桃の巫女と鬼の巫女
知り合いの作家さんに誘われ、初めて和モノ布教し隊の企画に参加させて頂きましたよろしくお願いします。
即興で作りましたが楽しんで頂けたらと思います。
「もうじき、春か……」
私は、境内から見える桃の木を見上げ、薄く色づく花を見上げる。
ここは、とある神社の境内。
まだ少し風が肌寒い中で、私は普段の日課の境内の清掃を行う。
「桃花さん、もうじき例の子が来ますから準備してください」
「お父さん、分かったよ」
境内を清掃し、ぼぅと綺麗に咲く桃の花を見ていると、社横の事務所の方から神主であるお父さんが声を掛けてきた。
私は、箒を片付け、社裏手の住居の応接間に向かわなければならない。
だが、その前に私の名前の由来となった桃の花を見上げてから一歩踏み出す。
●
この桃の木をご神木とするこの桃源神社には、とある歴史が存在する。
その昔、この地域で悪さをしていた鬼に困っていた村があった。
ある時、旅のお坊さんが村の巫女に知恵と桃の木で作られた弓矢で鬼を退治したことからこの神社では、桃の木をご神体としている。
その伝承が500年以上前であるために、神社の神聖さなどを高めるための昔話かと思っていたが、最近になって神主であるお父さんが神事に関わる大事なことを教えてくれた。
『桃花。これから話すことは、この神社の大事な勤めの一つであるんだ』
『大事な勤め?』
『ああ、桃の巫女の鬼退治の話は知っているよね。あれは、現代でも続いているんだ』
神主の父曰く、鬼とは、妖怪としての鬼ではなく様々な邪気を溜め込んでしまった人を鬼子と呼ぶことがある。
私たちの神社では、その邪気を溜め込んでしまった鬼子を桃の力によって打ち払うことらしい。
こうした異能や権能、魔法的な力は世間一般にも広く知られているがそうした能力を持つ人間の多くは、その力を秘匿し、必要ならば国や同じ能力の人間から保護や相互扶助を受けることができ、この神社もそうした相互扶助組織の一つである。
『そして、その役目はだいたい30年に一度、今回は桃花の番なんだ』
『うん。それで私は何をすればいいの?』
『この桃源神社が浄化の力を持つ神社としての成り立ちがあるんだけど、それとは別の成り立ち。世に邪気が広まらないように邪気を集めている金叉神社の子を預かって少しずつ浄化して貰うんだ』
つまり、邪気を溜め込んだ子をこの神社で預かり、少しずつ邪気を払うということらしい。
『神事の本番は、8月に境内の神事。まぁ桃花とその子には奉納の舞を舞ってもらって、最後に二人でご神木から採れた桃を食べてもらい、邪気を払って終わりだよ。それまでご神木の神気で邪気を少しずつ払っていくからその間、一緒に生活することになるから』
●
そして今日、金叉神社の子――邪気を溜め込んだ鬼子の人が来る日だ。
私は、実を言うとあまり異性と言うのが好きではないのだ。
男の子にちょっとだけ苦手意識と言うのもがある。
できれば、鬼のイメージにあるような荒っぽい人じゃなくて穏やかな人が言いな、と思う私。
そして、遂に、その時が来た。
「桃花。この子が、金叉神社からうちにしばらく暮らしていく金叉・神楽ちゃんだよ」
「は、初めまして。金叉・神楽です」
そして、私の前に現れたのは、少し色素の薄い感じの小柄な女の子だった。
鬼子と言うから、てっきり男の子だと思っていたが、想像とは真逆だった。
女の子だし、粗暴と言うよりは繊細で華奢な感じだ。更に肌も色白で少しだけ儚げな感じがする。髪の毛も薄い茶髪でふわっとしていて人形のような印象を与える。
対する私は、女子の部類としては身長も高く、背筋も伸ばしている。
そんな神楽ちゃんの姿に少しだけ呆けてしまったが、すぐに正気を取り戻り、挨拶を返す。
「はじめまして、この神社の神主の娘の木ノ元・桃花です。よろしくお願いします」
私が深くキッチリとした挨拶を返すと、神楽ちゃんがクスッと小さく笑う。
「とてもしっかりとした方で安心できそうです。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。神楽ちゃん。って、お父さん! 女の子だって言うならちゃんと教えてよ!」
「うーん? 言ってなかったかな? 鬼子の神楽ちゃんには、まぁ神社の神気に少しでも当たってもらうために、桃花と一緒に巫女をしてもらうってことも」
