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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十三]混沌の到来

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13-1

「この世でわたしの知らない『ディストキーパー』などいないよ」
 

 蓮台から降り立った立花オリエは、狂気じみた笑みを浮かべるブラックスターを見据えた。

「オ、リエ先……輩……」

 足元に這いつくばる葉山ミリカの傷は、浅いものではない。

 恐らくはディアが、「エクサラント」が彼女の体内に張ったであろう「空間断層結界」が、辛うじてその傷が致命のものとなるのを防いでいた。

 オリエは傷を治すため、ミリカの体に琥珀を落としてやった。ディアの差し金で別の時空から連れて来られたのなら、この子もある意味被害者だ。ましてや、今はそんなこと言っていられない。

 防御能力だけなら並みの「最終深点」をもしのぐ葉山さんがここまでやられるとは……。たちまち傷が塞がり、立ち上がってきた彼女を一瞥し、オリエは考える。「あの噂」は、どうやら本当のようね。

「葉山さん、これを」

 オリエは更に三つの琥珀をミリカに渡す。

「飛べるわね? 全員を連れて逃げなさい」

 ミリカは塀の下に横たわるスミレとキミヨ、制服姿で震えているランをきょろきょろと見回す。

「何をしてるの、早く行きなさい」

 こんな時までびくびくして、とオリエは苛立ちを隠さない。ミリカはがくがくとうなずいて、まずランに琥珀を使い、立つように促した。

 ミリカにすがるようにして立ち上がったランを引っ張って、塀の方へと走っていく。

 一部始終をブラックスターは特に妨害することなく、座り込みさえしてじっと見ている。

「いいの? 獲物を逃がしてしまって」
「構わねえよ。大本命が出てきてくれたからな」

 背後で大きく風が吹いた。三人を抱えて飛べるとは、「臨界突破」の影響は凄まじいものだ。オリエは「インガ」の流れを俯瞰できるようになったことで、ミリカの体の変化を把握していた。ただし、この時間軸で起きたことではないので原因までは分からないが。

 推察するならば、恐らく前の時空でわたしの側につき、捨て石として琥珀を大量に流し込まれたのだろう。そして生き残ってしまい、わたしに協力したことを後悔しているところを「エクサラント」に目をつけられて、ここに送り込まれた。そんなところだろうか。

 ミリカが飛び去ったのを見て、ブラックスターは立ち上がり、首を回した。

「お前のことは知ってるぜ、立花オリエ……」

 大鎌を弄びながら、その目に油断はない。

「『ソロリティ』に属さない、大ベテランの『アンバー』だってな」

 思ってたより美人じゃねえか、と冗談とも本気ともつかないことを言う。

「わたしもあなたを知っているわ、『カオスブリンガー』のブラックスター」
「嬉しいねえ、お前のとこの若いのは、オレのこと知りやしねえんだから……」
「うちは、余計な情報は与えない方針なのよ」

 さて……とオリエは視線を鋭くする。

「あなたと仲良くおしゃべりしていても、仕方ないわ」

 言葉と共に、オリエの体が琥珀に包まれる。

「早速『最終深点』か……」

 オリエはその長きに渡る「ディストキーパー」のキャリアから得意分野の異なる四種類の「最終深点」を編み出していた。

 通常状態を純粋に強化したような、最もバランスのいい形態、タイプA「菩薩(ぼさつ)」。

 複数の琥珀を同時に操り、多対一に力を発揮する形態、タイプB「如来(にょらい)」。

 「インガ」干渉に特化し、琥珀を用いての味方の補助を主とする形態、タイプD「天部(てんぶ)」。

 琥珀が割れ、現れたオリエの姿は、重厚な印象の通常時から一転、活動的なものに変化していてた。

 背負っていた巨大な「インガの輪」は両手首に一つずつと、長い髪を一つにまとめる髪止めの計三つの輪に分割されている。

 ブラックスターを相手どるにあたってオリエが選んだのは、白兵戦に特化したタイプC「明王(みょうおう)」であった。

 琥珀を操る能力は最小限しか使えないが、その分運動能力などの物理的なパワーが大幅に高まっている。これは、漆間アキナやかつて鱶ヶ渕の「ディストキーパー」であった空井ヒメなどに近い。

