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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十五]さよならの準備

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15-5

「もしそうなら、これでさよならだね」
 

 インカローズからランへの「拷問」を止めたのは、「カオスブリンガー」の一人、ペリドットであった。

「ペリ、制止理由の回答を要求する」

 ランを投げ出すように手を離して、インカローズは表情の薄い顔を少し不満げに歪めた。

「まだ『狩り』は始まってないよ」

 ほら止めたげなって、とランとインカローズの間に割って入ってきた。

「少々の暴行は容認されていると記憶しているが」
「そりゃそうだけどさあ」

 はあ、とため息をついてペリドットは肩をすくめる。

「あんまりそういうことやってると、ブラックスターに嫌われるよ」
「む……」

 今度は明らかに、インカローズは顔をしかめた。

「嫌われるだろうか……」

 ここで初めて、ランはこのインカローズの感情に触れた気がした。

「ルールは守れって言うと思うよ。さっきあたしに怒ったみたいにさ」

 もう一つうなって、インカローズはうつむく。

「ペリ、どうか今回の件は内密に……」
「分かってるよ。チクッたってしょうがないし」

 てか何してたの、とペリドットはランの方を振り返る。

「緑の女の住所について尋問していた」
「ああ、そういうことか……」

 あたしも聞いとこうかな、とペリドットはかがんでランに「ねえ」と話しかける。

「漆間アキナの家はどこ?」
「ペリ……。一時間程度前にタイガーアイに同様の質問を行い『理解した』旨の発言をわたしは記憶しているが」
「あうー……。そのー、やっぱり初めてきた街って、分かんないじゃん……」

 ばつ悪げにペリドットは目を逸らした。

「飛行可能であるにも関わらず方向音痴とは……」
「うるさいな!」

 二人のやり取りを聞いている間に、ランは火傷のダメージから回復しつつあった。さすがは「ディストキーパー」の再生力といったところか、既に肌にその跡は残っていない。

 クソ、とランは口の中で悪態をつく。早く逃げ出したいのに、二人に増えるなんて。増えたもう片方は一見まともそうだが、実際どうかは分からない。何せ、さっきこいつもケンカ早そうなところを見せていたし。

「ねえ、どう? 知ってる? 漆間アキナの家?」
「類似の質問を行ったが、無回答。仲間を庇護する目的と推測される」
「それであんなことしてたのか……」

 あきれたようにペリドットは首を横に振った。

「じゃあまあ、教えてくれるまで仲良くしようか」

 ねえ、とペリドットは隣に回って肩を組んでくる。その「仲良く」が字義どおりの意味でないことは、ランはよく知っている。何せ、自分でも使っていたのだから。

 こいつも結局、答えるまで何かするつもりか。まともだなんて思って損した。ランの脳裏に、くっきりとさっきの痛みが蘇る。

 あんなのは二度とごめんだ。とっととどこかに行け、変態ども。

「あ、アキナの……」
「んー?」

 何々、とペリドットは顔を寄せてくる。

「アキナの家は、駅の北側、国道の二つ目くらいの信号、そこの坂道を上った住宅街……」
「おお! 住宅街のどの辺?」
「そ、そこまでは……」

 かばってるとまた言われるかと身構えたが、ペリドットは「そっか」と体を離した。

「その辺の、大きい庭付きの家を探したらいいわけか」
「邸宅の特徴は記憶していたと推察」

 インカローズが口を挟む。

「もっちろん! あたしは脳筋じゃない、クレバーな格闘家だからね」
「道順も記憶していた場合、当該の自己評価をわたしも承認しただろう」
「うるさいよ、もう!」

 頬を膨らまし、ペリドットは「しっかしさあ」とランを振り返る。

「割と簡単にバラすよね。普通はもっとかばうのに」

 手足を吹き飛ばさないといけないかと思ったよ、と物騒なことを言う。インカローズの暴行を止めた割に、自分はもっと過激なことをやるつもりだったようだ。

「仲、悪いんだね」

 反論できなかった。実際、仲なんていいわけじゃないし。言い捨てたペリドットは地を蹴り、風をまとって飛び上がる。

「うーん、大体分かったかな」
「迷子にならないことを祈念している」

 インカローズの言葉に、「うっさいってば、もう!」と言い返して、ペリドットは飛び去ってしまった。止める間もなく、南の方に。

「南北の区別すら不能とは……」

 処置なし、といった具合にインカローズはため息をついた。

「では、わたしの尋問を再開する。葉山ミリカの住所についてだ」

 突き出された手を見て、ランはビクリとなる。

「仲間の情報の売却は既往の出来事。庇保(ひほう)の必要は皆無と判断できるが?」

 ひほう、ってなんだ。かばうってことか。ランの頭によみがえったのは、熱と痛みを伴うインカローズの指先ではなく、黒い大鎌の前に立ちふさがった盾を持つ少女の後ろ髪だった。

