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深淵少女クリスタル 作者:雨宮ヤスミ

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知恵

。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°。°+°。°+ °。°+ °。°。°+ °
 

 お弁当というと、忘れられないことがあります。

 わたしはお母さんが作ってくれたお弁当を持って、毎日学校へ通っていました。わたしは、お母さんが焼いてくれる玉子焼きが昔から大好きで、時々入れてくれるそれを楽しみにしていました。

 お弁当の中身は、昨日の晩のおかずが入っている日は当たりでした。

 逆にハズレだな、と思うのはたまにある冷凍食品ばかりの日でした。ただ、お母さんも忙しいので、そんな日があっても文句を言うのをお門違いです。

 でも、お父さんは冷凍食品の日は露骨に機嫌が悪いのでした。

 そういう日は、わたしは何も知らないふりをして、部屋にこもっていました。

 家事と仕事を絶対両立する、そう言うからお前と結婚したのに。冷凍食品を詰めるだけなら俺が一人暮らしをしててもできる。そんな八つ当たりのようなことをお母さんに怒鳴りつけることもありました。

 辛い、苦しい、行政は共働きの夫婦のことを考えてない、隣の県は給食なのに、食育が遅れてる、ロクなものじゃない。お父さんに怒鳴られた日は、こうしてどうしようもないところに怒りを振り上げていました。

 そうやってお母さんは、とても苦労してお弁当を作ってくれているのです。

 だから、いくらその日気持ち悪くなっていたって、体調を崩していたって、
食べ残すなどもってのほかでした。

 吐きそうだって、夏の暑さで傷んでしまっているようだって、冬の寒さで凍りついたみたいになってしまっているのだって、ただ口に喉にお腹に詰め込んでいくしかないのです。

 わたしにとって、昼ごはんとはそういう作業でした。
 ある時、とんでもないものがお弁当に入っていました。開けた時、思わず悲鳴を上げてしまいました。

 それは土でした。鞄から出す時、今日のお弁当なんだか重いな、とは思っていたのですが、びっしりと、おかずもご飯もなく土が中にしきつめられていたのです。

 悲鳴を上げたのは、その中からミミズが顔を出したからです。

(なあに、どうしたの葉山さーん)

 大きな声を上げてしまったわたしに、にやにやと声をかけてくる者たちがいました。

 ×××××と、その取り巻き、そして水島ラン。同じクラスの、中心にいるような女の子の三人組です。

(あんた、でっかい声出せるんじゃん)
(ねえ、いつも聞こえないくらい小さい声なのに)

 取り巻きが言って、×××××が笑いました。水島はわざとらしく手なんてたたいています。耳を引っかき、脳をぐるぐる回すような音でした。

 決してお母さんがお父さんとケンカして、お弁当がこんなことになったのではなく。×××××たちがやったことなのでしょう。お弁当を捨てて、わざわざ土やミミズまで入れて!

 けれど、それは状況からそうだろうと推し測ったことでしかありません。決定的にやったと言える証拠はありませんでした。

 わたしはともかく土を何とかしないと、と思ってお弁当箱を抱えて教室を飛び出しました。

 水道のところで、わたしは泣きながらミミズと土を流しました。水を浴びて泥になった土と、ミミズが一緒になって陶器のシンクの中にべちゃりと落ち、流れきれずに貯まっています。

 何とかミミズに触らずに始末できましたが、お弁当箱が土臭いのはどうしようもなく、石鹸を使おうとした時、わたしは誰かに突き飛ばされました。

 尻餅を打って、わたしは顔を歪めました。そこに無造作に足が蹴り出されました。

 トイレの床に転がったわたしが頭を上げると、そこにはさっきわたしを笑いに来た中の一人が無表情にこちらを見下していました。 それは水島ランでした。

 水島はわたしの髪をつかんで立ち上がらせると、わたしの顔をシンクにたまった土に押し付けました。わたしの顔はどろどろになり、ミミズが頬にあたります。土が口に入るのを避けるため、わたしは声を上げるのを我慢しました。

(口開けなよ、ほら、ほら!)

 水島は膝の裏を何度も蹴ってきます。わたしは歯を食いしばって耐えます。

(お腹空いてんでしょ? 食べさせてあーげーるって!)

 ミミズが鼻先に近付いてきました。掘り起こされ、お弁当箱に詰められて、水で流されてもまだ元気にうごめいています。

 オケラだってアメンボだってミミズだって。みんなみんな生きているのでしょうが、別に友達になりたくないのでこっちに来るのは止めてほしいです。

(あんたがミミズ食べないと、何のためにやったか分かんないんですけど!)

 焦れた水島は水道の蛇口をひねりました。勢いよくわたしの顔に水が叩きつけられます。

(ほらほら、溺れるよ? 息できなくなっちゃう)

 水に溶けた土は泥になり、シンクに押し付けられているわたしの頬を汚します。水が鼻から入って、激しくせきこみました。

 水島はそこを見逃しませんでした。わたしの口が開いた時を狙って、素早くわたしの頭を引っ張ります。

 口の中に未知の感触がやってきました。

 声にならない悲鳴を上げたわたしの頭を、ようやく水島は離しました。

 シンクから離れ、ミミズを吐き出すわたしに、激しいフラッシュと何度も重なるシャッター音が浴びせられます。水島が携帯電話で写真を撮っているのでした。

(やだ、ミミズ食べてんじゃん、キモっっ!)

 トイレに甲高い声が響き渡って、わたしの体を揺らしました。

(ごめんなさい、ごめんなさい……)

 嘲笑を浴びせかけられながら、わたしは謝っていました。そんなものが何の意味も持たないと分かっているはずなのに。



 今でも、この時のお弁当箱をわたしは使っています。

 「インガの改変」によって全部なかったことになった今、土もミミズも入るわけがない普通のお弁当箱なので、丸きり同じとは言えないかもしれませんが。

 それでもお弁当を食べていると、時折土の臭いやミミズの舌触りがよみがえってくるのです。そんな時はいつも以上に無理矢理に詰め込み、飲み込むのです。

 わたしは今も考えてしまいます。あの時、どうするべきだったのかを。

 急いで洗わずに、土とミミズを証拠にして大人に訴え出ればよかったのでしょうか。

 あの時、そこまで知恵は回りませんでした。ただ、お弁当箱が汚されてしまったこと、中身が捨てられてしまったことが、お母さんにバレないように、それだけしか考えられなかったのです。

 思えば、いつもいつもそんな風に場当たり的なことばかりを考えていました。

 早く終われ、苦しいことは全部、わたしが耳を塞いでいる間に。部屋の中に閉じこもっている間に。「ごめんなさい」はそれを加速させるための油です。

 これは、自分の身を守るための知恵?

 いいえ。頭の中は稲わらだらけ。脳みそどころか糠やピンや針すらも入っていない。楽な方へ、楽な方へ。そちらに向かうために考えることは、「逃げ」というものでしょう。
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