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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

[十]「インガ」の分岐点

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10-4

「あんたも、あたしがあんなヤツに劣ってるって言うの?」
 

 昼休みに、キミちゃんがスミレと帰る約束をとりつけてしまったので、わたしは当然の結果として一人で帰ることになりました。

 こんな時こそ水島と帰って、アキナさんの指令を果たさねばならないのですが、こちらから話しかけるのは相手を調子に乗らせるだけな気がして、二の足を踏んでしまいます。

 そんなわけで、放課後わたしは一人でそそくさと教室を出ました。

 すると、校門の手前で追いついて来るものがいました。

 水島です。「何? 一人?」などと言いつつ、わたしの右側少し前を歩きだしました。

 ああ、これは。わたしは思い当たることがありました。過去、似たような経験を何度もしましたが、その始まりが今日だったようです。

 水島はそんなわたしの考えを知るよしもなく、今日あった漢字テストの話題から入ってきます。

 まだ学校から距離が近いので、当たり障りのないお話です。これが充分離れたと見るや、取り巻き連中(と水島が思い込んでいる)子たちへの愚痴になるのです。

「もうあいつら、ホント言うこと聞かないのよね……」

 ほら、出ました。これもまた、わたしのよく知る水島の話の持っていき方でした。

「何でかなあ……」

 お前が悪いんだよ、と言いたくなりましたが、わたしにはそんなことはできません。せいぜいこうして、脳内でくさすぐらいです。

 昔ならば生返事していたところですが、今はこの水島をどれだけ気が進まなくても味方に引き込まねばなりません。

 わたしの中の「滅びの風」がどうであれ、オリエ先輩は「計画」を実行するでしょうし、水島は誘われればクラスメイトへの憂さを晴らすためだけに、それに加担するのですから。

 しかし、何と言えばいいのでしょう。わたしが平行世界から来た話をする? それはありえない選択です。キミちゃんやアキナさんとも、「平行世界のことは今は三人の中だけのことにしよう」ということになっていますし。

 考えあぐねるわたしを置いて、水島は一人でしゃべり続けます。

「昔みたいにやってるはずなのに……」

 ふと、水島がこぼしたそれは、わたしにも刺さる一言でした。多分、変身した水島が作る剣よりも鋭いでしょう。

「あたしがいけないのかな? ね、ね、ミリカはどう思う? 外から見ててさ」

 あまりに鋭く刺さったせいで、傷口からとろりとそれは漏れてしまいました。

「昔と同じだから、ダメだと思う」

 え。水島は目を見開いて立ち止まりました。あっけにとられたような顔でした。

 何となくすっきりして痛快で、わたしは続けてしまいます。

「亡くなったあの子と水島さんじゃ、違うもの」

 わたしがこんなことを言うとは思っていなかったのでしょう。驚いていた水島でしたが、すぐに気を取り直します。

「……っっ! 何?」

 不機嫌な声でした。昔よく聞いた声でした。

 大抵それは痛みと共に響く音でした。だからわたしはビクリとなって、何も言えなくなりました。

「あんたも、あたしがあんなヤツに劣ってるって言うの?」

 も、ということは、誰かに言われたのでしょうか。水島が「最初の改変」で殺した、あの×××××の取り巻きに劣ると。

「バカにしてんの? あんたすら、あたしを」

 詰め寄ってくる水島に、わたしは気圧されるように後ずさります。住宅の生け垣に追い詰められて、わたしは水島の顔を盗み見ます。

 ひどく揺れた目をしていました。どこかで見覚えのある揺らぎでもありました。

「ふざけんなよ、友達もロクにいないような、こんな……!」

 水島はわたしの胸ぐらを掴みました。この女に振るわれた暴力は数えきれないほどですが、こんなことをされるのは意外にも初めてでした。大抵は蹴り転がされていたからです。

 持ち上げられ、わたしはつま先立ちになりました。おでこがくっつくぐらい、水島は顔を寄せてきました。

「おや、何をしているんだい?」

 と、そこで背後から知った声がかかりました。

 ディアでした。突如現れた銀髪の同級生を前にして、ばつ悪そうに水島はわたしから手を離します。

「別に……」
「ケンカはよしなさい。『ディストキーパー』同士の戦闘は、鱶ヶ渕ではご法度のはずだ」

 戦闘だなんて、と水島は目を逸らしました。わたしは否応なく、水島を手にかけた時のことを思い出してしまい、二の腕を抱きました。

「実際戦闘になったら水島ラン、君は勝てないだろうがね」
「どういう意味?」

 勝てない、劣っている。それが水島の中のNGワードなのでしょう。あんなに×××××にへつらっていた割に、プライドが高いのです。いや、プライドが高いからあんな「最初の改変」をしたのでしょうが。

「確かに葉山ミリカには防御しかない。だが、そう思っていると手痛い『反撃』によって、剣を投げ返されてしまうだろう」
「はあ?」

 水島は眉をしかめますが、あまりにも具体的な物言いにわたしは背筋が寒くなりました。

 わたしは水島が撃ち出した剣を、「反撃の風」ですべて投げ返して殺したのです。ディアの口ぶりは、正にそれを見てきたかのようではありませんか。

(ミリカの世界にいなかったディアは、もしかしたら『計画』を止める鍵になるかも)

