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ミスターKKですが、なにか?

「寺生まれのTさんがいれば、一行で解決するんだけどな」

 ある日の朝食の席でのことである。

「大佐」退治の後遺症について、完爾の説明を聞いた千種のいい草であった。

「いや、そういう便利キャラ、現実にはいないから」

 その「寺生まれのTさん」が具体的にいかなる人物であるのかを完爾は知らなかったが、おそらく漫画かアニメかゲームのキャラクターだろう……と、完爾は予想する。

「でもまあ、こうして平気ではなしているってことは、結局、本当に大変なことにはなっていないんだろう?」

「大変というか……まあ、耐えきれないわけではない、という程度だけどね」

「なんだ。結局、耐えられるんだ。

 それじゃあ、本格的にヤバいというわけでもないんだな」

「うん。まあ」

「あんたって、昔っからへんなところで鈍かったからねえ。

 それよりも、例の生中継以来、海外の反応が面白いことになっているよ。

 さてさて、今日のミスターKK情報は、っと……」

 ミスターKKとは、対「大佐」戦の一件のとき、マスコミが完爾のイニシャルからつけた仮名、「KK」に由来するニックネームだった。生中継が開始された前後、報道を控えるよう通達してきた政府筋と報道陣が交渉した結果、完爾の顔にはモザイクをかけ、正確な氏名は公表しないという協定が成立したそうだ。

 それらの駆け引きが行われていたとき、完爾は戦闘で忙しかったので具体的にはどのようなやりとりがあったのか知らない。

 おそらく「報道の自由」と「個人情報の保護」がせめぎ合い、妥協した結果、そのような形に落ち着いたのだろう。

 千種はタブレット端末の英語ニュースサイトをチェックしながら、その内容を掻い摘んで説明してくれた。


「近隣諸国では、あんたのことを新手の生物兵器呼ばわりして東京湾での出来事は軍事的なパフォーマンスだと主張している。

 これは日本が軍国化していく兆候だ、とかいいだして……でも、他の国からは特に反応はなし。

 ま、平常運転といえば平常運転だな……」

「まあ、あっちじゃあ、内政の不満から目を逸らす方便として反日感情を煽っておけ、という風潮があるからな」

「ん。だからこれは、本気で相手にしなくていい。

 それよりも、アメリカのいくつからの州で、市民団体がノーモアマジック集会というのを開きはじめたようだ。

 こうした動きは日本ではあまり報じられていないけど、キリスト教系の保守団体が主催しているようだねー」

「キリスト教系なのに、政治活動をしているのか?」

 完爾が、疑問の声をあげた。

「むこうではそういう団体、意外に多いんよ。

 州にもよるけど、聖書に反するからっていまだに公立の学校で進化論を学校で教えるな、って法律で定めている州もあるくらいだし。

 でもまあ、今のところ、そういうのは少数派で、大多数はあまり深刻に受けて止めていないというか、本当にあった出来事の映像だとは思っていないみたいだねえ。

 また日本か、とか、映画かなにかのプロモーション映像だと思っている人が大半だな」

「……いきなりあれを見せられて、現実だと思えといわれても無理があるしな」

 当の本人である完爾が、涼しい顔をしてそういってのけた。

「いきなり信じろっていう方が無理といえば無理か」

「でも、ネットに流れた映像のほとんどがテレビのニュース番組で放映されたもののコピーなわけだし、あのあと、あんたが暴れた跡地、焼け野原になった廃工場跡も何度かレポートされてその映像もネットに出回っているから、現実のことだと信じる人も徐々に増えているみたいだ」

「なにより、以前、富士演習場での映像が各国に送られているはずだからな。

 一般市民はともかく、政府筋は追認の形になったはずだし」

「その一般市民が、問題だわな」

 千種は冷静に指摘してきた。

「政府とかが相手なら、利害関係や損得を含めて判断して、それなりの交渉も可能なんだが……無数の大衆は、後先のことを考えず、そのときの感情だけで動くときがあるから……」

「まさか、この現代で魔女狩りのようなことが起こるとか?」

 完爾は、大袈裟に顔をしかめてみせる。

「原作版のデビルマン以来、マンガなんかではそういう展開も定番ではあるけど……。

 でも、今回の場合……これについては、そんなに心配する必要もないだろう。

 それよりもむしろ、気をつけなければならないのは……」

 ……あんたがなんでもできるスーパーマンだと思われて、どんな問題でも駆り出されることだな。

 と、千種は続ける。

「持たざる者は持てる者を羨み、あてにしようとする。

 高額の宝くじ当選者に、寄付をしてくれと浅ましい乞食どもが群がってくるようなもんさ。

 あんたはテレビの生中継で圧倒的な力を持っていることを中継し、世間に対して明らかにしてしまった。

 これからその力を勝手にあてにして、あんたに協力やらなんやらをしてくれと請願してくる人がわんさか集まってくるんじゃないか?

