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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十一]黒き星の影

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11-1

「ワケわかんないこと、言わないで!」
 

 葉山ミリカと漆間アキナの二人がウシ型を倒してから二日後の夕方、浅木キミヨは鱶ヶ渕の駅前広場で待ち合わせをしていた。

 この広場には特徴的な像が建っている。これを目印に多くの人が待ち合わせをするが、何の像なのか気にする人間は少ない。

 確か、昔話がモチーフなんだっけ。像にふと目をやって、キミヨは祖父がまだ元気だった頃に話してくれたことを思い出す。

 桃太郎とか、そういうメジャーな話ではなく、鱶ヶ渕に伝わる民話で、その話を知った彫刻家が深く感銘を受けこの像を造った。そう聞いている

 キミヨの家は建設会社で、祖父の頃はまだ羽振りがよく、この鱶ヶ渕の駅舎の建設にも携わったと聞いている。海沿いのニュータウンとして発展してきたこの鱶ヶ渕の街には、祖父の仕事がたくさん遺されている。

 街はみんなの仕事でできているんだ、当たり前にそこにあるものも、誰かが必死に造り上げたものなんだ。祖父の言葉をキミヨはよく覚えている。だから、街を滅ぼしてしまうようなオリエの「計画」は、それを踏みにじるものにしか思えない。

 止めなくちゃね。祖父のことを思えば、その気持ちが強くなるようだった。



『鱶ヶ渕の外へ向かってもらう』

 パサラから入った指令は、今までにないものだった。

 キミヨたち鱶ヶ渕の「ディストキーパー」は、およそ鱶ヶ渕中学の学区域内に発生した「ディスト」と戦うのが役目のはずだ。

 「出張、ってこと?」とキミヨが尋ねると、『そんなようなものだね』とパサラは苦笑めいた調子で応じる。

『隣の宇内市(うだいし)の「ディストキーパー」が討ち漏らした「ディスト」なんだが、鱶ヶ渕から近いところまで来ているので、迎え撃ってほしい』
「近いっていうと?」
『ああ、電車に乗ればすぐのところさ』