「それも聞いてない!」
私がお父さんの言葉に怒鳴ると、私とお父さんのやり取りを見て控えめに笑う神楽ちゃんだが、少しして咳込み始める。
「こほっ、こほっ……」
「神楽ちゃん、大丈夫? どうしたの?」
「いえ、何時もの、ことですから……」
私が駆け寄って、応接間のソファーに座らせて背中を擦り、お父さんが用意してくれた水を飲んで少しだけ落ち着く。
「すみません。こんな体で」
「こんな体?」
「あれ? 聞いていませんか?」
神楽ちゃんの言葉に私と神楽ちゃんは、お父さんの方に目を向けると、困ったように笑う。
「本人の病理面に関しては部外者が伝えるのもどうかと思ったからね。だから、極力今日まで神楽ちゃんのことを桃花に伏せていたんだ」
「そうですか。それじゃあ、改めて私の状況を説明しますね」
そう言って、神楽ちゃんは、鬼子としての自分について語り始めた。
他の邪気を吸い、溜め込んでいく権能を持つが故に、小さい頃から病気などを引き寄せやすく、体も弱いのだとか。
特に、少し無理をするだけでも寝込み易かったりして、学校では保健室に通っていたことが多いそうだ。
「ですから、こちらで邪気を払えると聞いていて楽しみなんです。それに、邪気を払うまでこちらの学校に通って普通の生活を送れると聞いて」
「まぁ、うちは異能の相互扶助組織の一つだし、代々お祓いや浄化を生業としている家系だからね。それに金叉神社とは親交も深いし、同じ年ごろの娘が要るからね」
「そう、そうなのね」
私は、神楽ちゃんとお父さんの話を頷きながら聞き、背中を擦り続ける。
「あの、さっきより楽になりました。ありがとうございます。むしろ清々しい気分です」
「大丈夫。なら、私のこともちゃんと伝えないとね」
「桃花さんのこと?」
「そう。私にも異能があるのよ」
今度は、私が伝える内容は、自分の異能についてだ。
この桃源神社の巫女に継承される浄化と癒しの力だ。
とは言っても、私の近くにいる人は、気分が楽になる程度の弱い力だが。
「だから、さっきみたいに気分が悪い時は言ってね。そうしたら、こうやって、浄化の力を流してあげられるから」
「その、ありがとうございます」
控えめにお礼を言いつつ、はにかむ神楽ちゃんの笑みに私も笑みを浮かべる。
「気にしないで、神楽ちゃんはもう私の妹みたいなものだから!」
「えっと……」
私の言葉に苦笑いを浮かべる神楽ちゃんと肩を震わせてクスクス笑うお父さん。
「たしかに神楽ちゃんは、身長が低いけど、桃花と同じ年だよ」
「えっ!? 嘘!? ごめんなさい」
「ううん、よくあることだから」
「ホント、ごめんなさ~い!」
どこか大人びたように笑う神楽ちゃんと情けない姿で謝る私。
見た目は、幼い神楽ちゃんと大人びて見える私だが、そのやり取りにどちらが年上か分からないとお父さんが苦笑いを浮かべながら呟き、手を叩く。
「はいはい。桃花は、子どもっぽい真似しない。一応、神楽ちゃんは、金叉神社の巫女でもあるからこの桃源神社でも桃花と一緒に巫女の手伝いをお願いしているよ。その方が、ご神木の側にいれるからね」
そう言って、神主のお父さんは説明し、その他細かい説明などをして神楽ちゃんを私に任せる。
「それじゃあ、巫女服に着替えるところに案内するね」
「はい。お願いします」
そう言って、私は、私より小さい年上の女の子を案内し、実際に用意された巫女服の着替えを手伝う。
金叉神社の巫女さんと言っていたが、服の着替えを慣れていないようだった。
「その……今まで邪気で調子が悪い時が多いから大事な神事以外は、巫女をやることがなかったので」
「そうなんだ。まぁ、この神社は、邪気を払ってくれるから少しずつ体調が上向くでしょ」
「それで神社での巫女のお仕事って?」
「普段は、境内の落ち葉掃き、あとは事務所でお札やお守りの購買かなぁ、あとは……」
そう言って、着替えた神楽ちゃんを連れて境内の中をゆるりと歩いていると、神社で置かれたベンチに数人のご老人が集まっていた。
「おや、桃花ちゃん。こんにちは」
「あっ、お婆ちゃんたち、こんにちは」
近所のご老人たちでこの神社の境内は、ご老人たちの憩いの場ともなる。
こうした晴れた日には、それとなくみんなが集まってのんびりとお話をする。
