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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十一]黒き星の影

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11-2

「じゃ、いい? 一、二の、三であたし達の方に跳んで」


 宇内市駅前の大型ショッピングモールのトイレを利用して、キミヨたち三人は「インガの裏側」に入った。

 電車の中でもめてから、ますますランの機嫌は悪い。ぶつくさ一人で文句を言っている。

 スミレの方は機嫌が悪いというよりも、考え込んでいる素振りであった。

 こんなので戦えんのかなあ、とキミヨは得物であるハンマーを肩に担ぐ。少なくとも、連係プレイは望めないメンバーだろう。

 灰色と変わったショッピングセンターの廊下を通り抜け、三人は駅前の広場に出た。勝手の分からない土地であるし、ミリカのような感知の能力に長けた者もいないため、「ディスト」と言われてもどこをどう探していいものか見当もつかない。

「どこにいんのよ、『ディスト』……」

 石畳のバスターミナルを歩きながら、うんざりした様子でランがこぼす。

「ねえ、雷と風って一緒のやつなんでしょ?」

 パサラが言ってたけど、とランはスミレを見やる。一緒のやつ、とは同じ属性という意味である。「ディストキーパー」の属性は「火」「水」「風」「土」「光」「闇」と「琥珀」の七種類で、スミレの雷は「風」の一様態に過ぎない。

