挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十五]さよならの準備

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

34/67

15-2

「誰だって、友達を殺されたくはないでしょ……!」
 

 浅木キミヨが家に帰ると、二人の弟が出迎えてくれた。

「姉ちゃん、お腹空いたー」

 下の弟のリョウタがこちらを見上げてくる。

「今日遅かったな」

 何で? と上の弟のタカヒロが尋ねた。

「クラブ復活したん?」

 父親の建設会社の経営が傾いた時、奔走する両親に代わって家のことをやるために、キミヨは所属していたバドミントン部を辞めた。

 キミヨが「ディストキーパー」になった時の「最初の改変」で、父の会社の業績が回復しても、両親とも忙しいのは変わらなかった。だから、キミヨはバドミントン部には復帰できずにいた。

 それでも、「貧乏暇なし」といった具合に追いたてられていた頃よりも、両親とも楽しそうだった。二人が深刻な顔で話し合い、時に母が父に怒鳴るのを聞くよりも、余程よかった。

「ううん、ちょっとね、友達としゃべってたの」

 ご飯、作ろうか。着替えてくるね。言い置いて、キミヨは自室に入る。

 危ない、危ない。キミヨは目尻をぬぐった。人差し指に湿ったものが触れる。

 弟たちの顔を見たら、泣いてしまうところだった。

 今日も両親とも、帰りは遅いようだった。

 家族にお別れしなくっちゃ、とは言ったが、それはできなさそうだ。

 「狩り」の開始は九時だが、キミヨは八時には家を出るつもりだった。

 相手は「インガの裏側」でもないのに変身して、襲いかかってくるようなヤツらだ。時間も守るか分からないし、被害が出ないように、なるべく家から離れたところで戦いたかった。

 あんな連中を「エクサラント」は肯定して生かしているなんて。アキナの言うように、「インガ」なんて正しく応報していないものなのか。暗い気持ちが湧いてくるようだった。

 ご飯の後、弟たちを風呂に入れる。戦いの前にお風呂に入ろうかとも思ったが、あまり長居してしまうと、外に向かう気が萎えるように思うので、やめておいた。

 風呂上がりの弟たちに、「ちょっとだけならゲームしていいよ」なんて甘いことを言って、彼らの部屋に追いやる。「姉ちゃんもやろうよ」とリョウタに言われて、胸が締め付けられるようだった。

「姉ちゃんは、お風呂入るから。お母さんたちが帰ってきたら、ゲームやめるのよ?」

 うん、と返事するのを聞いて、キミヨはドアを閉める。そして、玄関へ向かった。

 靴を履いていると、物音がする。振り向くと、タカヒロが立っていた。

「姉ちゃん、風呂入るんじゃなかったん?」

 見つかっちゃったか。キミヨはスニーカーのかかとを整えて、タカヒロに向き直る。

「どっか行くの?」
「うん」

 リョウタや母さんには内緒にしてね、と言うと、タカヒロは眉を下げた。

「……姉ちゃん、帰ってくるよな?」

 タカヒロにも何か感じるものがあったのだろうか。そんなことを聞いてくるものだから、熱いものが目じりに浮かんできて、それを誤魔化すために、キミヨは無理矢理に笑った。笑って、タカヒロの頭を撫でる。

「リョウタのこと、お父さんとお母さんのこと、頼んだよ」

 あたしはいなくなっちゃうだろうから。それは、口には出さなかった。

「じゃあね。戸締まりしておいてね」

 姉ちゃん、と呼ぶ声を背中で聞きながら、キミヨは玄関の戸を開けた。



 家を出て、キミヨは大きな坂を下る。その下は国道沿いの道路だ。銀行や大型スーパーなどが並んでいる。この道路を南に行けば、鱶ヶ渕の駅だった。

 その駅の方から、見覚えのある人影がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 大きな包みを抱えた、キミヨと同じくらいの年かさの長身の少女だ。

