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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

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 日記をつけるのが、かつてのわたしの習慣でした。もちろん、それはわたしが望んだことではありません。

 日記をつけろ、と言い出したのは、わたしの両親でした。

 十三歳の誕生日プレゼントとして手渡された大きく豪華な日記帳は、わたしをじっと見張っているかのようで、仕方なしにそれをつけ続けることになりました。

 面倒くさいとか、そんな誕生日プレゼントほしくなかったとか、そういうワガママは許されないのです。

 両親は、自分の娘の心に「面倒くさい」などという感情が表れ、ましてやそれに振り回されることなどありえないと考えていたからです。

 自分たちの教育は完璧で、もし娘がそんなことを言い出すようであれば、それはきっと悪い友達の影響か、あるいは何か真意を隠していると考える、そういう人たちだったからです。

 前者ならば、学校に乗り込んで手当たり次第わたしの少ない友達を問い詰め、更に娘の孤立を深めることに並々ならぬ努力を注ぐでしょう。

 そしてそれは後者であっても同じ、つまり隠している真意とはいじめられているということだと勝手にわたしの心を決めつけて、やはり学校に乗り込んでいくでしょう。

 どちらにしたって、歓迎できることではありませんでした。わたしが両親の言うことを聞いて、この革張りの上等なノートに毎日毎日起きたことを書き綴っていれば、あの人たちは満足なのです。ならば、わたしは何も言わずにそうしていればいいのです。

 しかし、本当に毎日起きたことを書き綴るわけにはいきませんでした。わたしの誕生日は二月の終わりでしたが、その直後の短い三月の学校生活の中でも、心をすりつぶすような目にたくさん遭っていたからでした。

 掃除の時間に特に理由もなく雑巾を投げつけられたとか、気が付いたら一人で掃除をする羽目になっていたとか、あるいは授業中にちぎった消しゴムが何個も飛んできて嫌だったとか、わたしを挟んで前後の女子が手紙をやり取りしていて、それを回してやっていたらわたしが主犯かのように注意されたとか、そういう日常茶飯事は書いてはいけないのです。

 そう、日記にはどうでもいいことを書き綴らねばならないのです。

 何故なら、両親はわたしの日記を見ているのです。それも、こっそり見ているわけではなく、これが当然だと言わんばかりに毎日毎日回収し、内容を検閲しているのです。

 だからこそ、わたしは日記をサボるわけにもいかず、ペンを持って涙目になりながら、必死に日記に書ける内容を探すことになるのです。

 わたしは苦しそうに過ごしてはいけない。そんなそぶりを見せでもしたら、きっと両親は「贅沢言うな」とわたしを叱責するでしょう。子どもになんて、苦しい出来事は存在しない。苦しみは大人の中にしかない。「苦しい」「嫌だ」「疲れた」は、大人だけが扱っていい貴重な宝だと言わんばかりに、それを自分たちのものだと独り占めするでしょう。

 わたしの両親は、子ども時代を経験していないかのようでした。子どもはみんな無邪気で気楽で、大人に迷惑を掛けないようにするものだと、そんな「型」にわたしをはめこんでは喜んでいました。

 三学期の終業式までは反吐が出るような「よかった探し」に血眼にならねばなりませんでした。春休みになれば、どんなふうに過ごしているかを親も知っているので、そちらは楽でしたが――問題は、その後でした。

 わたしは二年生になって、あの人たちと出会ってしまうからです。

 ×××××、その取り巻き。そして、水島ラン――。

 あの人たちは、最初わたしに笑いながら近づいてきました。わたしもその時は安心して話せる知り合いになるのだろうと思い、日記にも、「友達ができた」と拡大解釈をして書きました。

 けれど、それは間違いでした。そのことは何度も重ねるべき話ではありませんが。

 ここでの問題は、「友達ができた」と書いてしまったこと。当然両親は、その友達と何をして遊んでいるのかを気にします。

 この時から、わたしは作家デビューを果たします。つまり、さも仲のいい友達であったかのように、楽しく遊んでいるのだと日記には書くのです。

 ただ、話を作るのに、わたしはひとりきりでいすぎました。あまりに友達と楽しく遊んだ記憶が遠いのでうまく考えられず、それこそ毎晩毎晩締め切り前の作家のように七転八倒していました。

 そうする内に、どんどん作り話のコツというものをつかんできたように思います。

 別の子たちがどんなふうに仲良くしているか。あるいは、×××××と取り巻きが何して遊んでいるのか。水島に関してはこの子自体がわたしに次ぐ奴隷階級のようなものなので参考になりませんでしたが、ともかくそこから話を膨らますようにすると、自然と出来上がっていくようでした。

 これを創作能力と呼んでいいのかは分かりません。知恵がついた、というのとも違うような気がします。ウソがうまくなった――それもしっくりきません。

 何せ、ウソをついているのは、両親に対してなどではなく、わたしの心に対してなのですから。心に浮かぶことなんて、一つも書き留めたことはありませんでした。

 日記に作り話でも、×××××や取り巻きと楽しく遊んでいる様を書いてしまうと、どうにも本当にわたしにとってあの二人が友達のような気がしてしまって、それはそれは困ってしまいました。わたしの心は、わたしのつたないウソにわざとだまされてくれていたようです。

 こうして、積み重なった作り話で日記帳がいっぱいになるころには、だんだんとわたしは現実とウソの区別が曖昧になっていました。

 わたしが完全に、妄想と現実の区別がつかなくならずにすんだのは、この日記をつけるという習慣が、両親にとっても負担がかかる方法だったお陰です。

 読むのも体力を使うらしく、結局この一冊で両親が「面倒くさく」なったようで、ノートが終わると同時に自然消滅しました。

 わたしはホッとして、革張りのノートを机の中にしまい込みました。

 それ以降、開いたことは一度だけです。「最初の改変」で、×××××の存在を消したことで、日記にも何か変化がないか確かめてみたのです。結果は、「友達になった」と書かれていたのが二人から一人に減っていただけでした。

 ウソばかり書かれた日記は、まるで「インガ」から切り離されたかのようでした。

 わたしの砂漠でアキナさんが「ここは『インガ』から切り離される」と言った時、この日記のことを思い出しました。何だか似ているように思えたのです。

 読み返したって面白いことなど一つもなく、当時抱えていた心も気持ちも、特に書き残されていない日記帳。

 無限に広がって、砂以外まったく何もない砂漠。

 そして、そのどちらもを作りだしてしまったこのわたし。

 きっと、そのどれもがおがくずだけが詰まった袋と同じくらいに無価値なのでしょう。
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