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ヒセイネンインザボックス

 がらがら、と盛大な音を立てて、路面電車はゆっくりと走り出した。モーターの重低音と、薄暗いランプが夜の街を遠くに照らす。視界の端に、新調した赤の枠がちょっとだけ周囲から浮いていて、それが可笑しくてしょうがなかった。
 乗客はわたし以外に誰もいない。平日の繁華街から路面電車でどこかへ向かうにはほんの少し中途半端な時間で、この時間はいつも人が少なかった。と言っても私も塾から帰宅するのに使っているだけだけれど。
 反対に、だだっ広い幹線道路にはタクシーや自家用車であふれかえっている。大人たちにとってはまだまだ遊びたい時間なのだろう。同級生たちも、そんな大人の仲間に入りたくて、まだまだ遊ぶ子も多い。家に帰る喜びというものを知らない、少しだけかわいそうな子供たちだと勝手に思っているが、この電車に乗っていると、時折かわいそうなのはわたしのほうじゃないかと思ってしまう。若さをふりかざして生きているとすぐに老いて死んでしまうのだ。心も体も擦り切れ、消しゴムのようにボロボロになって屑だけがどんどんと出ていくような、そんな情景を想像していると、とてもじゃないが夜遊びしようという気にはならない。
 運転手が次の駅の名を告げる。停留所の間隔は少し狭い。こんな時代の遺物を市役所は保護していて、いまだに市内にバスが整備されていないのはこのオンボロ電車に大量の税金が注がれているからだそうで、それもあってか運賃はものすごく安い。定期券はほとんど無料に近い。まあわたしもれっきとした市民だし、別にそれはそれでいいのだけれど、そこに税金を使っている余裕ははたしてあるのか、と不安になってしまう。
 ころころ。
 誰かが置いていったのだろう、アルミ缶が転がっている音がする。

 ふと前を見た。
 向かい側に軽薄そうな男が、いつの間にか座っていた。
 髪は透けるような金色で、肌は小麦色に日焼けしている。その割に灰色のスーツを着て、真っ白なワイシャツから細い紅のネクタイが顔を出している。
 彼の口から紫煙が零れた。
 その後ろには赤字に真っ白な文字で「車内禁煙」と書かれている。
 いつの間に乗り込んできたのか。停留所に止まったことに気が付かなかったにしても、減速や加速に関してこの電車はわかりやすいくらいに機構が単純だ。気づかないなんてことはないだろう。
 目の前の男はゆっくりと、すべてを無視して煙草を吸っていた。それは、ありきたりに、控えめにあえて言うならば、この世のものとは言い難いような不思議な煌びやかさがあって、思わずスケッチブックを取り出したくなるような恰好だった。ただ単に生きていることと、生き続けることは高架線を走るようになった地下鉄と進歩もせず税金ばかりが投入されるこの路面電車くらいに違うことを思い出させてくれる。
「お前も吸うか?」
 純真すぎる瞳で、わたしは見つめられている。金色の髪に小麦色の肌が、印象の割に不思議としっくりきていて、古ぼけた車両の風景に溶け込んでいる。
 わたしは未成年なので首を振った。

 運転手が眠そうな声でわたしの降りる駅の名を告げる。大通りもかなり南下して、目を凝らすと海が見えてくるような場所に、私の家はある。
 ころころと転がっていくビールの空き缶の口に、煙草の灰が付いているのが見えた。もしかすると、運転手のものだったのかもしれなかった。

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