な。

 死んだはずの十和田ディアと同じ顔をした、ディアマンティナ・エーヴィヒカイトと名乗るその人は、どこか得意そうな笑顔で、わたしに問いかけました。

「さて、何から話したものか……。ミリカ、君から質問はあるかな?」

 「ディストキーパー」になった時も、同じように「質問はあるか」と尋ねられたのが思い出されました。あれが「質問はあるか」と尋ねられて、自分から聞いた最初の経験でした。今から考えたら、どうしようもない「最初の改変」でしたが、当時のわたしなりに真剣に考えていたのでしょう。

 だから、今のわたしも、できる限り真剣に考えることにしました。

 疑問はたくさんあります。ここはどこかということ、「カオスブリンガー」のこと、ディア自身のこと、これからのこと。

 だけどもその前に、一番根本的なことを尋ねることにしました。

「どうして、わたしを……」

 言いかけて、けれどどう続けていいか分からなくなったわたしに、ディアはうなずきかけてきました。

「さ、砂漠から呼び出したんですか?」

 ふむ、と目を閉じてディアは息をつきました。その様子はどこか、パサラが耳をはたはたと動かす仕草に似ているように思いました。

「真っ先にQuintessenz(クィッテンセンツ)、核心を尋ねてきたね」

 楽しみを奪われた、と暗に言われたみたいで、わたしは思わず謝っていました。

「ご、ごめんなさい……」
「いいんだよ、そんなのは」

 ただ、何と言ったらいいものか。ディアは首をかしげます。

「そうだね……Prüfung(プリューフンク)、試験のため、と言ったらいいかな」

 いきなり馴染み深い言葉が出てきましたが、その意味は図りかねます。

「試験……うん、それが一番しっくりくる」

 自分で言って自分でうなずいています。

「そう、試したのさ。君がわたし、ディアマンティナ・エーヴィヒカイトの計画の一翼を担えるかどうかのね」

 「計画」という単語も、わたしには馴染み深いものです。ただ、もちろんわたし達が恐々としていたオリエ先輩のそれとは、無関係でしょうが。

「その計画については、まだ話せない」

 試験というのに合格して、ようやく教えてもらえるのだそうです。

「だが、ある条件を満たす強い『ディストキーパー』をあちこちの時空から集めている、とだけは言っておこう」
「じ、時空……?」

 それもあちこちと言いました。わたし達の推測は、どうやら当たっていたようです。やはり、ここは砂漠に変わる未来へ通じる過去ではなくて、よく似た別の世界だったのです。

「そう、時空は分岐しているんだ。それこそ把握しきれないほど無数に」

 ディアは両腕を広げて見せました。

「『インガ』を見守るわたしでさえも、すべてを知れないぐらいさ」

 いきなり壮大な話になってきて、頭がくらくらするようでした。

 万能に、まさしく神のように世界を支配しているかのような「エクサラント」にも、把握しきれない「インガ」があるというのですから。

「言ってしまえば、それこそ数えきれないほどの時空に、数えきれないほどの君がいて、数えきれないほどの鱶ヶ渕を砂に変えてきたんだ」

 宇宙の終わりを考えるような話でした。とても小さい頃、ベッドの中でそれを考えて、こんな気持ちを抱いた記憶があります。

 しかも、それは他ならないわたし自身の失敗の話でもあるのです。

 青い顔をしているだろうわたしに、ディアは容赦なく続けます。

「そう、君は大抵しくじる。そうでない時空もいくつかは確認したこともあるが、ほとんどの場合、オリエの呪いのような琥珀によって、その身を『臨界突破』に堕としてしまう」

 だから興味を持った。ディアの視線は、わたしの奥底を見透かすあの色をしていました。

「君はどうしたらあの結末を避けることができるのか、それが気になったんだ。神さま気取りのように思えるかもしれないが、そこは許してほしい」

 そう言うディアの顔は、大してすまなさそうにも聞こえませんでした。研究者がマウスを実験に使う時、こんな感じなのではないでしょうか。

「だから、試験をこの時期にしたのさ。君の選択で、ともすれば世界は滅びを免れるのではないか、とね」

 オリエ先輩の「計画」を止め、鱶ヶ渕を滅ぼさないこと。それが試験の合格条件でした。

「更にこの時空は都合のいいことに、成田トウコが既に死んでいる。彼女がいたら、試験が楽になりすぎるからね。もっとも、トウコをわたしがわざと排除したわけじゃないよ。試験監督として、トウコのポジションに収まらせてはもらったがね」

