◇Sylpha
「タシュア、来週は空いているんだろう?」
なんだか分厚い上に、難しそうな本を読んでいるタシュアに話しかけたが、返事はなかった。
「空いて……いるのか?」
「はい?」
初めて気付いた様子で、やっと彼が顔を上げる。
「何か言いましたか?」
タシュアにしては珍しく、本に夢中で全く聞いていなかったらしい。
「そんなに、面白いのか?」
「ええ」
彼が読んでいるのは、かなり古そうな本だった。皮で装丁され、金箔をうった飾り文字が、その標題を現している。
「ネグイ……?」
読んでみたが分からない。だいいちこの標題は、ケンディク語でもアヴァン語でもなさそうだった。
「シルファ、それはアヴァン語読みです。これはローム語で、『ネゴリ記の解釈』ですよ」
「ネゴリ記? そう言えば、聞いた覚えはあるが……」
だがどこで聞いたかは、さっぱり思い出せない。
「上級の資格を持っているのに、それでは困りますね。
ローム文明の歴史書であるネゴリ記の、これは解釈本ですよ。本家本元のネゴリ記がほとんど現存していないせいで、この時代の歴史はほとんどこれが公式になっているんです」
すらすらとタシュアは答えたが、私にはピンとこなかった。
彼と違って、私は歴史は大の苦手だ。
「あなたも読んだほうが、いいのではないですか?」
「いや、遠慮する……。
だがこの本、どうしたんだ? 貴重なものに見えるが……」
どこかの大きな図書館にならわかるが、個人が持つような本にはとてもみえない。
「ルーフェイアが、持って来たのですよ」
「――あの子が?」
確かにかなりのワケありとは思っていたが、さすがにこれには驚く。
給料をもらっている上級傭兵の生徒ならまだともかく――いやそれでも、こんな本を持っているのは明らかにおかしいだろう。
不思議がる私に、タシュアは答えた。
「そう言えばシルファは、詳しいことは知りませんでしたね。
あの子は――ルーフェイアは、古くから続く家の跡取り娘なのですよ」
「あ、それで……」
いつぞやのドレスの件などと重なって、少し納得する。だがそれほどの少女がこの学院にいるというのも、おかしな話だった。
「シエラ以外にも、行くところはあるだろうに」
「あなたが気にしてどうするのです。選んだのは本人ですよ」
タシュアの正論。
「事実ここでやれているのですから、問題ないと思いますがね」
「まぁ確かにあの年で……きちんと、戦える子だからな……」
普通の学校ではなくMeSに転入したという理由は、それしか思い当たらない。
だがそれなら、いったいどこでそれを覚えたのか。
もしかするとタシュアと同じで……。
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