見られる。
「あっ、おはようございます、ご主人様」
目が覚めると、すぐ目の前にユエルの青い瞳があった。
「あぁ、おはよう」
ユエルは添い寝をしながら俺と見つめ合うような姿勢で、俺の顔を覗き込んでいる。
どうやら寝顔を見られていたらしい。
口元を触ると、涎が垂れていた。
少し恥ずかしい。
それにしても、ユエルが先に起きているなんて珍しい。
普段は俺よりもちょっと遅いぐらいに目を覚ますことが多いのに。
......たまに早起きして、俺のテントを見つめていることがないでもなかったけれど。
それに、少しいつもと雰囲気が違う気がする。
ユエルの微笑みの中に、達成感というか、充足感というか、そんな雰囲気が混じっているように感じる。
それに、少しばかり眠そうだ。
どうしたんだろう。
そういえば、俺は昨日、酒場で潰れてからどうなったんだろうか。
あのままテーブルに突っ伏して眠り込んだと思ったら、今はユエルと一緒にベッドの上。
そしてユエルは眠そうにしながらも、何やら満足気な表情をして――
......いや、まさかな。
ユエルをよく見れば、いつもは寝心地の良い薄手の服を寝巻き代わりにしているのに、今は外出用の服に着替えている。
何故、もう着替えているんだろうか。
早起きして、時間を持て余して先に着替えたのか。
それとも、俺が寝ているうちに服を汚してしまうようなことを――
......いやいや、あるはずがない。
ユエルに気づかれないように、さりげなく毛布の中で自分の服をチェックする。
問題ない。
昨日と同じ服だ。
ズボンもパンツもしっかり履いている。
ベルトも締まっているし、特別汚れたような様子も無い。
良かった。
何も無かった。
でも、何も無かったならどうしてユエルは......
偶然早起きしたユエルが時間を持て余し、着替えはしたけれど俺が起きるまで暇だったからベッドに再び潜り込んだ。
眠そうなのは早起きしてしまったから。
そんなところだろうか。
「昨日は誰かがここまで送ってくれたのか?」
「はい、ゲイザーさんがご主人様を運んでくれました」
「そうか......」
今度礼を言わな......くてもいいか。
そもそも、赤竜殺しなんていうものを頼んだゲイザーにこそ、俺が潰れた原因があるような気がする。
いや、飲んだ俺が悪いといえば悪いんだけれど。
心情的な問題として。
朝食を摂るために、酒場に向かう。
毎日欠かさずに通っている俺達は、最早常連中の常連だ。
出張治療院があるのだから当然といえば当然ではあるのだけれど。
店内に目を向ければ、仕事中のミニスカウェイトレスさんが、こちらに向けて手を振ってくれている。
あの、黒パンツの子だ。
今日は何色なんだろうか。
とても気になる。
転んだ時にヒールをかけてあげたあの日から、二、三会話をすることはあったが、彼女とはあれから特に進展は無かった。
出来ればスカートを自分からたくし上げてくれるぐらいまで仲良くなりたいなと思って偶に話しかけてはいたが、ドジっ子なせいか自分の仕事で手一杯なようで、話す時間がろくに取れなかったのだ。
つまり、俺と彼女はたいして仲良くは無い。
だというのに、今日は何やらフレンドリーだ。
親しげな笑顔で、手をフリフリと振ってくれている。
ミニスカートをフリフリしてくれた方が嬉しいのだけれど。
手を振り返そうとして――違和感に気づいた。
俺に手を振っているわけじゃない。
少し彼女の視線が横に逸れているような気がする。
上げかけた手を戻し、横を見ると――
ユエルがはにかみながら、ウェイトレスさんに手を振っていた。
ユエルさん、いつの間に仲良くなったんですか。
無償でヒールをかけてあげた事のある俺より仲良くなってるじゃないですか。
昨日、俺が寝てから話す機会があったんだろうか。
それにしても、俺が攻めあぐねていたドジっ子ウェイトレスを一晩で攻略するなんて、末恐ろしい子である。
是非その手練手管をご教授願いたい。
ユエルが手を振り返すと、ウェイトレスさんの視線が、横に居る俺に移った。
そして、俺と目が合うと、彼女は再びニコリと笑みを浮かべた。
