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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十四]迫る死の足音

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14-4

『せっかく君をあの砂漠から連れ出したというのに、意味がないじゃないか』
 

 いつまでも、一人公園に取り残されているわけにもいかないので、わたしも家に帰ることにしました。

 キミちゃんは「家族にお別れしなくちゃ」と言っていましたが、わたしにはその感覚がよく分かりませんでした。

 いくら「滅びの風」があるからと言っても、使いこなせない以上、わたしもこのままでは狩られてしまうのは同じです。大体使ってしまったら、この鱶ヶ渕や宇内市をもう一度滅ぼすことになってしまいます。

 それでもそんな気持ちになれないのは、別の理由があるからです。

 時空を超えてきたからでしょうか。わたしは、あの人たちが家族と心の底からは納得していないのです。

 頭で、理屈の上でそうだとは分かっていても、お別れを済ませねばならないような気はしてこないのでした。

 家に帰ると、母親の姿がありました。今日は早めに仕事から上がれたようで、ちょうど帰ってきたところのようでした。

 母親の機嫌は良いようでした。

 仕事が早く終わったからだけではなく、父親よりも帰りが遅くならなかったからでしょう。父親は母親の帰りが遅いと「俺の稼ぎもあるのに、何をそんなに働くことがある?」といい顔をしないのです。

 父親の機嫌が悪いと、母親もイラつき始め、そうするとわたしにその悪感情が盛られたボウルが回ってくるのです。

 わたしはそれをぶちまけたり、かと言って食べようとしたりしてもいけないのです。ただ、ボウルの中に頭を突っ込まれなくてはいけない、醜悪で臭いもひどいその汚物に顔をつけたまま、首の後ろを押さえつけられるのでした。

 首の後ろを押さえている人の顔を、わたしは知りません。本当は知っていますが、知らないふりをしています。

 それが何者かを口に出してしまったら、わたしは生きていけなくなる、所詮保護されているだけのわたしは、たちどころに路頭に迷ってしまうでしょう。

 そう考えていたのです、時空を超えるまでは。

 超えてから気付いたのです、わたしはもう守られる存在ではないということを。

 わたしは「ディストキーパー」で「砂漠の怪物」。望んだ形なのかどうかは置いておいて、もはや一個の存在として、世界と関係を結んでいるのですから。

 だから、分かっていい、知っていいのです。あるいはボウルをぶちまけてもいいのです。

 少し遅かったわね、友達と遊んでいたの? そんな風に聞いてくるこの人が、人間の顔をした「ディスト」のような気持ち悪い存在だと認識してしまっても。

 そう、「ディスト」です。

 「ディスト」と変わらないのです。何を言おうと、あの言い表せない響きを帯びた鳴き声、叫び声でしかなく、究極的にわたしの味方ではない存在。

 かつてイケニエだった時、わたしは誰かに訴え出ようとも考えました。その時も、この父親だったり母親だったりする人たちは真っ先にその候補から除外されていました。

 実際には、訴え出たことは裏目に出てしまいましたが、それでも父親や母親に相談すればよかったと思ったかと言えば、そうも思えません。

 裏目に出たことでわたしは「ディストキーパー」になり、結果この人たちを介さない世界との関係を身に付けたのですから。

 曖昧な返事をしたわたしは、部屋に引きこもることにしました。

 制服から着替えぬまま、鞄を放り出してベッドに身を投げ出していると、あの砂漠にいた頃のことが思い出されます。

 この世界に来た時、ベッドのぬくもりはここが砂漠でないことを教えてくれましたが、よくよく整理してみれば、わたしの一生など、どこにいようとあの砂漠と変わらないのではないかと思えてきます。

 現にこうして、一人部屋の中でうずくまっていることと、砂の底で膝を抱えていることに、まったく違いを感じられないではありませんか。

 このまま一人でこの部屋にいたら、「カオスブリンガー」の誰かが殺しに来るのでしょうか。パサラは、誰が誰を殺すのかをあの人たちが話し合って決めているだろうと言っていました。

