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元勇者の嫁ですが、なにか? 作者:(=`ω´=)
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求人ですが、なにか? 

『本当に、それでいいのか?』
「こいつが潮時ってもんですよ。
 ぼくも少々長生きしすぎましたし、相手にしても不足はなし。
 貴女には、お世話になりっぱなしでしたが」
『それについては、どうでもよい。
 これまで楽しませて貰ったことだしな』
「楽しませて、ね。
 最後に、ひとつ確認しておきたいことがあるんですが」
『なにか?』
「貴女の本当の年齢は?」
『正直に答えるわけがなかろう』

 おそらくは、気まぐれにすぎなかったのであろう。
 その昔、パリで、所在なげにしていたとき、その人の手によって不老不死の存在となった。
 だが、不滅の存在になったことが、果たしてよかったのかどうか。
 世に有為転変はつきもの。ましてや、その当時は価値観の転変が激しい時代でもあった。
 昨日の正義が今日のギロチン。正義と悪とが目まぐるしく入れ替わり、かえってそんなものは相対的な価値観でしかないのだと否が応でも印象づけられた。
 現代でいうジャーナリズムの萌芽が芽生えたのもその時代。プロパカンダの道具であったことは当時と今もたいして変わらないが、情報の伝達速度だけは時代が経るごとに飛躍的に向上した。
 しかし、本質は変わらない。
 すべては虚妄。不変な真実など、どこにもない。
 ありとあらゆるものが移ろい、姿を変えるのを目撃しながら、その男は自分が長生きをしすぎたことに気づく。
 飽いたのだ。
 いや、それ以上に、自分を形作る輪郭というものが、すでに機能しなくなっていたのだ。
 あまりに長い歳月。それは、常人である自分の身で受け止めきるのには多すぎる経験と知識。
 何人分もの、いや、何十人分もの人生に匹敵する歳月を呑み込むのには、ヒトという器は狭量にすぎるのだ。
 身体が保全されていたとしても、中身までもがそうだとは限らない。
 自分という輪郭を保つために、男はおどけ続ける。
 幾つものパーソナリティを使い分け、乗りこなし、同時に幾つもの役割を果たしながら、道化として踊り続けてきた。

 しかし……飽いたのだ。
 まだまだ踊り続けようと思えばいくらでも踊り続けられるのではあるが……ここいらが、潮時というものだ。
 最後の最後に、身を引くのに相応しい相手が現れたことでもあるし……あとのことは電子の海に浮遊する分身たちに任せ、この身に引導を渡すべきだろう。

「世界をひとつ、救ってきた男と、世界をひとつ、壊そうとして壊しきれなかった男。
 いい組み合わせではないですか」

 グラスホッパーでもよかったのかも知れないが……彼は、本気でたちむかってきてはくれなかった。
 いや、本気でむかってくれないのは、あの男も同じなのだが……それならば、本気にならなければならないような状況を作ればよい。
 グラスホッパーとあの男とでは、ひとつ、決定的な違いがあった。
 グラスホッパーは天涯孤独、失うべきものをなにも持たない身だが、その男には家族というしがらみがあった。
 そこをつけば、いいように踊ってくれるはずだった。

 ドキュメンタリー番組の放映日が決まったからといっても完爾たちの日常になんらかの変化があるというわけでもなく、強いていえば完爾もユエミュレム姫もだんだん多忙になっていくくらいだが、これについてはドキュメンタリー番組の有無にはあまり関わりがないところでそうなることが決定していたようにも思う。
 ユエミュレム姫は城南大学と忙しなく自宅を往復しながら、家事も手を抜こうとはしなかったし、完爾は本業の仕事がひけてからのビデオチャットを使った会談が多くなってきた。世相としては魔法を否定する言説もいぜんとして多く流布しているのだが、それとは別に実際的な人々は魔法の実用的な側面に着目し、完爾に接触して自分たちにとって少しでも有利な条件を取りつけようとする。
 魔法の知識の開示にあたり、
「相手をみて優劣をつけることはない」
 という完爾の側の対応は終始一貫しているのだが、交渉でなんとかなると思いこんでなにかと口実を設け、粘り強く接触を図る者も少なくはなかった。
 あんまり頻繁だと他の人たちとの機会の公正性が損なわれるとして会見そのものを断るのだが、それでもなにしろ希望者の絶対数が多いので完爾一人ではなかなか捌ききれなくなって来ていた。
 すでに主要な国家や企業にはこちらの姿勢についての説明が終わっているし、これもぼちぼち中断すべきかなあ、と、完爾は思いつつある。正直、やってもやっても際限がない気分になっていた。それに、実際に魔法の知識を公開する前の今の時点でこれほど食いつきがいいと、実際に魔法の知識を公開したらどれほど多忙になるのか。
 場合によっては会社とは別に専任の人を雇い、しっかりとした窓口も設けるべきなのか。いや、今すぐとはいわないが、いずれはそうするべきなのだろうな……などということも思う。
 魔法普及協会、とかなんとかいう名称で……などと考えはじめてからはっと気づき、
「詳しいことは、あとで改めて相談してみてからにしよう」
 と思い直す。
 この手の思案については完爾自身よりもユエミュレム姫の方が適性がある気もした。

 いつものように早朝に自宅に帰り、シャワーを浴びて髭をあたり、着替えてから朝食につく。
 そして、いつものように千種やユエミュレム姫に相談をしてみた。
「……まあ、電話番くらいは置いた方がいいのかもな。
 例の番組が放映されれば、問い合わせも来るだろうし」
 というのが、その件についての千種の見解だった。
「そんなので本業の足を引っ張られたら、それこそ目もあてられない」
「専用の窓口、ですか」
 ユエミュレム姫は、少し考え込む顔になった。
「必要になってくるのでしょうね。そういうものも。
 会見のスケジュール調整だけではなく、その他の雑事もでてくるでしょうし。
 ……また、会社をたちあげるのですか?」
 完爾に、そう訊ねてくる。
「そこまでするのは、もう少し先でいいだろう」
 完爾はあっさりと答えた。
「実際に魔法の知識を公開しはじめるのは、まだ先だし。
 そういう動きが本格化してからでいんじゃないのか?」
 そうした動きが本格化すれば、いずれはそれなりの規模を持った組織をたちあげるしかなくなる。事務処理だけを考えても、完爾たちだけでは到底、処理できない量になるはずだからだ。
 だが、そういうものが必要にナルのは、今ではない。
「今は必要としているのは、もう少しこじんまりとした諸々の雑事とか受付業務、それにこの三人で手が回らないところをうまくフォローしてくれるような秘書役くらいなものだと思うけど」
「そうだな」
 千種も、頷いた。
「秘書役と、それに、魔法関係の業務全般を見渡して、いずれ知識公開が本格化するときにたちあげる組織の柱となりそうな人材、と。
 秘書役だけだったら適当に人材派遣でも利用すれば調達できるけど、後者の人選は少し難航するか……」
「心当たり、ある?」
 完爾は、確認してみる。
 職業柄か、千種は意外に広い人脈を持っていたし、それに助けられた局面もあった。
「いくつかは、あるけど……まずは先方に確認してみないとな」
「それじゃあ、お願いする。
 あまり急ぐことでもないし、おれたちにはあてさえないし。
 ユエもそれでいいかな?」
「ええ。
 姉君にまかせておけば、安心ですね」
 ユエミュレム姫は素直に頷いた。
 もともと、ユエミュレム姫はバランスの取れた判断力を持っている千種のことをかなり信頼している。
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