 あんたの不思議パワーをあてにして、難病にかかった子どもを助けてくれとか車椅子を押した親御さんが集まってくるとか……」

「……どっかの新興宗教じゃないんだから」

 完爾は、そっとため息をつく。

「怖いこと、いわないでくれよ」

 怖い……というのは、そこまで追い詰められた人に実際に合ってしまったら、完爾自身が同情しないという確信が持てなかったからである。

 もっとも、同情したところで完爾が使えるのは簡単な回復魔法程度でしかない。それは決して万能なわけではなく、多少の怪我などならなんとかなるのだが、癌やその他の遺伝子に原因がある疾病や感染症には、完全に無力なのであった。

「災害救助くらいなら、駆けつけるかもしれないけど……。

 できても、せいぜい、その程度だな」

 第一、完爾の体はひとつだけしかない。

 どんな能力を持とうが、世界中の「困っている人すべて」を救済できるはずもなかった。

 いや、それ以前に家族とか会社とか、完爾にしてみればもっと優先的に守らなければならないものがあるわけであり、勝手に期待されてもそのすべてに応じられるよしもない。


「まあ……いいたいことはわかるけど……」

 千種はいった。

「……妙な期待が高まる前に、そうした意見も含めて、自分の考えを正式な声明として発表しておいた方がいいんじゃないのか?」

「正式な声明……ねえ」

 完爾は、微妙な顔になる。

「なんだか大袈裟な気もするけど……」

「マスコミは自重しているけど、ネットの方は素人が勝手にやっている分、自重していないからな。ミスターKKの正体から経歴から、バレバレだから。ちょいと検索すればすぐに出てくる。

 興味本位のガセネタも多いが、案外正確な情報もある」

「ああ。

 うちの店にもおれに目当てで来る人がいるし」

 店員に、「不在です」と門前払いをして貰っているのだが。

「城南大学のサイトの方にも、問い合わせが多数来ておりますが……」

 ユエミュレム姫が、そう指摘してくる。

「本題の語学とは関係のない質問ですので、今のところは、無視していますが……カンジとわたくしについての質問が日に日に増えてきておいますので、早急になんらかの回答を提示する必要があるという意見が研究室の中で出はじめています」

 質問もなにも、大学のサイト内に公開されているユエミュレム姫の「手記」を読めば瞭然としているような気もするが……要は、その真偽についての問い合わせが多い、ということなのであろう。

「わたくしのブログのコメント欄も、ここ数日はその手の質問ばかりが書き込まれています……」

 ユエミュレム姫のブログの管理は、研究室の人たちが共同で行っている。コメント欄も承認式で、管理者側が認めない限りは表示されない設定になっているため、今のところ、表面化はしていないのだが……それでも、ミスターKKのことに興味を持った人たちが予想以上に大勢いることは、実感できたという。

 対「大佐」戦の生中継を観た人たちにしてみれば、あの「手記」の内容が荒唐無稽な物語なのではなく、現実にあった出来事を回想したものだといわれても、それなりのリアリティを持つわけであり……。

「……別に嘘をつく必要もないと思うけどな」

 完爾はそっけなくそう答えた。

「わたくしも、そう思います。

 ですが、問題になるのはどういう風に回答すべきかということで……」

 ユエミュレム姫によると、「完爾=ミスターKK」という図式を正式に認めてしまうと、そちらに関心を持つ人ばかりが集まってきて収拾がつかなくなるのではないか……という意見が、研究室内で出てきているらしい。

「あそこでは、あくまで言語の研究に関した情報を優先的に提示する場所なので、その邪魔になるような情報が増えすぎるのも本末転倒になるのではないか、と……」


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