 ミリカはあの時、逃げ出そうとしたあたしをかばったのだった。結局やられて、あたしも痛めつけられはしたけれど。

「無回答を貫徹するか」

 ランの頬に触れるギリギリのところまで、インカローズは手を持ってきた。既に暴力的な熱気が伝わってくる。

「それとも、わたしのことを、内心見下しでもしている?」

 君はわたしの記憶にある唾棄すべき連中と同様の視線をしているから。ランはインカローズの言葉の意味を、おぼろげながらに悟った。

「イラつかせるなよ……」

 ギロリ、と音を立てて眼球が動いたかのようだった。瞳の奥に赤い炎が揺らめいて見える。

 けれど、ランは何故だかそれが恐ろしいとは感じなかった。

 陰キャラでいじめられてたから、こいつは「ディストキーパー」になったのだろうか。

 そして、その反動で暴力的な性格に? もしそうなら、しょうもないヤツだな。

 このあたしと同じで。

「が、学区の端」

 インカローズはレンズの奥の目を見開き、手を引っ込めた。

「南の方、運動公園があって、その近くの一軒家、だったかな……」

 ほう、とインカローズはうなずく。半信半疑なのがその視線から伝わってくる気がした。

「一個の情報として記憶しておく」

 ランに背中を向けて、インカローズは歩き去った。

 その姿が見えなくなって、ようやくランは大きく息をついた。

 学区の南端? 運動公園の近く? 大ウソのデタラメだ。そんなところに行っても、「ディストキーパー」は誰も住んでいないはずだ。

 ざまあみろ、とランは口に出してみた。とは言え、そんなことで何かが好転したりはしないのは、分かっていた。

 すべては逃れるためのウソだ。その場限りの、一時しのぎ。だけど何故だろう、それだけではとどまらないことをしてしまったような気がするのは。

 ランは壁を伝って立ち上がり、体の砂とホコリを払った。

 ミリカがあの時かばってくれた借り、ちょっとは返せたかな。

 それは自分でも思ってもみない感情だった。

 仲なんてよくない。一緒に帰るクラスメイトのミリカでも、それは同じだ。出会い方は最悪だったし、大体「ディストキーパー」であるということ以外に繋がりなんてないんだから。

 だとしても、それを部外者に指摘されるのは我慢ならない。そう心のどこかが思ったのだろうか。そして、あのウソを言わせたのだろうか。

 そんなことを考えていると、足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。

 まさか、あいつが戻ってきた!? 身構えたランの前に、彼女は現れた。

「あ、ランちゃん見ーつけた!」

 スミレであった。こんなところにいたんだー、とのん気な様子だった。

 あれだけ慕ってたオリエ先輩が死んだのに。やっぱりこいつは変なヤツだな、とランは心中ででつぶやく。

「何よあんた、どうしたの?」
「これを渡したくてね」

 スミレは巾着袋から琥珀を取り出した。

「オリエが遺してくれたんだ。『わたしが死んだら仲間に配れ』って」

 どういうつもりだろう。ランは眉をひそめる。さっきアキナの手にあったものと違って、誰かの「専用」という気配はない。まさか、これを使って戦って自分の仇を取れとか、そのために遺しておいたんじゃなあるまいな。

 大体、ランはオリエという人間が苦手だった。まとっているふわっとした雰囲気は、自分の姉・アイをどうにも思い出させるし、その奥に隠しているであろう本性も、底知れなくて恐ろしい。

「こんなのもらっても、あたし……」

 まず、ランには戦う気はないのだ。そんなことより、ここから逃げ出す別の方法を考えねばならない。

「逃げるの?」
「う……」

 そうよ、とはさすがに言えなくて、けれどその沈黙は肯定と同じだった。

「駅も、学区の境も結界張られてるみたいだけど、どこに逃げるの?」

 あの『選別型結界』とかいう見えない塀か。学区の境にまで張っているなんて。戸惑うランの手を取ると、スミレはそこに琥珀を握らせた。

「ボクね、あの黒いヤツを倒すんだ。オリエの仇を取らなきゃだから」

 何を言ってんだろう、とランは思う。全然攻撃が通用しなかったじゃないか。しかも、スミレよりはるかに強いはずのオリエもあんな風に無惨に負けて殺されたのに。

「ランちゃんは正しくないから、そういうのないよね。逃げようとしても仕方ないか」

 バカにされたような気がして、ついランは反論してしまう。

「正しさなんて、知らないわよ……知ったこっちゃない」

 ランは目を伏せた。

「大体、あんたの正しさだって死んじゃったじゃない! そんなの今更……」
「死んだって、オリエのやってほしいことは分かるよ。ボクに書き遺してくれたから、できることはある」

 心に思うことをやりなさいって。スミレは噛みしめるように言った。

「ランちゃんのやりたいことって何? 逃げるばっかりが、できることなの?」

 言葉に詰まったランを見て、スミレは首を横に振った。

「もしそうなら、これでさよならだね」

 じゃあね。ランを置いて、スミレも袋小路から出て行った。

 やりたいこと。できること。

 残されたランは握らされた琥珀を見つめる。それは重たく、そして冷たかった。

 中に閉じ込められているのは、嘆くように踊り狂う吹雪だった。誰かのために、泣いているような雪の乱舞だった。

 わたしがやりたいこと。わたしにできること。わたしの音。かつて聞いた言葉が頭の中を駆け巡る。

 生意気言ってくれるよね、スミレも。

 大きな息をついて、ランは空を見上げる。どこにも逃げられない街でも、空はいつもと同じく暮れて、すっかり夜の色に変わっていた。
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