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元勇者の嫁ですが、なにか? 作者:(=`ω´=)
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慰労会ですが、なにか? 

 この集まりの幹事でもある出版社の担当編集者は、終始上機嫌だった。
 飲み会の最中に、
「このまま続巻、入門編のあとの上級編をやりましょうよー!」
 などといいながら、牧村女史やユエミュレム姫に何度となくまとわりついてくるくらいには、上機嫌だった。

 他の参加者は、牧村女史のところの院生や研究生たち、撮影の際に協力してくれた人たちなどで、なんだかんだでそれなりの人数になっている。小料理屋の一室を借り切っての会費制だったが、一応、不足分の料金は出版社で出してくれるということだった。
 撮影の際に何度も顔合わせているため、ユエミュレム姫もこの頃にはこの場にいるたいがいの者と親しく会話をする仲になっている。
 どちらかというと、完爾自身がこの中で一番浮いているような気がしたが、最近はなんだかんだで身辺が慌ただしかった完爾は、大勢の中で放置されることも特に苦痛とは思わず、この騒がしい集まりから少し距離を取ったつもりになって、ゆったりと雰囲気を楽しんでいた。
 なんといっても、自分が主役ではないとう気軽さがあるところがいい。
 大学に通う機会すら与えられなかった完爾にしてみれば、その年頃の人たちが気軽にじゃれ合う様子を間近にみることも、新鮮といえば新鮮だった。時間が空いていれば、一度くらいは撮影風景を見学にいったのだが、生憎と完爾自身もそれなりに多忙な身であり、結局そうした機会を作ることはできないままに終わってしまった。

「門脇さん、門脇さん」
 そんなことを考えつつ、ぼんやりとしていると、学生だか院生だかの若者たちに声をかけられる。
「門脇さんも、エリリスタル王国語をはなせるって聞いたんですけど、本当ですか?」
「日常会話と簡単な読み書き程度なら、できますが」
 完爾が穏やかな口調でそう答えると、なぜかその若い女性たちが「きゃー」と歓声をあげた。
「それでは、なにかいってみてくれませんか?」
 と、そのようにいわれたので、完爾はエリリスタル王国語で、
「えー、本日はお日柄もよく賑々しくご来場くださりどうもありがとうございました。
 本日は出版記念の慰労会だそうですが、この地上のどこにもない土地で使われる言語の手ほどき書などというおおよそ非実用的な書物が出版され、それなりに売れてしまう平和な国はこの日本くらいなものでしょう……」
 うんぬん、といった他愛のない内容を適当に、少し長めにしゃべってみせた。
 完爾に声をかけてきた女学生たちは最初のうち、ぽかんとした顔つきをし、次いで、なんの切り替えもなく突如として流暢に異質な言語をはなしはじめた完爾の顔を、珍獣かなにかをみるような目つきで見つめはじめる。
 それぞれに雑談に興じていた他の人々も、完爾の様子に次第に気づいてこちらに注目しはじめた。
 完爾がはなしている内容を理解できるユエミュレム姫は、どこか困ったような微妙な表情をして、牧村女史は笑いをかみ殺したような表情をして、こちらの様子を伺っていた。
 完爾があまり意味のないおしゃべりをしめくくると、完爾になにかはなせといってきた女学生たちは、「本当にはなせたんですね」とか「感激しました」とかわけのわからない感想を述べて離れていった。
「うちの子たちが、無理をいったようで……」
 苦笑いを浮かべながら、牧村女史が近づいてくる。
「いえ、これくらいなら別に、無理というほどのことでもありませんが」
 隠し芸代わりに魔法を披露しろ、といわれれば、完爾も少しには癪に障ったのかも知れなかったが、この程度のことなら別段、不快感をおぼえることもなかった。
「この程度のことで座が盛りあがるのであれば、安い」
 くらいに思っており、そのことを口に出して牧村女史にも伝える。
 しかし、牧村女史は恐縮した様子で、
「そういって貰えると……」
 といって、萎縮した様子だった。
「そういえば、門脇さん。
 お仕事はなにをやっているんですか?」
 学生だか院生だかわからないが、二十代半ばの若い男性が、完爾に訊ねてくる。
 完爾は、「こういうことやっています」と名刺を出して渡した。
「しがない中小企業のおやじですよ」
 完爾の名刺を受けたった男性の手元を、周囲の学生たちも覗き込んでいた。
「……なあ……」
「これって……」
 数人の若者たちが、小声でなにか囁き合いはじめる。
「あの……門脇さん。
 門脇さんって、ピンクフィッシュの……」
 その中のひとりの女性が、完爾に訊ねてきた。
「ええ。
 それ、うちの会社のブランド名になります」
「……えええー!」
 と、何人もの学生たちが大きな声をあげた。
 その名刺にはブランド名まで印刷していなかったのだが、所在地の住所で判断されたらしい。
「ええ? マジで?」
「あの奥さんを貰ってて、しかも昇り調子の会社経営者って……」
「ちょっ。
 それ以前に、元勇者だし。
 リアル召喚物」
 学生たちが、口々に勝手なことをはなしはじめる。
 そして、ひとしきり騒いだあと、ある学生が完爾にむかって、
「なにか、魔法を使って貰えませんか?」
 などといいだした。
「……えーと……」
 完爾は視線を泳がせて、ユエミュレム姫の顔色を伺ってから、
「まあ、テーブルマジック程度のものでいいのなら……」
 と、結論した。
 まだ暁の授乳期が終わっていないため、ユエミュレム姫はこの夜もアルコール飲料を避けてウーロン茶ばかり飲んでいる。
 完爾は胸ポケットから安物のプラスチック製ボールペンを取り出して、両手で軽く握る。
 そして、手の中からそれを出したときには、それはボールペンではなく、芯の部分とプラスチックのブレスレットという二種類の物体に変形していた。
 ピンクフィッシュブランドの製品の中では低価格品帯に位置づけられている商品とほぼ同じもので、よく出ているこの商品ならば、材料と数秒ほどの時間さえあれば、普段量産している完爾なら目を瞑っていても作ることが可能だった。
「おおおおー!」
 と、学生たちが感嘆の声をあげる。
 その後も軽く質問責めにあったが、適当に答えたり、牧村女史に注意して貰ったりして、お開きまでどうにか無事にやり過ごすことに成功した。

