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Chapter:3 ルアノンにて
Episode:41
「気を付けて行ってこいよー」
 竜舎のおじさんの声を背に、歩き出した。

「下りじゃないんだな」
「あの丘まで登って、その先なんですよ」
 そんな会話を交わしながら、急な上り坂を行く。
 下から見上げていたときは、さほどでもないように見えたのに、実際に歩くとかなり長い。

「うわぁ……」
 丘の上まで差し掛かったところで、ルーフェイアが声をあげた。
「すごいな、ここまでとは思わなかった」

 眼下に広がるのは、言葉どおりの「大」渓谷だった。見渡すかぎり、赤灰色の切り立った崖が幾重にも重なっている。
 ただ、不毛の大地というわけではなかった。乾燥してはいるが、遠目にも緑が点在しているのが分かる。

 振り返ると、さっき発ったルアノンの町が見下ろせた。石造りの建物と、北側の大穀倉地帯。それに南側の森林地帯とが一望できる。ちょうどこの丘を境に気候が違うのだろう、乾燥した大地と緑の沃野が、対照的だった。

「あの森もすごいな。切り開かれていないし」
「あー、あれって国が規制してて、開発ダメなんですよ」
 ガイドブックでは、周辺がみな自然保護区だということだったが、思った以上だ。

「あっちも、見られるのか?」
「ええ、まぁ、いちおう」
 答えるイマドの言葉は、なぜか歯切れが悪かった。

「何か、問題でも?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
 言いよどんだ彼が、走竜を操って私のすぐ近くに来る。
 そして、囁いた。

(こいつの兄貴、あそこで一昨年、亡くなったんですよ)
(――!)
 ルーフェイアは聞こえていたはずだが、何も言わなかった。ただ視線を落として、なんともいえない表情を見せている。

「――ルーフェイア、すまない」
「いいえ……」
 そうは答えているものの、辛そうな表情だった。まだそのときの傷が、癒えていないのだろう。

「……先へ行こう。谷底までは、けっこうあるんだろう?」
「ええ、あんまのんびりしてっと、真っ昼間の炎天下、歩くハメになりますよ」
 慌てて振った話に、イマドが上手く調子を合わせてくれた。私たちの命令で、走竜たちが下り始める。

 走竜の背に揺られながら、思う。
 ルーフェイアが学院へ来た一昨年、この周辺でシエラの傭兵隊が大規模に展開して、奇襲作戦を遂行した。

 作戦そのものは、成功だった。だが分隊がひとつ壊滅し、その最後の伝言がちょっと変わった内容で、学院内で話題になった。
 分隊は敵の敗残兵2名を追い詰めたのだが、片方が子供だ、と報告している。そしてすぐあと「男は終了」と報告、さらに「金髪の子」「殺される」という言葉を最後に、連絡が途絶えた。

 いろいろな状況を考え合わせると、その「金髪の子」というのが、ルーフェイアだったのだろう。
 この子の桁外れの戦闘能力も、納得がいった。なにしろ分隊を、壊滅させるほどなのだ。
 分校を飛び越えて本校へ直接入学したのも、そういう理由なら当然だろう。じっさいタシュアも、同じように直接本校へ入学している。

――可哀想に。

 軍事には詳しいルーフェイアだ。相手が学院生だったことなど、最初から分かっていたに違いない。そしてふつうの子ならもっと、憎むなりなんなりするはずだ。
 なのに彼女は、そういうこと無しに学院で過ごしている。傭兵というのは、命令というのはそういうものだと、この年で割り切るほどに慣れてしまったからだろう。

 そこまでの子など、学院にはまずいない。かつてのタシュアくらいだ。
 彼女の潜り抜けてきた修羅場がどれほどのものだったか、十分にうかがえた。常に見せているどこか寂しそうな表情も、そういったところから来るのだろう。
 だからためらったが……言う。

「ルーフェイア、あとで森へ、行かないか? その……花を、持って」
「え……」
 ルーフェイアが、驚いた表情で振り向いた。

「中までは行けないかもしれないが、入り口に、花だけでも」
 少女の碧い瞳に、涙があふれる。
「すみません……」
 久々に泣き出してしまったこの子に、かける言葉が見つからなかった。
 すぐ後ろに座るイマドが、少女の頭をなでる。

「行こうぜ、ほら、泣いてねーで」
「……うん」
 走竜は変わらず、ゆっくりと歩いていた。




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