「あんた、何か分かんないの?」

 とげとげしい、つっけんどんな物言いであった。スミレはそれに怯んだ様子はない。というか、答える気がないようで「うーん」と考え込んでいる。

「って、無視かよ!」
「スミレ、どう? 分かったりする?」

 舌打ちするランに代わって、キミヨはできるだけ優しい口調を作った。

「気配とかは、ボク分かんないかも」
「えー、キミちゃんには答えるんだ」

 皮肉めいた口調のランを一瞥して、スミレは「べーっ」と舌を出して見せた。

「何こいつムカつく……!」
「スミレやめなさい、挑発するの」

 はーい、とにやにやしながらスミレは応じる。これ絶対反省してないし、いつかもう一回やるやつだ、とキミヨは知っていたが特にそれ以上言わなかった。ランも悪いしね。

「っとにもう……。ッッ!?」

 ぶつくさつぶやいていたランだったが、突然びくりと身を震わせる。

「どうしたの?」
「ボクまだバチィしてないよ?」

 またする気だったのか、と思いつつキミヨはランの様子をうかがう。蒼い顔をしていて、目が泳いでいる。尋常ではない様子だ。

「あの、あのさ、すごい今、ぞくっとしてさ……」
「ぞくっと?」
「う、うん、何か、体とか耳の奥が震える的なさ……」

 その感覚は、とキミヨは思い当たる。かつてミリカが語っていた「ディスト」を感知したそれと似ているような気がする。

「どっちかさ、あたしの、ううう、後ろ見てくんない……?」
「背中ってこと?」
「違うって! 後ろだって!」

 あくまでのん気なスミレを、焦れたように怒鳴りつけた。

「ラン、もしかして『ディスト』の気配を?」
「かもしんない」

 目に涙すら浮かべながら、ランはがくがくとうなずいた。

「えー、ボクにあんなこと言っといて、自分でできるんじゃん」
「ああ、あたしだって、こんなのはじ、初めてなんだもん!」

 つまりは後ろから「ディスト」の気配がしているということか。冷静に状況を整理し、キミヨはランの背後、立ち並ぶビルや駅舎を見回す。

 あー、なるほど。キミヨはスミレの肩をつつき、見つけたそれを指差す。

「ほんとだ、いた!」
「いた? いたの!?」

 キミヨとスミレは同時にうなずいて武器を構えた。

「何かね、こっちにも気付いてるっぽいよ」
「飛びかかって来るかもね」

 ちょ、ちょ……とうろたえるランだったが、頑なに振り返ろうとしない。

「だって、すっごい、いい嫌な雰囲気なんだよ!?」
「だろうね」
「だろうねって!」

 確かに嫌な雰囲気を醸し出しているだろう。パッと見、気持ち悪い形してるし。

「クモ型かな?」
「の割には、脚が四本しかないけど」
「何のん気にしてんのよ!」

 ぎゃいぎゃいうるさい。一つため息をついて、キミヨは真剣な目で彼女の顔を見返した。

「じゃ、いい? 一、二の、三であたし達の方に跳んで」
「え?」
「飛びかかってきそうって言ってんじゃん。ボクらは下がるからさ」

 背中向けたまんまだと危ないかもね、とスミレは付け加える。

 などと話しているうちにランの背後、宇内市駅の駅舎に張り付いている「ディスト」は、その四本の脚に力を溜めているようだった。

「来るよ、一、二の……」

 意を決して、ランも振り向いた。同時に、「ディスト」もこちらへ飛びかかってくる。

「三!」

 石畳が割れる音が響いた。着地したその姿を目にし、ランは大きな悲鳴を上げる。

 気持ちは分からなくはない。遠目でも気持ち悪いのに、近くで見たら尚更だ。

 スミレは遠目から「クモ型」と評したが、近くで見ればそれが間違いだと分かる。

 「ディスト」は人間に似ていた。ただし、ブリッジの体勢をとった人間であるが。

 体長は、五メートルほどあるだろうか。前肢は逆関節で「ディスト」特有の白い眼がびっしりと並んでいる。後ろ脚はバッタのそれのように曲がっている。駅舎からここまで飛んできた跳躍力はこの脚によるものだろう。体表にはいくつものねじくれた角が生えていて、前肢の間にある頭には口が二つ縦に並んでついている。

 これまで出現し遭遇してきたのは、動物に似た形の「ディスト」ばかりであったが、一転してこいつは違う。ホラー映画のモンスターもかくやという「異形型」であった。二つの口から漏れる、「ディスト」のあの叫びも、いつも以上に濁って響くようだった。

「何なのよ、こいつぅ!」

 ランは転がるように逃げ、キミヨとスミレの後ろに回った。戦う気がないのか、と思ったが、剣を飛ばすぐらいしか技がないので、後ろにいてくれた方がいいかもしれない。

「ランちゃんびっくりし過ぎ」

 対照的に、スミレは平静だった。殴られたりするとすぐに泣いてしまう彼女だが、存外精神的なショックには強いのかもしれない。

「見た目気持ち悪いからしょうがないよ」
「倒しちゃえば一緒さ」

 スミレは槍を振り上げた。

「『ジャッジメント・サンダー』!」

 声と共に落ちてきた雷を、異形型は大きく跳躍してかわす。キミヨらの頭上を越えて、背後をとる位置に着地した。

「この!」

 振り向きざまにキミヨはハンマーを振るったが、異形型は後ろに跳び退って避ける。その隙を逃さず、スミレが二発目の「ジャッジメント・サンダー」を見舞った。

 今度は直撃、「よし!」とスミレはガッツポーズをとるが、異形型は意に介した様子もなく、縦に重なった二つの口の内、上の方の口から火を吹いた。

「ウソ!?」

 一瞬立ち尽くすスミレをキミヨは押し倒して炎から遠ざけた。

 地面を転がる二人に向けて、異形型は体を震わせて、体表のねじくれた角を飛ばす。

 キミヨはすぐさま立ち上がって、放物線を描いて飛来する角をハンマーで打ち落とす。同時にスミレも三度目の雷を放ったが、効かないことが分かったのか異形型は避けようともしない。

「ああ、クソ!」

 スミレは悪態と共に地団太を踏む。雷はどうも分が悪いらしい。キミヨのハンマーも当たらなければ意味がない。

「ラン! 攻撃して!」

 剣を飛ばす攻撃ならば、と声を掛けるが、ランはというとバスターミナルの植え込みの裏にこっそり隠れていた。

「ちょ、何やってんの!?」
「無理! あいつ気持ち悪すぎて見てらんない!」

 完全に腰が引けているようだった。「あたしも嫌なんだけどな」と呟きつつ、キミヨはハンマーを振りかぶって異形型に突進した。重くできれば、あのジャンプを封じられる。一つ得意な部分を奪えば、それが突破口になるかもしれない。