春には桃の花を見上げ、夏は、打ち水と若葉の日陰で涼み、秋には、各家で採れた秋の味覚を持ち寄り食べる。
冬は流石に寒いために境内の事務所の方に集まってお話をしたりする。
だから、私とこのご老人たちは気心の知れた相手である。
「おやおや、桃花ちゃん。そちらのお嬢さんは?」
「こりゃ、また可愛い子じゃね。ほれ、飴ちゃんいるかい?」
「わしは家からお茶を持ってきたけど、飲むかい?」
「こっちは、和菓子もあるぞい」
憩いの場として使われるためにお婆ちゃんたちは、お茶やお菓子を持ち寄りそれを神楽ちゃんに差し出す。
だが、わたわたと慌て出して断ろうとする神楽ちゃんに私が落ち着くように手を握る。
「大丈夫だよ、神楽ちゃん。お婆ちゃんは、誰かに何かを上げたいだけだから」
「そうじゃよ。わしら爺婆は、孫と同じ年ごろの子に何かしてあげたいんじゃよ。ほれ、若い子は可愛いし、見ておると元気になるからのう」
そう言って、どのご老人たちも非常に元気にしている。
日々、この神社に通い、境内の満ちる浄化と癒しの神気によって病気などを遠ざけているためだ。
そんな、元気なご老人たちの様子に納得した神楽ちゃんは、スッと慌てた雰囲気を収めてしっかりと見据える。
「初めまして。私は、金叉・神楽と言います。よろしくお願いします」
「うんうん。礼儀正しい子だね。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お婆ちゃんたちに引かれてベンチに座った神楽ちゃんは、一人一人から手渡しでお菓子やお茶をもらい、小動物のようにその場で食べる。
しばらく、ご老人たちも帰る時間になり、みんなが帰り始めるのを見送り、私たちは、神社横の事務所に戻って来る。
「神楽ちゃん、ごめんね。お婆ちゃんたちに付き合わせちゃって」
「いえ、その、楽しかったです。それに皆さん優しかったです」
そう言って微笑みを浮かべる神楽ちゃんだが、初対面のご老人たちに囲まれていた緊張が解けたのか、ふらっとふらつく。
「神楽ちゃん!?」
「ごめんなさい」
私は、慌てて支えると、青白い顔で困ったような笑みを浮かべる。
「その……私の邪気を吸い集めるって異能は、無自覚に集めるので、ちょっと疲れました」
「それって、お婆ちゃんたちから!?」
神楽ちゃんの鬼子の異能を重大に感じていなかったが、これは私がかなり注意を払わないといけない。
自然に満ちる邪気だけじゃない、人の持つ邪念や病魔、霊魂などを引き寄せてしまう。きっとさっき帰ったご老人たちはいつも以上に調子が良いだろうが、その分の邪気を神楽ちゃんが溜め込んじゃったのだろう。
「すぐに休む準備をするから! それと! 邪気払いの準備も!」
「……お願いします!」
かなり辛いはずなのに、困ったような笑みを浮かべる神楽ちゃん。
すぐに布団の準備をするために母屋に向かう私。
邪気払いの部屋は元々あるのでそこに布団を敷くだけで終わり、再び、事務所で休んでいる神楽ちゃんを迎えに行ったとき、夕暮れ時の境内に一人の青年が立っていた。
「……あまり見ない顔、っと、早く神楽ちゃんを運ばなきゃ」
私はそう言って、神楽ちゃんの休んでいる事務所に入り、神楽ちゃんに肩を貸してあげる。
こういう時、身長が高いと楽々運べるし、神楽ちゃんは小柄で華奢だから軽く感じる。
そして、事務所を出た時――
「やっと見つけた、僕の天使!」
「ひっ!?」
先程、境内にいた青年だ。
ニタッと気持ちの悪い笑みを浮かべた青年に神楽ちゃんが小さな悲鳴を上げるために、咄嗟に庇えるような立ち位置に回る。
「ねぇ、神楽ちゃん。あの人は?」
「その……邪気に侵された人、です。それと――」
「ああ、ストーカーってやつね」
こんな愛らしい神楽ちゃんだ。それにこの神社で預かるということは、そう言う人から逃げるためでもあったのかもしれない。
だけどなに? この何か神気に満ちてる境内を汚されるような気持ち悪さ。
「神楽ちゃん、母屋の方に行ける? あと、お父さんと警察も呼ぶ準備をお願い」
「えっと、桃花ちゃん?」
「私は大丈夫よ」
これでも小さい頃は、背が高いしお転婆で体が丈夫で男女と呼ばれていたくらいだ。まぁ、それで男の人には苦手意識があるけど、最初から敵対している男性に怯むつもりはない。