 君たちが「ディストキーパー」になる前に起きたあの戦いは、本当にギリギリだったから。これもわたしの推測通りだったようです。

 確かに、もしトウコさんがいてくれたら、とわたしも思っていました。代わりのディアがあまり頼れなかったせいもありますが。

「わたしが頼りなかったと言いたげだね。仕方ないだろう、能力を制限しなきゃそちら側に降りられないのだから」

 言い訳がましくそう並べて、ばつが悪くなったのか、ディアは一つ咳払いをしました。

「ともあれ、二周目の君はとても堅実に動いたと思う」

 頑張っていたね、と褒められましたが、「今年の運動会の優勝は赤組です!」くらいの感情の動きしかもたらしませんでした。

「そう、君はちゃんと二周目をこなしていた。このまま順当に進んでも、同じあやまちを繰り返すことも、きっとなかっただろう」

 だが、とディアの表情が急に険しくなります。

「予想外のことが起こってしまった……」
「『カオスブリンガー』……」

 そうさ、とディアはうなずきます。

「彼女らがこの時期、鱶ヶ渕に接近してくるのは、大抵の時空でそうなんだが」

 わたしの時空でも、近くにはいたようです。ただ、出遭いはしなかっただけで。その「インガ」の流れ通りならば、近隣の別の場所で「狩り」をするはずだったそうです。

「しかし、よりにもよって今回、『カオスブリンガー』は君たちと戦ってしまった」

 ズレは、隣の市でキミちゃんたちがブラックスターと出遭ってしまったことから始まっていると言います。

「元をたどれば、異形型のせいだ。あの『ディスト』を見かけて、ブラックスターめ、こちらに興味を持ったのだ」

 わたしもキミちゃんから話だけは聞いていました。蜘蛛のような、ブリッジをした人間のような、グロテスクな怪物のことを。

「あの気味の悪い『ディスト』の発生はミリカ、君をこの時空に連れてくるという大規模な『インガの改変』によって生じた『インガクズ』のせいだから……。いや、そう考えると、これも必然なのかもしれないね」

 意味の半分くらいがよく分かりませんでしたが、どことなく無責任に聞こえます。

「ああなると、止めることは難しい」

 「ディストキーパー」は「インガ」の(ことわり)から外れたものなので、その行動に干渉することはできないそうです。

 危ういシステムのような気がしますが、ディアは「これだからいい」と言い切ります。

「『ディストキーパー』の強さは、心の揺らぎの大きさだ。変にこちらから首輪をかけてしまって制限しては、元も子もない。とは言え、今回は遠慮してほしかったがね」

 何故だか、ディアのことが、完成間近の積み木のお城を崩された、幼稚園児に見えてきました。慎重に、慎重に積んできたのにこんなことになるなんて。そんな感情が透けているようでした。

 どうにもこの白い空間に来てから、ディアの抱えている感情が読みやすい気がします。もしかしたら、この「観測時空」と呼ばれる場所では、人の心同士が地続きになってしまうのかもしれません。

 だとすれば、それはとても恐ろしいことです。わたしの心も読まれているということですから。

 わたしの慄きをよそに、ディアは話を続けます。

「そのせいでオリエは死んでしまうし、わたしもこの時空用の命を失ってしまった」

 「エクサラント」そのものというディアは、各時空で行動するための命――存在するための「インガ」とも言えるらしいのですが――を一つずつ持っているそうです。

 そうして、その時空の「インガ」に体をなじませなければ、そもそも「インガの表側」とも言うべき人間の世界にいられないのだそうです。

「いや、しかし何度やっても死ぬのは慣れないね。嫌なものさ」

 ディアはおかしな自虐をして肩をすくめました。

「というところでね、わたしは試験の中止も考えた」

 やり直しでなければ意味がないと思っていたからね、とディアは言います。

「しかし、だ。これはGelegenheit(ゲレーゲンハイト)、チャンスではないだろうか。そうわたしは考えたわけだ」

 ディアは口の端を上げました。

「わたしはね、願っているんだよ。『ディストキーパー』になったからには、誰しも何かしら得るものがあってほしい、と」

 何ともまあ、恩着せがましいことを言うものです。「気まぐれな神さま気取り」というよりも、自分を絶対的な善と信じている、もっと性質の悪い何かです。

 ディアの浮かべるそれは、笑顔と呼ぶには不穏に映りました。
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