仕事の手を止めて、少し早歩き気味でこっちに歩いてくる。
転ばないかな。
いや、違う。
どうしたんだろう。
まだ俺達は席にもついて居ないし、注文を取りに来たというわけではないはずだ。
ユエルに話でもあるのかとも思ったが、あの笑顔は間違いなく俺に向いている。
なんだろう、期待してしまう。
もしかすると、ユエルが昨日、俺のことを良い感じに話してくれていたのかもしれない。
「親切な人だとは思っていたけど、やっぱり優しい人だったのね! 抱いて!」という感じになってしまったのかもしれない。
そんなことを考えていると、ウェイトレスさんが俺の前にやって来た。
そして、彼女はニッコリとした笑顔のまま、元気な声で――
「昨晩のお会計、一万二千ゼニーになります!」
「............はい」
酒場で食事を済ませ、迷宮に入る。
目指すは七階層である。
もうスライムゼリーはしばらく困らない程度にあるが、今はとにかく金が欲しい。
今朝、財布の中身がほとんど消えてしまった上に、ユエルに服をプレゼントすると約束したからだ。
ユエルに服をプレゼントするなら、やはり中古ではなく新品が良い。
どうせ新品を買うなら、できるだけ良いものを買ってあげたい。
そして、良い服は高い。
一着数千ゼニー、という値段設定はザラにあるのだ。
というわけで、できる限り予算を確保しておきたいのである。
スライムは弱いけれど、魔石はしっかり七階層相当の物をドロップする。
七階層は金銭的にもおいしい狩場だ。
ユエルが魔物を倒した稼ぎでプレゼントを贈るというところに少し思うところが無いでも無いが、ユエルはきっと気にしないでくれると信じたい。
七階層に行くのは、最早手慣れたものである。
三階層までの魔物はもうユエルの相手にすらならないし、足が遅いグリーンイビーやジャイアントアントは進行方向に居なければある程度無視できる。
ビッグチックは見つけ次第ナイフを投げて先手を取ることで数を減らし、探索の時間を大きく短縮している。
そして七階層。
七階層が美味しい狩場というのは冒険者周りでは周知の事実のようで、テントを用意して泊まり込みの狩りをしているような集団もたまに見かける。
低階層では比較的危険な五階層や六階層突破のリスクを取った分、七階層に出来るだけ長く居座ろうという魂胆だろう。
しかし、泊まり込みでの狩りには不寝番が必要になる。
俺達は二人だけしか居ないから、それはなかなか難しい。
それに、迷宮の中に長く潜りすぎると、時間がわからなくなるという問題もある。
一応、一定時間結界を張れる使い捨ての魔道具や、時計も存在はするが、それなりの値段はする。
数日迷宮に潜れば買えないことも無いが。
しかし、今は金が無い。
買うのはまた今度だ。
七階層を適当に徘徊しながら狩りを続けていると、ボス部屋に辿り着いた。
ボス部屋には、ヒュージスライムが居る。
そのレアドロップは、スライムの雫。
冒険者ギルドで聞いてみたところ、一個あたり二十万ゼニーで買取をしているらしい。
「二十万ゼニーか......」
レアドロップとはいえ、一個出すだけで俺達が半日七階層で狩りをして得る金額の、ざっと四十倍である。
魅力的な金額だ。
金は欲しい。
いくらでも欲しい。
いや、しかし。
やはり、勝てないだろう。
ヒュージスライムは三メートル級の巨体。
それに対して、ユエルの武器はは二、三十センチ程度のナイフだ。
自分達が勝つ、というイメージが全く見えてこない。
隣を見れば、ユエルはボス部屋の扉を見つめながら「私ならいつでもいけます!」というようなやる気溢れる表情をしている。
が、行くわけにはいかない。
普通にスライム狩りを続けるのが安全で、効率も良いのだ。
それに、金が要る理由もそこまで切羽詰まったものじゃない。
リスクが高い手段に頼る必要性は、無い。
「私ならいつでもいけます!」
「いや、行かないから」
ユエルが想像していた通りのことを言ってくれるが、やはり行くべきではない。
ユエルが残念そうな顔をしているのはもう仕方が無い。