 わたしを殺したがるのは、あの中では誰でしょうか。ブラックスターは多分、強い人と戦いたがるでしょうから、アキナさんを狙いそうです。

 印象深い二人――タイガーアイとペリドットも、アキナさん狙いな気がします。

 あとの二人はよく分かりませんが、大して目立っていなかったわたしにわざわざ狙いを定めるとは思えません。となると……。

 分かりませんでした。分かるはずがないのです。いつだってわたしはそうです。自分にはどうしようもないことで思い悩んで、立ち止まる。

 でも、わたしにどうにかできることなんてあるのでしょうか。

 こうして同じ時間をもう一周しようとも、事態は好転どころか悪化しています。

 そう考えると、わたしが下手にこの時空に来てしまったから、「カオスブリンガー」がやってきてしまったように思えてきます。

 ディアが呼んだんだから、ディアが全部悪い。そんな水島のような考え方は、どうにもわたしにはできないのです。何か悪いことが起こったら、それはきっとわたしが面倒をかけてしまったから。どこかでしくじったからなのです。

 だから、わたしの心の中から「滅びの風」なんて気質が顔を出したのでしょうか。

『相変わらず、そんな調子かい?』

 出し抜けに響いた声に、しかしわたしは驚きませんでした。

 むっくりと身を起こすと、目前にパサラが浮かんでいました。

 わたしが軽く会釈をすると、パサラは体を左右に揺すりました。

『まったく、そんなことじゃ困るよ』
「困る?」

 そうさ、と今度は上下に揺れました。

『せっかく君をあの砂漠から連れ出したというのに、意味がないじゃないか』
「……やっぱり、知ってたんですね」

 言ってから、この言い方はおかしかったかなと思っていると、パサラにも『それはそうだろう』とダメ出しをされました。

『アキナを通じて聞いたはずだよ。ディアのことを』
「『エクサラント』、そのもの?」

 そうそれだ、とまたも上下に揺れます。

『光の「ディストキーパー」・十和田ディア。その存在は、成田トウコを知り、また慕う君にはよほど頼りなく映っただろう。現に、オリエと共に戦ったのに「カオスブリンガー」にあっさり敗北し、今の状況を作り出してしまった』

 うなずいていいのかダメなのか分からず、おろおろしてしまいました。

『いいんだよ、別に。事実なんだから。私自身、正直驚いているんだ。あのブラックスターは、私の知る得る限りの他の時空のブラックスターと比べても、最低で二割増しぐらいには強いんじゃないかと。オリエに手を貸してやれば、計算上は他の四人が合流するまでに倒せるレベルのはずなのに……』

 何だか言い訳がましくなってきました。このパサラ自身がオリエさんと一緒にブラックスターと戦ったかのような物言いでした。

『まるで自分で戦ったかのようだって? それもそうだろう』

 ディアとは、「エクサラント」そのものなのだから。

 パサラの「ω」みたいな口元が、にやりと笑ったように見えました。

 すると、ぴりぴりした何かがわたしの体を突き抜けて、思わず目をつむりました。

 次に目を開くと、そこはわたしの部屋ではなく、何もない白い空間に変わっていました。

「ようこそ『観測時空』へ、葉山ミリカ」

 パサラの姿は消えていて、代わりに別の声が後ろから聞こえてきました。

 この声は、と振り向くと、ほとんど想像通りの人が立っていました。

 「ほとんど」というのは、わたしの知るその人とは、髪や目の色が若干違っていたからです。ここで見るその人は、全体に青みがかっているようでした。

「久しぶりだね。そして初めましてだ」

 矛盾する挨拶をその人は、十和田ディアは並べました。

「生きてた、んですか?」
「いや、死んだよ。十和田ディア『は』ね。だから『初めまして』さ」

 自分が十和田ディアではないような言い方でしたが、それに違和感はありませんでした。この人は十和田ディアと同じで、それでいて決定的に違う何かだと、わたしは感じていたからです。

「じゃあ、誰……?」
「わたしこそが、『インガの管理人』にして『エクサラント』」

 そして、と羽箒つきの鍵――「ホーキー」を取り出します。そこについた宝石は、わたしが知っている中で、一番高価なはずのものでした。それを、左胸に浮かんだ「コーザリティ・サークル」に突き刺して変身します。

「『ダイヤモンド』の名を持つ『はじまりのディストキーパー』……。ディアマンティナ・エーヴィヒカイトだ」

 微笑んだその顔は、さっきのパサラと重なって見えました。
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