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祝いの席。

前話でどちらともとれる表現があったようなので、「俺とユエルの分」という一文を加筆しました。

ギルド受付嬢からもらった金額の三分の二というのは、素材買取の金額を頭割りした内のシキとユエルの分、という意味です。

なので、前話では結局スライムゼリーの入手には失敗しています。


 ルルカと迷宮探索をした翌日。

 冒険者ギルドの片隅に、俺とユエルは居た。

 時刻は昼過ぎ、買取窓口が混雑し始める時間帯である。


 「あぁ、ユエル。買取カウンターに行く前に、素材を全部渡してもらえるか?」


 二人で迷宮七階層に挑戦した俺とユエルは、無事スライムを討伐することに成功した。

 これでついに、念願のスライムゼリーを補充することができるのである。


 「素材を全部、ですか?」


 「あぁ、今までは素材をろくに数えもせずに売っていたけど、今後も迷宮に潜るなら参考までに、と思ってな」


 純粋なユエルならこんな風に誤魔化さず、ただ「スライムゼリーをくれ」と言っても何の疑問も持たずに渡してくれるのかもしれない。


 けれど、それを数年後、ふと思い出されたら。


 難しい年頃になったユエルが俺のことを軽蔑し、頭を撫でようとした俺に向かって「ご主人様に触られたくなんかありません!」なんて言い出したら。


 俺はショックで寝込んでしまうかもしれない。

 いや、本当に。


 今のユエルはかわいい。

 素直で、愛らしくて、懐いてくれている。


 けれど、将来、ユエルが大きくなったらどうなるんだろうか。

 反抗期が来たりするんだろうか。

 髪を派手な色に染めて、肌もこんがり焼いたりしてしまうんだろうか。

 既に銀髪に日焼け肌だけど。


 「あの、ご主人様?」


 声に目を向ければ、アイテムボックスから素材を出し切って、ちょこっと首を傾げながら俺を見上げるユエルが居た。


 「あぁ、ユエルはかわいいなぁ」


 ふと、自然にそんな言葉が出てしまった。


 「っ......! そっ、そんな、か、かっ、かわいいだなんて」


 驚いたような声をあげ、頬をほんのりと赤く染めるユエル。

 視線を忙しなく動かしながら、もじもじとしている。


 明らかに、照れている。

 女の子らしくて、かわいい反応だ。


 ......褒められ慣れていないんだろうか。

 そういえば、一番身近に居る俺ですら、ユエルの容姿を褒めたことがほとんどなかったかもしれない。

 戦闘が凄かったとか、そんな褒め方しかしてなかった気がする。


 これはいけない。


 ユエルは女の子だ。

 幼い今のうちからある程度褒められ慣れておかなければ、いつか悪い男に煽てられて、いいように利用されてしまうような事もあるかもしれない。

 ルルカぐらい強かになって欲しいとは言わないが、ユエルのかわいらしい容姿で自己評価が低いまま、というのはいただけない。


 「いや、ユエルはかわいいよ。まず笑顔が良い。ユエルの笑顔を見てるだけで癒されるような気がしてくる」


 「そ、そんなこと......」


 ふるふると首を振りながら、顔を手で覆い隠すユエル。

 顔自体は手で隠しているが、耳が赤く染まっているのがよく見える。


 ちょっと楽しい。


 いや、やはり慣れが足りない。

 褒められることに耐性が無いというのは、女の子として危険だ。

 ユエルの未来のためにも、もっと褒めなければいけない。


 「ユエルの髪はサラサラしていて触り心地が良いよな。見た目もツヤがあって、天使の輪がついているみたいだ。そう、ユエルはまるで天使みたいにかわいいよ」


 「てっ、て、天使みたいに......?」


 頬を片手で抑えながら、褒められた長い銀髪を、もう片方の手で抑えつけるユエル。

 やはり恥ずかしいのか、もじもじと忙しなく指を動かしている。