 意外すぎる移動方法だった。世界の「インガ」の安定に寄与する「ディストキーパー」としては、地味というかアナクロというか……。

 そんな訳で、放課後にキミヨはこうして待ち合わせ場所にやってきたのである。

「誰よその討ち漏らしたとかいう奴」

 キミヨと同じ任務で呼び出された水島ランは、不満たらたらといった口調でこぼす。現れるなりこの態度か、とキミヨは呆れた。

「何でそんな尻拭いしなきゃなんないのよ……」
「こっちのミスも知らない内に片付けてもらってるかもしれないんだからさ」

 それにそういう仕事でしょ、とたしなめるが、ランは不平を隠そうとしない。

「せめてさー、その取り逃した連中も援軍送るとかさー」
『別の地域の「ディストキーパー」同士は、原則的に顔を合わせてはいけない決まりになっているんだ』

 と、そこへパサラが割り込んでくる。オリエの言っていたことは、どうやら本当らしい。

「なんでよ……」
『君みたいな不満を抱く子がいるからね。トラブルを防ぐためさ』

 何よそれ、と口を尖らすランをさておき、キミヨはパサラに尋ねる。

「互助会みたいなのもあるんだよね?」
『うん。そこの会合なら地域を跨いで「ディストキーパー」同士で会うのも許可している。他には、非常事態の場合なんかもね』

 これもどうやら本当のようだ。どうしたらそこに連絡が取れるか聞こうとした時、水島が割って入ってくる。

「互助会なんてのがあるなら、そこに頼めばいいのに」
『鱶ヶ渕は加入してないから無理だね』

 にべもない。互助会に未加入なのも事実らしい。そして、加入していなければ手を貸してくれそうにないこともキミヨは悟った。

「何なのよそれー、意ー味分かんないんですけどー」

 どれだけ働きたくないのやら、と思うと、どこかおかしくすらなってくる。

『オリエが渋っているのさ。理由は――知りたければ本人から聞きたまえ』

 一方的にパサラは通信を打ち切り、それ以降答えなくなった。

「ホント何よもう……」

 ぶつくさ言いくさるランを、キミヨは「まあまあ」となだめた。

「何かラン、今日ちょっと性格悪くない?」

 いつも以上に、とこれは口に出さない。

「だってさ、何で見ず知らずの誰かのミスのせいでさ、あたしらが危険な目に遭わなきゃいけないん?」

「でも、危険な目に遭うことを承諾してるでしょ? 『最初の改変』と引き替えに」
「あんなん割にあわないよ……」

 口ぶりから察するに、ミリカが言うようにクラスでうまくいっていないらしい。

 やれやれ、とキミヨは内心ため息をつく。これ以上子守りはやってられないよ、今回はあの子も来るのに……。

「大体互助会みたいなんがあるんなら、オリエ先輩も加入しときゃいいのに……」
「オリエ先輩に直談判しなよ、そう思うんなら」

 そう指摘すると、「むー」と口ごもる。

 不満を並べ立てるのはできても、それを解消するために動くことはしない。それじゃあ、クラスで中心に座るのは無理よね、とキミヨは小さく肩をすくめた。

 もっとも、オリエに直談判するのは誰だって嫌だとは思うけれど。

「オリエがダメって言うんなら、その互助会とかいうのは、正しくないんだよ」

 振り向くと、像の影から篠原スミレが顔をのぞかせた。いつものサイドポニーの上に、メジャーリーグのキャップを被った私服姿だった。

「遅いわよ、あんた」
「え、時間ぴったりだよ」

 ほら、とスミレは駅広場の時計を指す。

「いや、確かにジャストだけどさ、普通は五分前とかに来るもんじゃん」
「五分前なら、もうその像の後ろにいたよ」
「ジャストになるまで待ってたの!? いつから!?」
「三十分前から」

 キミヨが来たのが待ち合わせの十分前だから、それよりも二十分も前から像の後ろに潜んでいたことになる。

「だから一番の遅刻はランちゃんだよ」

 スミレは屈託なく笑う。

「まあ集合時間までには来てたから、正しくなくないけどね」
「何そのもやっとくる表現……」

 キミヨは苦笑しつつ、二人の顔を見回す。

「じゃ、そろったし行こうか。パッと行ってさっさとやっつけちゃいましょ」

 はーい、と元気よく返事するスミレとは対照的に、ランはいつも以上にダルそうにため息をついた。



 パサラから指示があったのは、鱶ヶ渕の駅から四つ向こうの「宇内市」駅だった。鱶ヶ渕のある御薗市よりも栄えており、御薗市内にない映画館もあるため、高校生にもなれば、鱶ヶ渕から遊びに行く者も多い。

