挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
元勇者の嫁ですが、なにか? 作者:(=`ω´=)
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

29/170

HDレコーダーですが、なにか?

 翔太の送迎やら買い物やら、とにかくユエミュレム姫が積極的に外出するようになると、ユエミュレム姫と接する人の数も自然と増えてきた。
 まず最初に言葉を交わすようになったのは、アパートの住人や近所の人たち。アパートの住人にしてみればユエミュレム姫は大家である千種と同居しているわけで、無視するわけにもいかなかない。
 数日、翔太の送迎をしてくれていた「やちよさん」とすでに顔見知りになっていたこともあり、打ち解けるのは意外に早かった。
 千種のアパートは家族向けの物件であり、住人の年齢層は様々であったが、ユエミュレム姫が終始愛想よく振る舞っていたこともあり、朝のゴミ出しや翔太の送迎の前後に軽く立ち話をする程度の関係はすぐに構築することができた。
 まだ日本語に不自由しているユエミュレム姫は微笑みながら聞き役に徹することが多かったわけだが、こうした立ち話に参加することによってユエミュレム姫は顔見知りと語彙を増やすことになった。

 それまで室内に閉じこもっていた反動もあり、ユエミュレム姫は暁に負担がかからない程度に近所も散策しはじめている。
 とはいえ、近所の範囲内を暁を抱えてぶらついたり、翔太がいつも遊びにいく公園へいったり、といった極めて短時間の外出なのであったが、これが意外といい気晴らしになった。
 そうして散策していると、暁を抱えていることもあって、時折、声をかけられることがある。
 明白に日本人ではないとわかるユエミュレム姫に声をかけてくるのはたいてい時間を持て余した老人かあるいは逆に物怖じしない子どもである場合がほとんどだったが、たまになにを勘違いしたのか若い男が声をかけてくることがあった。前者の場合は、ユエミュレム姫の日本語理解能力がおよぶ限り丁寧に応答していたが、後者の場合は相手が複数であり、また、ユエミュレム姫の意向や都合を無視してつきまとい行為を行おうとしてくる傾向が強く、その執拗さに辟易した場合には、こっそりと麻痺の魔法を使用し、何食わぬ顔をしてその場を後にすることが多かった。
 ユエミュレム姫が住む町は、えんえんと住宅ばかりが続く比較的退屈な町であったが、そんな退屈な町でも昼間から異性を求める若い男がたむろしているのだな、と、ユエミュレム姫は妙な部分に感心する。中にはユエミュレム姫の風貌から外国人であると決め込み、拙い英語で話しかけてくるような手合いもいたが、いずれにせよユエミュレム姫にとっては歓迎できない相手であることに変わりはない。
「世界は違っても、軽薄な男の行動はあまり変わらないものですね」、
 と、ユエミュレム姫は変な部分に関心したりする。

 ユエミュレム姫もいつも外出ばかりしているわけではなく、そもそも暁がまだ小さいので必然的に室内にいつ時間が長くなるわけだが、持て余す時間はテレビやタブレット端末、マンガや絵本を見たり読んだりすることに費やしていた。もちろん、完爾が購入してきた漢字ドリルも毎日コツコツと続けている。
 そしてある時、たまたま早く帰宅した千種の晩酌につき合う形でHDレコーダーの存在と使用を知るところになる。
 深夜アニメの鑑賞は、いい年齢をしてオタク気質が抜けきっていない千種の数少ない娯楽であった。
 自然、千種といっしょに、時に完爾の解説を挟みながら、鑑賞する機会が多くなる。
 手描きの絵に着色し、機械で作った絵と合成して動かしているものだというそのアニメという表現方法は、ユエミュレム姫が知っている絵画よりはよほど緻密に作られているように感じた。
 題材となる物語も、ごく日常的な物から非現実的な物まで、種類が豊富。
 千種に買って貰ったマンガを読んだ時にも思ったものだが、
「よくもこんなモチーフを、鑑賞に堪える作品にまで昇華できるものだ」
 と感心することが多かった。
 娯楽作品に関する熱意が、ユエミュレム姫が生まれ育った世界とは根本的からして異なっているように思える。
 なにより、それらの作品の中で使用される言語は、ユエミュレム姫にとっては恰好の教材となった。
 どういった際に使われる語彙なのか、シュチュエーションとともに提示してくれるからだ。
 完爾などは、
「ああいった作品はだいたいかなり誇張して描かれているものだから、あまり信用しすぎない方がいい」
 いうのだが、そのまま鵜呑みにはできないものの、十分、参考になることは否定できない。
 昼間、誰もいない時間などに、HDレコーダーに録画されていた映像を、ユエミュレム姫は片っ端から鑑賞しはじめる。
 なにがどうなっているのかまるで理解できない作品も多かったが、多くの作品に触れるうちに、ユエミュレム姫も自分が好む作品の傾向というのがわかってきた。
 ユエミュレム姫が鑑賞した作品の中で一番興味を引かれたのは競技カルタを扱った作品で、それはこの国の普通の学生生活が多少ななりとも描かれているから、という理由も多分にあったわけだが、それ以上に作中でそれなりの比重を占める「カルタ」というものが、ユエミュレム姫がよく知る詩歌に近いものだったからだ。
「あー。
 義妹ちゃん、そういや、剣と魔法の世界から来たんだったよなあ……。
 それじゃあ、現代よりも古典の世界の方が、感情移入しやすいかも……」
 とかいいながら、千種はタブレット端末を操作してその深夜アニメの原作マンガ既刊分と小倉百人一首の初心者向け解説本、カルタの実物をポチってくれた。
 ポチると、その商品が家に届けられるということは、ユエミュレム姫もこれまでの例で学習している。
 ユエミュレム姫が礼をいうと、千種は、
「いいからいいから。
 この程度、いつも家事をやって貰っているお礼だと思えば、安いもんだよ」
 と、鷹揚に応じる。

 そんなこんなで、ユエミュレム姫の日本語学習は順調に進んでいる。
 どうしても、しゃべるよりは読み書きをおぼえる方が早くなってしまうのだが、使用頻度の高い漢字なども徐々に理解しはじめていた。
 発音については、まだ舌がうまくまわらないことが多く、自分自身で聞いても拙く感じてしまうことが多い。
 ともあれ、タブレット端末で検索する情報も、完全に、とはいかないまでも、漠然と大意は掴めるようになってきた。
 毎晩、仕事から帰ってきてからユエミュレム姫の勉強につき合っている完爾は、そうした進捗状況を把握して、ある日、電子辞書を買ってきてくれた。
 一通り、使い方を説明してくれて、
「……これだと、古語辞典も入っているし、正しい発音もわかるから」
 とかいいながら、ユエミュレム姫に渡してくれる。

 百人一首に親しみ、そらんじるようになったユエミュレム姫は、その次に「源氏物語」に目を付け、そこから「枕草紙」や「徒然草」にまで興味を広げていくのだが、それはもう少し後のこと。
 また別のはなしである。 

 そうこうしているうちに、一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。
 その間、完爾の実印ができあがり、キャッシュカードが届き、千種が完爾の会社の登記を完了させ、暁は体重を順調に増やしていたわけだが……。
 そんなある日、しばらく連絡がなかったクシナダグループから、完爾あてに正式な公開魔法実験の申し出が届いた。
 完爾は、細々とした要望を伝えた後、
「……以上の点を呑んでいただければ、後の子細はそちらにお任せします」
 と、返答する。

 完爾がはじめて衆人環視の場でおこなう魔法実験は、その週の土曜日に実施されることになった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