 た、楽しい......。



 今まで、女の子を褒めただけで、こんなにも良い反応を返してくれたことがあっただろうか。

 いや、無いだろう。


 「綺麗な顔だ」と言ったのに舌打ちを返してきたエリスの冷たい表情が記憶に新しい。


 「ユエルは肌も綺麗だよな。濃すぎず薄すぎない絶妙な色合い。俺は健康的で好きだよ。いつもズボンだけど、今度スカートを履いてみるのも良いかもしれないな」


 「すっ、すっ、すき!?」


 そういえば、ユエルには実用的な服ばかり買っていた気がする。

 ユエルも少しはお洒落をしたい年頃だろう。

 収入も増えてきたし、ユエルにかわいい服を買ってあげるのも良いだろう。


 「ユエルはかわいいよ。一緒に居るだけで楽しいし、幸せだ。ずっと一緒に居て欲しいぐらいに」


 「わっ、わたしもご主人様と、ずっと一緒に居たいです!」


 目に涙を浮かべながら、そんなことを言ってくれるユエル。

 褒められたのが余程嬉しかったのか、俺に抱きついて、すすり泣き始める。


 しかし、流石にちょろすぎるんじゃないだろうか。


 本当にいつか悪い男に利用されたりするんじゃないかと心配になってきた。


 それになんだか、ユエルにこんなにも喜ばれると、ユエルの反応を半分楽しみながら褒めていたことに少しだけ罪悪感を覚えそう。

 褒めた内容は本心からであって、嘘をついたりしていたわけではないんだけれど。


 少し気まずいものを感じ、ユエルから視線を逸らすと――


 買取カウンターに並びながらこちらを見ているエイトとゲイザーが居た。


 .....そういえばここ、ギルドの中でした。






 冒険者ギルドで幼い少女奴隷を褒め殺し、最後には泣かせるという、なかなかに外聞の悪い行為をしてしまった俺は、エイト達と一緒にそそくさと冒険者ギルドを出た。


 「そ、そういえば、今日二人で七階層まで行ってきたんだよ」


 「へぇ、もうそこまで行ったのか? やるじゃねぇか!」


 「シキ達ならすぐだとは思ってたが、ここまで早いとは思わなかったな」


 酒場への道のりを歩きながら、エイトとゲイザーが言う。

 酒場は迷宮からほど近いところにある。

 距離にすれば僅かなものだが、この短い距離を移動できるのが今の俺にはありがたい。

 ギルドでは、流石にユエルと何を話していたかまでは聞こえていないだろうけれど、幼い少女を赤面させて泣かせていたのは確かなのだ。

 周囲の視線が痛かった。


 エイト達が、俺とユエルのピュアな関係性を知っていたことがせめてもの救いである。

 ニヤニヤしてるのが少し気になるけれど。


 「まぁ、迷宮探索の方はユエルの実力であって、俺は何もしてないけどな」


 「でも、後ろにシキみたいな治癒魔法使いが控えてるってのは安心するもんだろう? エクスヒールは使えるわ、足を治しただけなのにいつの間にか全身の傷跡が消えてるわ。そうそう居るレベルじゃないぜ?」


 「あー、傷跡に関してはアレだな。あのときはエイトの怪我を見てちょっと焦ってたからな。俺が治癒魔法をかけるとたまにあるんだよ、怪我以外のところも治ってたっていうのは」


 この世界に来て、俺は劇的に魔力量が増えた。

 今では割と落ち着いているが、この世界に来て数日は、有り余る魔力のコントロールが上手くできずに、指先の小さな傷を治そうとしただけで、相手の全身にエクスヒールに近い治癒魔法を掛けてしまったなんてこともあった。

 治癒魔法の効果が下がるとか、発動しない、といったことは無かったのが幸いである。


 「へぇ、魔法ってのは焦ったりすると発動すらしない事もあるって話なんだがな。シキの治癒魔法はどうなってんだ?」


 「俺にもよくわかんねーんだよな。まぁどうあれ、今日はお祝いだな!」


 


 酒場に着いて、いつもよりワンランク上の酒を頼み、料理もどんどん注文していく。

 今日は出張治療院は閉院だ。

 