 これはキミちゃんの弁ですが、わたしにはこのディアこそが恐ろしい存在でした。

 わたしが知らないということは、「計画」でどちらに付くのかも分かりません。大して強くないのも、何だか違和感があって逆に恐ろしいのです。

 何よりも、あのすべてを見透かしたような瞳。オリエ先輩に通ずるように思えます。

「何なのよ。そろってあたしをバカにしてるってワケ?」

 水島の認識では、わたしとディアはセットのようでした。しかも、水島はこの学年の有名人のディアを、意外や下に見ているようです。

「気持ち悪いしゃべり方して、カッコいいとでも思ってんの、痛々しい」
「他人の評価の中でしか自分の居場所を見出せない君ほどではないさ」

 はあ? ワケ分かんない。水島はそう吐き捨てました。これもよく聞いたセリフです。

「誰かと比べ合っても意味がないと思わないかい? 君の価値は、君の心にしかないのに」

 水島は鼻を鳴らし、肩をすくめます。あんた分かる、と問うようにわたしを見てくるので、首を横に振りました。

 心の中で「なるほど」とわたしは得心します。ディアのことを下に見ているのは、水島のものさしで測れないからでしょう。測れないからとりあえず下にしておきたいのです。

 ディアは良くも悪くも「自分は自分」なのです。水島はディアが言うように「他人の中の自分」に重きを置いています。

 わたしも、どちらかと言えば水島の方のものさしのメモリの上にいます。水島ほど必死にメモリの数の大小を気にしないだけで。

 思えば、「ディストキーパー」の大多数はディア寄りの考え方なのではないでしょうか。キミちゃんは周りのことを気にせずわたしに構ってくれますし、アキナさんやオリエ先輩、スミレ辺りは言わずもがなです。

 そう考えると、水島が何だか哀れにすら思えてきました。

「やれやれ、そんな価値いい加減に壊してしまったらどうなんだい?」

 ディアは困惑している様子の水島にすうっと近寄りました。

「立花オリエなら、それを振り払う方法を知っているよ」
「はあ?」

 水島は身を引いて、丸出しのおでこにしわを寄せます。

「何言ってんの? オリエ先輩ぐらいの人だったら、そんなもん……」
「そんな卑しく下等な意味じゃないさ」

 すべて変わるのさ、とディアは両腕を広げました。

「この世界の仕組みをがらりと大きく変革するんだよ、あの人がね」

 水島はますますおでこのしわを深くします。何を言ってるんだこいつは、という表情をしています。わたしも、普通ならば同じ気持ちだったでしょう。オリエ先輩の「計画」を知らなければ。

「そうだろう、ねえ、葉山ミリカ――」

 ディアはこちらを向きました。反射的にわたしは目を伏せました。

「君も、そう思うだろう。立花オリエは、すべてを変えると……」

 やはり知っているのです、ディアは。しかも、オリエ先輩の側についている様子です。ということは、オリエ先輩もわたしがどこから来たのかを把握している……?

 最悪の事態でした。わたしはいつも以上に何も考えられなくなって、ただ今の時間が過ぎ去ってほしいだけで、結局一番使い慣れた言葉を繰り出しました。

「ご、ごめんなさい……」
「どうして謝るんだい?」

 ディアはわたしの頭を無理やりに上げさせました。視界の隅で水島がおろおろとしているのが見えます。

「簡単に謝るなんて、ロバのようなバカ者のすることさ」

 心の奥底までものぞき込んでくるようなディアに、わたしは目線をそらしました。一分以上そうしていたでしょうか。「まあ、いいさ」とディアはようやく手を離してくれました。

「だけど――そろそろ守りに入っている場合ではないだろう?」

 何となく、聞き覚えのある言葉でした。どこで聞いたのか、誰が言ったのかは定かではありません。だけど、砂漠の奥底で聞こえたような……。

「ではね、水島ラン。君がオリエの側に来るのを、わたしは待っているよ」

 そう言い残して、元来たであろう道を引き返して行きました。

「何だってのよ、アレ……」

 しかも家こっちじゃないんじゃん、と水島はブツブツ言って、こちらへ遠慮がちな視線を送ってきました。

「あ、あのさ」

 少しの躊躇いの後、考えに考えただろう慰めを口にします。

「そんな気にすることないって。ディアって帰国子女だし、ホントのことずけずけ言っちゃうとこあるから……」

 それは慰めなんかではありませんでした。何と性質の悪い。相手を慮った慰めなど今まで言ったことのない証拠です。

「そう、ホントにね……あたしだって、分かってんだよ……」

 視線を伏すわたしに、「じゃあね」とこぼすように言い残し、水島は早足で行ってしまいました。一人になりたいのでしょう。自分から話しかけてきたくせに、と思いつつ、一緒にいられても困るので引き止めませんでした。

 水島を引き込むとか、引き込まないとか。最早、状況はそういう段階ではないのかもしれません。
 十和田ディアがオリエ先輩の側についていた場合。「計画」が発動された時、事態は前よりも悪くなるような気がします。

 考えなければならないことが増えすぎて、わたしは途方に暮れました。
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