「本日は、お帰り下さい。彼女、嫌がっているように見えますが」
「なんだ? お前は? 僕の天使の邪魔をするのか?」
「お帰り、下さい。さもないと警察を呼びますよ」
「邪魔をするのか? お前は――」
そう言って、一歩踏み出して来る青年に対して、神楽ちゃんが一歩下がり、私はその青年の前に逆に一歩詰める。
特に、凶器などは持っていないが、躊躇いなく私に拳を振り上げる。
「桃花ちゃん!」
「ふっ!」
その腕に手を沿い、軽く投げて境内の砂利の上に青年を転がし、腕を後ろに回して抑えこむ。
「うっ、ぐぅぅっ!」
私が押さえつけている間、苦しむような声を上げる青年。だが、その青年に触れているところから黒い靄のようなものが上がり、ギョッとする。
「邪魔ヲ、スルナァァッ!」
「なによ! こいつ!」
「その人は、私と同じ、邪気を集める体質の人で! 私の異能に魅入られた人なんです!」
「なるほど! そういうことね――きゃっ!?」
一気に噴き出す邪気に掴んでいた手を離し、尻餅を着いてしまう。
そして、青年の体が黒い靄に覆われ、その靄が結晶化し、一本の角を形作る。
「鬼になった」
「僕ノ、テンシィィィッ!」
「させないわ!」
私は、伸ばした鬼になった青年の腕に飛びかかり、全力で自分の浄化の力を流し込む。
黒い靄が消え、少しだけ色が薄くなるが、逆にそこに邪気が集められ、狂暴化した人の腕力で投げられてしまう。
「あぐっ!」
その瞬間、プツン、と何かが切れる音が聞こえた気がした。
『下級の鬼が、随分で暴れておるようじゃのう』
怒気の含んだ声に倒れた私は、顔を上げる。
その声の主は、神楽ちゃんの声でしゃべっているが、瞳が金色に輝き、明らかに雰囲気や口調がまるで違う。
そして、鬼になった青年と同じように邪気を発し、その邪気が額から二本の反り返る角として結晶化し、姿を現す。
だが、その邪気の濃度が段違いに濃い。
青年の邪気が黒い靄として現れるのに対して、神楽ちゃんの邪気は黒い汚泥のようにドロドロとしている。
「神楽、ちゃん?」
『くくくっ、桃の巫女よ。しばらく、そこで見ておるがよいわ』
そう言う神楽ちゃんは、病弱で華奢な女の子とは思えない力強い踏み込みで鬼の青年に近づいたかと思うと鋭い蹴りを放つ、
たったその一撃で黒い靄の邪気が吸い込まれ、神楽ちゃんに取り込まれた。
『そーれ! もう一度じゃ!』
続けて放つ蹴りが再びごっそりと邪気を吸い込み、青年の鬼化が解けていき、最後には、膝を着き、神楽ちゃんが結晶化した邪気の角を素手で叩き折り、青年を気絶させる。
『久方ぶりの娑婆の空気よのう。まぁ、ここが神気の満ちる社というのはちと気に食わぬがのう』
そう言って、不遜な様子の鬼の神楽ちゃん。
「あなたは誰? 神楽ちゃんじゃないでしょ」
座り込んだままの私は、神楽ちゃんの姿をした鬼を見上げて問う。
その相手は、こちらを見ると、愉快そうに口元を歪め、膝を着いて私の首や頬を撫でる。
その手付きがぞわぞわする。
『ワシの呼び名など、様々じゃ。時には、鬼とも、荒魂とも、もののけとも呼ばれる存在じゃ。そして、神楽はワシを降ろすための依代の素質を持つ巫女。何代と続く鬼の巫女じゃ』
「神楽ちゃんを、どうするの?」
『くくくっ、どうしてやろうかのう? 当代の巫女の体を乗っ取るのもよいなぁ』
「させないわよ。神楽ちゃんは、私が守る!」
『ならば、ワシとお主の間で遊戯をするか。お主は、神楽の邪気を払う。それと同時に神楽の邪気を吸い取る力によって呼び寄せる邪気を持つ者たちからも守れ』
どうせワシは、不滅じゃ、と笑う神楽ちゃんの中にいる鬼が嗤う。
「上等よ、何がなんでも神楽ちゃんを守ってやるわ」
『では、ワシが鬼の巫女の体を乗っ取るほどに邪気を溜め込んだ時には、お主の体を貪るとしようか。なに、女同士でも楽しむ方法はいくらでもある』
耳元で囁くように呟き、首筋に舌を這わしていく。
『やはり、神気の満ちる領域では時間が限られる』
そう言って、私の体にもたれ掛かる様に倒れてくる神楽ちゃんの体を抱き留める。
泥のような邪気は、神楽ちゃんの体に中に戻り、結晶化した二本の角も消えていく。
こうして、私と神楽ちゃんの強い邪気に引かれる邪気を持つ人たちを払い、神楽ちゃんの中の邪気も払う生活が始まるのだった。