 確か、アレは……。身構えたせいだろうか、向こうもキミヨのことに気付いたようだった。

「これはこれは、ごきげんよう」

 恭しく、彼女は一礼してみせた。

「あんた、『カオスブリンガー』の……」
「ラピスラズリと申します」

 微笑む顔がやけに柔和で、逆に得体の知れない雰囲気を醸し出している。

「あなたは、シトリンさんでしたっけ?」
「え、いや、違うけど……」

 キミヨが名乗ると、「あら、そうでしたか」とラピスラズリは首をかしげた。

「キミヨさんは、こんなところで何を? この街は意外と物騒ですわよ」

 何をいけしゃあしゃあと。キミヨは内心苛立った。自分たちが一番物騒なくせに。人の故郷に好き勝手言ってくれる。

「あんた達が戦いを仕掛けてくるっていうから、家から離れたとこに移動してるの」
「まあ、何て素晴らしい心がけでしょう」

 大袈裟に言って、ラピスラズリは両手を合わせた。

「しかし、一つ間違いがありますわ」

 すうっとキミヨに近付き、ラピスラズリは顔を寄せてきた。

「戦いになどなりません。これは一方的な『狩り』」
「!?」

 キミヨはほとんど飛び退くようにして後ずさる。それを見て、おかしそうにラピスラズリは笑った。

「ゆめゆめ、それをお忘れなきよう」

 ゾッとした。キミヨは耳に残るラピスラズリの呼気をかき消そうと耳を押さえた。今の、「狩り」が始まっていたら殺されてた……。

 そんなキミヨの様子を、楽しげに微笑みながらラピスラズリはこちらを見ている。

「とは言え、まだ時間ではありませんから。わたくしも、『狩り』まではこうして古着を集めておりますの。貧しい方への施しとするために」

 キミヨの想像する「カオスブリンガー」らしからぬことをラピスラズリは言う。そう緊張なさらずに、などと労るような視線さえ向けて。

「少しお話でもいたしましょうか。まだ時間はたっぷりございますから」

 にこにこ笑う彼女に、キミヨは険しい視線をあえて送る。相手は意に介した風もないが、そうでもしなければ、このラピスラズリに飲み込まれてしまいそうだった。

「あなた方の中に、緑色のコスチュームの方――恐らくは、『エメラルド』か『ジェイド』か、そういったお名前の方がおられるでしょう? 確か盾を持ってらしたという……」
「ミリカ……?」
「あら、ミリカさん、とおっしゃるの?」

 しまった。キミヨは口元を押さえる。ここまで、笑みを絶やさなかったラピスラズリだが、ここでようやく本当に心からの笑顔を見せたようだった。そのせいか、名前だけなのに致命的な情報を与えてしまった気がする。

「そのミリカさん、インカローズさんが狙っておりましてね」

 インカローズ、と言われてもキミヨはピンとこなかった。

 この人がラピスラズリ。ブラックスターは忘れようがない。あと、アキナに突っかかってきた二人がいて……。ぼんやりとしか思い出せなかった。

 つまり、ミリカが狙われるような因縁があるようには思えない相手だ。

「その人、どうして……?」
「ミリカさんが、ブラックスターさんに勝ち得る『ディストキーパー』だから、ですわ」
「え……?」

 あのブラックスターに? 信じられない、と思うと同時に、妙に納得していた。考えてみれば、キミヨが気絶していた間、ミリカはかなり長い時間ブラックスターを相手に耐えていた。それも、変身していないランをかばいながら、だ。

「ミリカさんは『無明の暗黒』を、ブラックスターさんの防御を打ち破ることのできる存在でしょう?」
「そんなことが……!?」

 おやおやご存じないので、とラピスラズリは呆れたように首を振った。

「先ほどの戦いでそういう兆候が見えた、とブラックスターさんはおっしゃっていましたが……見てらっしゃらなかった?」

 気絶している間に、そんなことがあったなんて。ミリカも言ってくれればいいのに、と思う反面、パサラが説明している時のランの様子を考えると言い出しにくい気持ちも分かる。

 しかし、そんな大きな力をミリカが持っているなんて。あの子のいた時空で一体何があったのか。まだキミヨの知らないことがあるのだろうか。

「とにかく、インカローズさんは危険視してらっしゃるようですわね。彼女は、ブラックスターさんの一番の側近ですから」
「だから、ミリカを『狩る』っていうの?」

 大体危険なのはそっちじゃないか。キミヨの視線に込められた感情を読み取ったのか、ラピスラズリは「おやおや」と肩をすくめた。

「そういう『インガ』はお嫌なご様子」
「誰だって、友達を殺されたくはないでしょ……!」

 おっしゃる通り、とラピスラズリはころころと笑う。何となくバカにされたような気がして、キミヨは珍しく苛立った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