 振り下ろされたそれを、異形型は前肢でがっちりと受け止める。足首から先には五本の指があり、器用にぐねぐねと動くようだ。

 重くしている感触はあるのだが、まだ重さが足りないようだ。さらに踏み込もうとするが、土台のしっかりした壁を押しているような手応えで、押し込むことができない。むしろ押し返されている。

 キミヨの足が地面から浮いた。ハンマーをつかんだ異形型は、そのままキミヨの体ごと持ち上げたのだ。

「きゃっ!?」

 大きく背中を反らせて、異形型はキミヨを背後に投げ飛ばした。

 キミヨがしたたか地面に体をぶつけたその時、スミレが四度目の雷を放つ。

「黒こげになれよぉ!!」

 ヤケクソ気味に放たれたそれを苦にもせず、異形型は虫めいた動きでスミレとの距離を詰め、両の前肢で彼女の体をつかんだ。

「へ?」

 呆気にとられたスミレの隙を逃さず、そのまま持ち上げて下の口で頭からくわえこんだ。

「むー!?」

 異形型は体を反らせ、スミレを丸呑みにしようとする。下の口からはみ出たスミレの足がじたばたともがいているが、徐々に動きは鈍くなり飲み込まれていく。

「スミレ!」

 痛みを強引に無視し、キミヨは異形型の背後からハンマーを後肢に叩きつけた。

 「ディスト」特有の叫びが、悲痛の色を帯びて異形型の上の口から漏れる。

 効いてる! 痛む体を引きずりながら二撃目を見舞おうとした時、異形型はキミヨの方へ振り向いた。そして、ハンマーを振り上げて無防備なキミヨの腹目掛けて、口中に含んだスミレを弾丸のように吐き出した。

「きゃっ……!?」

 体中の酸素がすべて出て行くような衝撃だった。吐き出されたスミレは、異形型の涎ともつかない粘性の液体まみれだった。やたらにぬめり光沢のあるそれに覆われて、スミレはぴくりとも動かない。

 キミヨは立ち上がろうとして、体がしびれているのに気づく。粘液のせいか。もがくキミヨを尻目に、異形型はゆっくりとランの方を向いた。

 さすがに三度もキミヨのハンマーを受けたせいか、異形型の足取りは重い。じわじわ、よたよたと植え込みの陰のランへと近づく。

 だが、そのゆっくりとした動きが逆にランの恐怖心を煽る。震える手でサーベルを構えてみせたが、腰が砕けて座り込んでしまう。

「来んな、来るなぁ!!」

 ランはサーベルをやたらに振り回し、吹き出す水を刃に変えて異形型へ飛ばす。だが、異形型の上の口から吐き出された炎によって、それらは蒸発するように消えた。

「うわああぁぁ!」

 唯一の技を破られ、逃げようと背中を向けたランの体を異形型の前肢で捕える。

「や、やめ……!?」

 よたよたとした動作ながら、抵抗など意に介さず下の口へ運ぶと、頭からくわえ込んだランを体を反らせて一気に飲み下した。

 まずい。異形型の口からのぞいていたランの足が完全に飲み込まれたのを見て、キミヨは内心でつぶやいた。全身のしびれは治まらない。スミレも目覚める気配がなかった。

 ゆっくりとこちらを向いた異形型は両足を踏ん張って、背中の角をキミヨたちへ向ける。

 角を飛ばす攻撃がくる。さっきはハンマーで打ち落とせたが、今度はそうはいかない。このまま折り重なったスミレごと、串刺しにされてしまう。

 ここまでか。ぎゅっと目をつぶったキミヨに、異形型の叫び、空を切る角の音が聞こえる。

 だが、それらはキミヨたちに刺さることはなかった。

 恐る恐る目を開くと、キミヨと異形型の間、地面に散らばった角を踏みつけ、見慣れない影が立っていた。

「……!?」

 それは全身を漆黒の衣装で包んだ、見知らぬ「ディストキーパー」であった。
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