 なぜなら、今日はスライムゼリーを手に入れた特別な日。

 エイト達との友情が実った日であるからだ。


 「「「乾杯!」」」


 ジョッキを打ち鳴らし、七階層到達を祝う。


 何故お祝いムードになっているのかわからずに、ジュースの入ったコップを抱えたままのユエルにも、忘れずにジョッキを当てにいく。

 仲間外れはいけない。


 「あの、ご主人様。これは何のお祝いなんですか?」


 「これはな、ユエルが迷宮探索を頑張ったねっていうお祝いなんだよ」


 まさかスライムゼリーを手に入れたお祝いだなんて言うわけにはいかない。

 もちろん誤魔化す。


 「ん? これはスラいってぇ!」


 空気を読まずに暴露しようとするゲイザーの足を踏みつけるのも忘れない。


 「まぁ、何にせよ今日はお祝いだな。シキ、もっと注文しようぜ」


 俺の態度を察してか、エイトが話題を切り替えにかかる。

 やはり、エイトは空気を読める男だ。

 ゲイザーとは違う。

 本当に良い友人に恵まれた。


 「あぁ、今日は俺の奢りだ。じゃんじゃん注文してくれ!」


 「いいのかよシキ! それじゃあとりあえずスッポンと「それはいらない」




 飲んで、食べて、飲んで、食べてを繰り返し、きっともう日も暮れる時間だろう。

 遠慮無く高い酒を注文し続けるゲイザーに釣られて、ハイペースで飲みすぎたような気がする。

 ゲイザーは酒を水ぐらいにしか思ってないのかもしれないと思うほどに、酒に強いようだ。

 こいつに合わせて飲むと、そのうちトイレに行ったまま戻って来ないエイトのようになってしまうかもしれない。


 ふと横にいるユエルを見れば、ユエルはぼーっと、ウェイトレスのミニスカートを眺めていた。


 どうしたんだろうか。

 まさかパンチラ待ちしているわけじゃ無いよな。


 あぁ、そういえば、今日ユエルにスカートも似合うかもしれない、みたいなことを言ったような気がする。

 多分それだ。


 「そうだな、ユエルにプレゼントをしないとな」


 「プレゼント、ですか?」


 突然だったせいか、きょとんとした表情だ。


 「あぁ、ユエルはいつも頑張ってくれているからな。その印みたいなものだよ」


 「そ、そんな、私は......」


 照れながら、俯くユエル。

 「遠慮しています」といった態度だ。


 けれど、俺はユエルのスカート姿も少し見てみたい。

 いつもユエルの激しい戦闘を後ろから眺めている手前、迷宮探索で履かせるわけにはいかないが、普段町で着る分には問題無いだろう。


 「俺がプレゼントしたいからするんだよ。いつも世話になってるんだ。感謝の気持ちを伝えたくてな」


 もう一押ししておこう。


 「そ、それなら「おいシキ、赤竜殺しがきたぞ! 飲んでみろよ!」


 ゲイザーが空気を読まずに、酒瓶を抱えながら声を上げる。

 ......こいつは本当に空気を読まない。

 今俺とユエルが話していただろうが。


 しかし今は祝いの席だ。

 寛容に行こうじゃないか。


 「へぇ、うまい酒なのか?」


 「あぁ、値段にして五千ゼニーだ。飲んだことは無いが、きっと良い酒だぜ?」


 ......こ、こいつは本当に遠慮しないな。

 奢るとは言ったが、五千ゼニー、日本円で五万円相当の酒をこんなに軽々しく頼むだろうか。

 俺が今日の会計を想像して身震いしている間にも、ゲイザーは五千ゼニーの酒を開けて、自分のグラスにどぼどぼと注いでいる。

 酒瓶が小さいこともあって、ゲイザーだけで飲み切ってしまいそうな勢いだ。


 「ちょっ、ちょっと待て。俺も飲むから!」


 五千ゼニーの酒を頼んだのに飲むことも出来ませんでした、なんて許容できることじゃない。

 ゲイザーから酒瓶を奪いとり、四分の一程度残っていた赤竜殺しを一気に口に含む。


 灼熱感。

 予想以上の強さに咳き込みそうになるが、高い酒を零すわけにはいかない。

 一息に飲み下す。


 腹の底からぐつぐつと煮えるような熱さが伝わってくる。


 ......これはかなり強い酒だ。

 一気に意識のレベルが落ちるのがわかる。


 「......これ、強すぎないか?」


 「そうか? こんなもんだろ」


 今にも意識を手放し眠りに落ちてしまいそうな俺とは対照的に、自分のグラスを飲み干したゲイザーは元気である。

 ゲイザーは背も低いし、もしかしたら本当は酒に強いと言われているドワーフなのかもしれないと思う程だ。


 あぁ、ユエルが俺に何か言っているけれど、何を言っているのかうまく聞き取れない。

 多分、さっきの会話の続きだろうか。


 駄目だ、意識がブツブツと途切れて何を言っているのかわからない。

 赤竜殺しは俺には強すぎた。


 ユエルはなんだかやる気に満ちた表情をしている。

 きっとプレゼントを貰う、ということになったから「迷宮探索をもっと頑張ります」みたいなことでも言っているんだろう。


 「あー、がんばれよ」


 上手く言葉が出たかどうかはわからない。

 けれど、ユエルは嬉しそうな顔をしている。

 きっと言えたんだろう。


 駄目だ。

 もう頭を支えていられない。

 どうしようも無いほどに眠い。


 そして、俺はテーブルに突っ伏すようにして、瞼を閉じた。

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