 この戦闘にオリエは来ない。これはスミレをこちらに引き込むチャンスかもしれない。キミヨはそう考えて、電車の中を物珍しそうに見回すスミレに声をかけた。

「スミレ、いいかな?」

 座席が空いていないことを露骨にがっかりするスミレに、キミヨは続ける。

「さっきの互助会のこともだけど、オリエ先輩が正しいって言ったから正しい、みたいな判断、よくないと思うよ」

 うわ、そこぶっこむ? と小声でつぶやくランをちらりと見て、スミレは首をかしげる。

「どうして?」
「スミレがすごく嫌なこと、辛いこと、もしかしたら死んじゃうようなことを、これが正しいからって言ってやらせようとしてきたら、どうするの?」

 ミリカから、オリエが「計画」のためにスミレを「ディスト」に変えたことは聞いていた。

 スミレに母親のように接しているあのオリエが、とキミヨはにわかには信じられなかったが、あの態度が演技の可能性があるのもオリエだとも思っていた。

「オリエが正しいって言うんなら、そうするのが正しいんだよ」

 淀みなくそう答えるスミレは迷いのない目をしていた。頑なな目だ、とキミヨは内心たじろぐ。

「でも、オリエ先輩も人間なんだからさ、間違うこともあるんじゃないの?」

 ランが口を挟んできた。思いもよらぬところからの援護射撃、ありがたいような余計なことを言ってしまいそうな。とりあえずキミヨは見守ることにする。

「オリエは間違えないよ、ランちゃんじゃないんだから」
「はあ? 何であたしを引き合いに出すのよ」

 ランはムッとした様子で鼻を鳴らす。思い当たるようなことがあるのだろう。

「大体オリエ先輩も、ちょっとうさんくさいとこあるじゃない」

 ランも何かを知っているのだろうか。キミヨは「どういうこと?」と促す。

「うん。何かね、この間にディアに『オリエは世界を変える』みたいなこと言われてさ」

 ミリカと帰った時か、とキミヨは聞いていた話を思い返す。

「それで昨日あたし、『インガの裏側』でオリエ先輩に会ったから聞いてみたんだ。ディアがこんなこと言ってたけどって」

 機嫌が悪いのは二日続けての出撃のせいもあるようだ。

「そしたらさ、こういうのよね」

(ええ、もっといい世界にできるはずよ。パサラたちのやり方なんかよりも――)

 そしてランに微笑みかけてこう続けたという。

(あなたも、今に不満があるようね。わたしと一緒に来る?)

 ミリカは、ランがいつ誘われていたのか知らない、と言っていたが、平行世界でも同じようなやり取りがあったのかもしれない。

 それで何て答えたの、と問おうとしたがスミレの得意そうな声に阻まれる。

「ほら! オリエはいつもそうやって正しいことを考えてくれてるんだよ!」
「いや、変でしょ。世界がどうのって。パサラのやり方が正しいとか間違ってるとか、知るかってのに」

 どうやら乗らなかったらしい。ただ、ディアの言っていたことを否定しなかったということは、やはりミリカの危惧通りディアはオリエ側ということになるのか。

 ならば、このままランにはオリエ先輩の話に乗らないままでいてもらわないと。

「パサラは毛玉で、人間のこと分かってないからね。しょっちゅうおかしいこと言うんだ」

 スミレは訳知り顔でうなずいている。こちらを引き離すのは、大仕事になりそうだし。

「それもオリエ先輩が言ってたの?」
「ランちゃんは正義が足りないから分かんないんだよ」

 まあ正義は足りないだろうけど、とキミヨはランの横顔を見やる。

「何であたしばっかり責めるのよさっきから……」

 口をとがらせ、ランは眉間にしわを寄せた。

「だったらキミちゃんはどうなのよ」

 ねえ、とこちらに水を向けてくる。

「世界を変えるとか、その方法があるとか、いきなり言われてもワケわかんないよね?」

 矛先をこちらに向けさせる気か、とキミヨはため息をついた。

「キミちゃんはいいんだよ。オリエが信頼するって言ってたから、ボクも信用してるんだ」

 その信用も謎ではある。「人格的には一番信頼してる」とか言ってたっけ。こうして「計画」の妨害も企んでいるというのに。

「そのキミちゃんから、『オリエ先輩が言ってたから』を止めろ、って言われてるのに?」

 ハッとしたように、スミレは目を見開いた。

「え? それって……あれ?」

 目を白黒させるスミレを、ちょっと得意そうな顔でランは見下ろす。はい論破、などと思っているのだろう。その肩をキミヨははたいた。

「ちょ、な、何……?」

 グッと肩をつかみ、顔を寄せて叱責する。

「言い負かしちゃえばいい、ってものじゃないでしょ!」
「いや、え? あたし悪いの?」
「悪くはないけど、正しくもないよ」

 ランは顔をしかめ、首をかしげた。

「意ー味分かんないんだけ……ぎゃっ!?」

 言葉の途中、爆ぜるような大きな音が鳴り、ランは悲鳴を上げた。

「痛たたた……何!?」

 ランは自分の太ももに触れているスミレを見下す。

「あんた、今変身もせずにそれ……」

 どうやらスミレが電気を流したらしい、ということはキミヨにも分かった。

「ワケわかんないこと、言わないで!」

 スミレはランの顔をにらみ返した。その目の奥はどこかぐるぐると渦巻いているようであった。

 まずいな、とキミヨは気を揉む。電流が流れた時の音やランの悲鳴で、周りの人の注目を集めてしまっている。「インガの改変」で何とかなるとはいえ、トラブルは極力避けたい。

 と、そこへ折よく目的地、宇内市駅に着いた旨がアナウンスされる。

「ほら、降りるよ」

 二人をまとめて押し出すようにして、キミヨは駅のホームへ降りた。
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