「ブラックスター……。『カオスブリンガー』の頭目。『狩り』と称して何百人もの『ディストキーパー』を殺してきた、人の皮を被った『怪物』……」
「そう褒めるなよ」

 ブラックスターは立ち上がり大鎌を構えた。

「あんただって、似たようなものなんだろう? そんな話も聞いてんだよな」
「さあ、どうかしらね?」

 オリエは口角を上げて見せた。どこから聞いたのか、問うてもまともな答えは返って来ないだろう。それに、これ以上おしゃべりするつもりもない。笑っていない目でブラックスターを捉える。

「何にしても、あなたは今日ここで終わりよ」

 オリエは地を蹴った。一瞬で間合いを詰め、拳を振るう。

 大鎌の柄で拳を受け止めたブラックスターは、大きく後ろへ押し込まれた。

「スピードもパワーも大したもん、だ……!」

 オリエは一旦離れて回し蹴りを見舞うが、また大鎌で防がれた。

 リーチの差は大きい。だが、オリエは攻勢の手を緩めない。

「ちっ! 素人くさい体さばきの割に……!」

 オリエの速さと力に防戦一方ながら、ブラックスターは影をツインテールに集める。

「くらえや!」

 嵐のようなラッシュの間隙から、右のツインテールが変化した影の拳がオリエを襲う。紙一重で、オリエは腕を交差させてそれを受け止めようとした。

「ほら、こっちだぜ!」

 左のツインテールも、影によって巨大な手の形となっている。こちらは平手だ。

 右の拳を受け止めたオリエの頭上から、叩き潰すように降り下ろされた。

 巨大な掌の下敷きになったオリエに、ブラックスターは追撃を仕掛ける。

 仰向けに倒れていたオリエは、大鎌を足でかち上げて防ぎ、バク宙のような動きで立ち上がると、よろめくブラックスターの顔面に拳を見舞った。

 大きく吹き飛んだブラックスターは、民家のブロック塀を突き破る。人間どころか、並みの「ディストキーパー」なら当然死んでいる威力だが……。

「やるじゃねえか……」

 瓦礫の中からブラックスターは立ち上がってきた。少しよろめいたが、戦闘の続行に問題はなさそうだ。

「あんまり使い慣れてないみたいだがな……」

 確かに、オリエがこれまで「明王」を使った回数は、他の三形態に比べると少ない。そもそも、白兵戦自体がオリエの得意分野からは離れるためだ。

 だが、ブラックスターと戦うには、この形態が一番だとオリエは考えていた。琥珀は下手には使えない。そのことをよく知っていたから。

「これで十分だわ」

 そしてもう一つ。勝機があるならば、今しかないということ。何を考えているのか、ブラックスターは「最終深点」をとっていない。通常形態のままの今こそ勝負を仕掛ける時なのだ。

 オリエは再び格闘戦を仕掛ける。拳のラッシュを、ブラックスターは大鎌で受け止めた。鎌をなぎ払うようにしてオリエを突きはなし、民家の屋根へ逃れる。オリエもそれを追った。アスファルトに足型を残すほどの一跳びで、ブラックスターの頭上をとる。

「やぁっ!」

 振り下ろされた腕の一撃で、ブラックスターは民家の庭に落下した。それを追い、オリエも庭に着地する。家から人が出てくる気配はない。一瞬中で動く気配がしたが、すぐに止んだ。リアルタイムで「改変」が行われているようだ。

 背後から組みついてきたブラックスターへ振り向きざまに蹴りを放つ。横っ腹に直撃したが、ブラックスターはにやりと笑う。

 まずい、と距離を取ろうとしたオリエの足をつかむと、それを手繰り寄せるようにして間合いを詰めた。

「捕まえたぜ……大分もらっちまったがな……」

 ゴホッとブラックスターはむせたような咳をし、オリエの右手首を握る。

 オリエはその手をふりほどこうともがくが、締め上げられたように動かない。

 「明王」を上回る怪力がブラックスターにはある? いや、違う。こちらの力が抜けているんだ……!