 会場の予約時間が過ぎたということで、完爾たちは一度外に出る。
 元気な若者たちはこれから二次会、三次会に繰り出すそうだが、完爾とユエミュレム姫はこのままお暇をするつもりだった。
「今日は、いろいろとすいません」
 と、牧村女史から、また謝られる。
「いえいえ、お気になさらず」
 完爾は、慌てて軽く手を振った。
「こういうノリは知らないで過ごしましたので、それなりに楽しめました」
「そういっていただけると、助かるのですが……」
 教育者としての牧村女史は、どちらかというと心配性なようだ。
「それでは、おれたちはここでお別れさせて……」
 完爾が別れの挨拶をいいかけたとき……。

 空間が、凍りついた。

「……ユエ。
 これって……」
「ええ。
 おそらく、誰かの……」
 完爾とユエミュレム姫、それに、牧村女史や関係者一堂だけが、こちらに取り残され……他の人間や風景が、色褪せ……それに喧噪も、ほとんど耳に入らなくなった。
 完爾とユエミュレム姫を除く人たちが、違和感をおぼえて周囲を見渡している。
「……え?
 なに?」
 若い女性が、叫んだ。
「これ……なにも触れないんだけど!」
 その女性は、手近な街路樹に手を近づけるのだが……その手は街路樹に振れることなく、街路樹の中に埋没してすり抜ける。
「みなさん、落ち着いてください」
 ユエミュレム姫が、凛とした声をあげた。
「何者かが、わたくしたちと世界の位相をずらしました。
 その意図は……おそらくは、わたくしたちに対する攻撃です」

「世界の位相をずらす、って……」
「それなに?」
「それも、魔法?」
 自分の世界から切り離された人々が、動揺した様子で口々にそんなことをいい合いはじめる。

「……カンジ」
「ああ。
 この程度なら、力ずくで抜け出せる……と、思うけど……」
 元勇者である完爾の魔力量は絶大だった。
 この程度の小細工ならば、魔力量に頼ってこの空間をぶったたけば、位相のずれくらいは元に戻せる自信はある。
「ただ……仕掛けたやつの狙いがわからないからなあ」
 相手の意図が分からない今、元に戻すことが果たして得策か、どうか……という部分が、完爾には判断できない。
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