ユエルは確かに実力があるが、少し無鉄砲なところがある。
ストップを掛けることは、これからも必要になるだろう。
これも保護者の務めというやつだ。
「ご主人様、私ちょっと、髪を直しに行ってきますね」
迷宮探索も終わっていつもの酒場。
ユエルがトイレに立つと同時に、出張治療院にルルカが寄ってくる。
狙い澄ましたようなタイミングだ。
「シキ、怪我しちゃった。治してよー」
治療スペースに入ったルルカが、ニコリと笑いながら、後ろ手にカーテンを閉める。
やはりルルカはよくわかっている。
「ここはエリスの治療院じゃないんだぜ? ヒールは一回四百ゼニーだ」
「まぁまぁ、料金のことは怪我の状態を見てからでも遅くないでしょ?」
そう言って、ルルカがシャツのボタンをプチリ、プチリと外していく。
徐々に露わになっていく胸元。
シャツの合間からは、豊かな双丘の象徴である谷間が覗く。
冒険者らしからぬ、フリフリとした飾りのついたかわいらしい白い下着がチラリと見えた。
ボタンを四つ程外した所で肩をグイッと露出させるルルカ。
そこには、鋭いものでひっかかれたような、切り傷があった。
「とってもとっても小さな怪我だと思わない?」
「治療費は使う魔法の種類で決める、怪我の大小はあまり関係ないな」
突き放すように言ってやる。
もちろん、値下げプレイに突入するためだ。
――しかし、ルルカはこれをどう考えているのだろうか。
一昨日、ルルカと迷宮に潜った時の、あの表情。
まるで、ユエルに嫉妬しているような、あの態度。
今までは金のためなら多少のことは気にしない女なんだ、と思っていたが、どうもそれは違うような気がしてきた。
今こそ、確かめる好機かもしれない。
ルルカがどこまでやってくれるか、それを見ればある程度の判断材料になるだろう。
もとい、好意を持たれているような気がするからいけるところまで行ってしまいたい。
「えぇー、本当に小さな怪我なんだよ? もっとよく見てみてよー」
ルルカが立ち上がり、身体を前傾させる。
ルルカの可愛らしい顔が目と鼻の先まで近づく。
そして視線を下げれば、はだけた谷間。
大きな胸が重力に引かれ、ふるふると揺れている。
「よく見てよ」もなにも、怪我は見た瞬間にヒールで治しているんだが、ルルカは続行している。
ある種の信頼関係が構築されている証と言えるだろう。
それにしても、良い眺めだ。
だが、今日はルルカがどこまでやるのか、確かめる必要がある。
こんなところで止めるわけにはいかない。
「うーん、よく見えないなぁ」
「えー? しょ、しょうがないなぁー」
ルルカはキョロキョロと周囲を窺い、カーテンの隙間を再度キッチリと閉めてからこちらに向き直る。
その顔は、心なしか紅潮しているように感じる。
「そ、それなら触って確かめてみてくれてもいいんだよ?」
そして俺の手を掴み、その手がルルカの胸元へ引っ張られる。
「んっ......」
むにゅり、と指が柔らかい肉の感触を伝えてくる。
シャツ越しに、ではあるが。
押し付けた手のひらが豊かな胸を圧迫し、はだけた胸元には、存在感のあるひしゃげた胸が覗いている。
ルルカは既にこちらを見ておらず、恥ずかしそうにそっぽを向いている。
たまにやっていたことではあるけれど、もしかしたら相手が好意を持ってくれているかもしれない、というのが絶妙なスパイスになっている。
動けなくなりそうだ。
しかし、ここまでは既定路線だ。
いつもなら、ここで値引きして終わり。
けれど、今はここからどこまでいけるのか、これが重要なのである。
「シャツの上からじゃ、わからないなぁ」
「えっ? あっと......うーん」
流石に駄目だっただろうか。
悩んでいる。
こちらをチラチラと窺いながら、顔をほんのりと赤く染めて、悩んでいる。
「ねぇ、シキ......」
ルルカが口を開く。
指先からは柔らかい感触が、耳からは媚びるような甘い声が伝わってくる。
――けれど、俺の意識は、既にそっちには向いていない。
目が合ったからだ。
「......え?」
戻ってきた、ユエルと。