 オリエの膝が崩れる。ぬかった、噂には聞いていたが、ここまで強力な「気質」だったなんて……。歯噛みするオリエをそのまま押し倒し、ブラックスターは馬乗りになった。

「オレの『無明(むみょう)暗黒(あんこく)』は、獲物を追い詰め、蹂躙し、屈服させる『気質』だ。相手が何だろうが、オレの前では等しく獲物なんだよ……」

 ブラックスターは手を離す。オリエの腕はだらりと地面に落ちた。完全に動けない訳ではないが、ただの人間くらいの力しか出ない。

「おお、怖い怖い」

 にらみつけるオリエを嘲り、ブラックスターはその頬を軽くたたいた。

「最強の『アンバー』さんも、こうなっちまったらただのカワイイ女の子だな」

 その手はオリエの大きな胸に伸びる。丸く、輪郭をなぞるように撫で回され、オリエは嫌悪に眉をしかめる。

「急に大人しくなったな。こうされるの、期待してたのか?」

 出て来たときはあんなに威勢よかったのに。ブラックスターの手は胸からオリエのむき出しの腹へと移動する。

「こんな格好になったのも、触られたいからじゃねえの?」

 通常状態に比して、「明王」は露出度が高い。ブラックスターはへその際を指でなぞった。

「……あなたの言う『狩り』とは、こんなことなの? 汚らわしい」
「気に入ったヤツだけさ、こうするのはな……」

 ヘドが出るわね。ブラックスターをにらみつけながら、オリエは手の中に隠していた琥珀を地面に押し付ける。

 こうして組み伏されている今は、琥珀の力を使うことはできない。だが、壊すことはできる。壊して中身を出すことはできるのだ。

 この琥珀に入れたのは、前に戦ったことのある「ディスト」だ。出したところですぐにやられてしまうだろうが、その隙にこの馬乗り状態を脱することはできるだろう。

 ブラックスターは影を指に集めて刃を形成した。そして、その刃でオリエの衣服を切り裂こうとする。

 こいつ……! 早くしなければ。オリエは琥珀を押しつける手に力を込める。

 ぴしり、と思ったよりも大きな音がした。

「ん? お前、何か隠して……」

 視線がオリエの右手に向いたその時、ブラックスターの体が強い力でなぎ倒された。馬乗りになっていたブラックスターがどいて、封じられていた力が戻ってきた。急に軽くなった体を起き上がらせ、オリエはすぐさまひびの入った琥珀を放つ。

「ちっ……!」

 直撃。爆発に塀が崩れ、ブラックスターは敷地の外へ吹き飛ばされる。

「やってくれるな……」

 体から煙をあげながら、しかしブラックスターはまだ立っている。壊れた塀を挟んで、オリエはそれに改めて相対した。

 そこへ、もう一つの影が現れる。

「あなた……」

 それはオリエの予想だにしていなかった人物だった。ブラックスターに不意打ちを食らわせたのは、白い衣装に斧を担いだ「ディストキーパー」――十和田ディア。

「やあ、ブラス。暴れてるね」

 オリエの視線をディアは無視して、既知の仲であるかのようにブラックスターへ親しげに呼び掛けた。

「でも、ここまでだ」
「誰だてめえは? 何でオレをそう呼ぶ? どこで知った?」

 初対面の相手から「ブラス」と愛称で呼ばれ、不機嫌な様子で尋ね返す。

「この世でわたしの知らない『ディストキーパー』などいないよ」

 ディアは不敵に笑った。
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